史上最大の作戦

 アスファルトの守備隊は街の北側に集結していた。隔壁の外側にはラオウ山下率いる直後の守備隊、それから、山下の人徳に惚れた者、街や愛する者を守りたい者が志願兵として、彼の指揮下の元に四十名ほど集結していた。

 皆、各々の装備はバラバラだが、共通して大型バイク以上のテクニカル(武装車)であった。中には戦車に搭乗する者もいる。

 山下が乗るは流石に一軍を率いるだけあってテクニカルでは無く、旧トルコの軍用車、オトカ・オトブス・カロセリ・サナイ社製軽装輪装甲車“コブラ”である。V字の車底にモノコック構造のため、防弾、対地雷に優れ、小回りも利く。

 装備は20ミリM61バルカン砲に40ミリボフォース機関砲と充実し、山下自身もサイボーグの身体の出力でM134ミニガンを担いでぶちかます歴戦の戦士だ。

 山下の部隊とは別に三人のアンドロイド娘達も前線に配置されていた。彼女達人はテクニカルではなく、砂漠地使用のホバーボードを手にしていた。



 街中ではその他主要メンバーが数ある要塞砲の1つに集まっていた。



 「それじゃ、僕の仕事はここまでだ。戦時体制に於けるこの街の指揮統制権の委譲だ。矢破部、いや」

 


 トーキングヘッドは矢破部に向けてサクッと言いかけた言葉を呑み、姿勢を正し表情を引き締め、言い直した。


 

 「宇宙太陽光発電受電設備“暁闇”(ぎょうあん)守備連隊隊長矢破部大佐、後はこの街を頼むよ」


 「謹んで拝命します。輜重兵站参謀長、千頭話少将殿」

 


 直立不動のまま矢破部はヘッドの言葉を受ける。


 と、その時双眼鏡で警戒に中っていた哨兵が小さくなく、さりとて叫ぶ訳でも無しのハッキリした口調で現状を報告する。『ゴダイゴ銃砲店』店主のテツローだ。

 「敵、動きますぜ。機獣兵数800距離40」



 報告を耳にした矢破部は、すぐさま直立不動を解き、北方に目を凝らす。

 「情報よりだいぶ増えたな。問題無い。距離35の時点でグライゼナウ要塞砲ぶちかまし、出鼻を挫いてやれ」



 この要塞砲は元々ドイツの戦艦グライゼナウ級の武装であった、280ミリ三連装砲塔の巨大な艦載砲を要塞砲として改良したものだ。グライゼナウ級はドイツの呼称で、シャルンホルストという同型戦艦はフランスだ。

 名前の格好良さから矢破部はグライゼナウにしたのだ。


 それを見ていたトーキングヘッドは呆れた表情で話す。



 「君も気が早いな。機獣兵は間違いなく地雷処理用なのに」


 「そいつら雑兵も潰しておけば多少は地雷が生き残り、後続に少しでもダメージがいく。

 それに私は普段ユニオンの業務にストレスが溜まっていてね。ここいらで発散させてもらうよヘッド」



 ニヤリと普段決して人前で見せない笑いを矢破部はしていた。

 その表情を見てヘッドは、呆れながら“好きに暴れてくれ”と言って、要塞砲から降りていく。

 地上に向かって降りていくヘッドを4人の男達が待っていた。彼らは対空砲火が管轄だったが、まだ出番がない為待機していた。



 「マスター、ポマード、ローメン、ブッチャー、戦争の始まりだ」



 その言葉に男達の顔は引き締まる。



 「まずは腹ごしらえでもしようか。食事の準備を頼むよ」



 予期せぬ言葉に、一拍の間を置いて男達顔を見合わせ表情を緩くした。



 

 アスファルトの隔壁外では、出撃のタイミングを、待っている山下達とアンドロイド3名の他、もう1組よからぬ事を企む者達がいた。



 「ゲオルグ准将、ホントに行くっすか?」

 「何度も言わせんでくれ、ワシは本気じゃ」

 「わかったっすよ。んじゃこれで調整終わったっす。合図で出撃っす」

 「久々に血が疼くのう、沸くのう、滾るのう、震えるのう」

 「震えてるのは准将の腰っす」

 「怖気ではないぞ、これが、武者振るいというやつじゃ」

 「怖気なんて、思ってないっす。リウマチかヘルニアじゃ無いっすか?」

 「馬鹿にすんでない。坐骨神経痛じゃ」

 「対して変わんないっす。さ、乗るっす」



 と、モヒカンが調整を終えた、というのは

オート三輪の雄、マツダT2000(戦闘用テクニカルチューンナップ済)。車体頭部には92式重機関銃、荷台にはAK-230・30mm口径のリヴォルヴァーカノン搭載であった。



 「運転はお主じゃぞ。ワシが射手じゃ。これは譲れん」

 「准将、歳を考えるっす」

 「やじゃ」



 ジジイが駄々を捏ねてると、頭上隔壁の上から、空を割る大轟音と共に、3連の砲弾が飛んでいき、着弾と共に遠方より爆発音が聞こえてきた。グライゼナウ要塞砲が轟いたのだ。もちろん、通常の眼力では視認できるわけが無いのだが、彼らの目は戦闘用電脳により動体視力が強化されていた。



 「どっひゃーーー!すごいっす!すごい爆音っす!」

 「わしゃ尿が漏れ易いんじゃから止めてほしいのう」

 

 と、全く緊張感のない2人であった。



 「敵20キロ地雷原進みます。全く気にする様子ありませんぜ」


  遠視スコープを覗きながら報告をするテツロー。


 「で、あるか」

 「ま、想定内ですがね、そろそろ抜けますぜ大佐」

 「山下少佐に通達。出撃準備。いう必要も無いだろうがな」

 「間違いねぇ、ま、様式美ってやつですね」

 「15キロ地点まで来たら他の要塞砲も発射。砲身が溶けるまで撃て」

 「盛大なストレス発散ですねぃ」


 

 「敵15キロ地点到達。武装車両隊、随伴兵ヒューマノイド隊、目視25キロ地点デサントしてます、扇状に進軍。数およそ200」


 「こっちもだいぶ増えたな。かまわんM110A2 203mm要塞砲、M1 240mmミリブラックドラゴン、260mmミーネンヴェルファーM17、全砲門発射。

 焼き払え!」



 矢破部の指示と共に数度の閃光と轟音が立て続けに響き、北方の彼方を揺るがす。

 


 「機獣隊地雷原突破残存数200 戦車隊も地雷原です。進んできますぜ」

 「10キロ地点で地上部隊出撃。訓示をする間も無かったが、戦意や闘志は大丈夫だろうな」

 「待ちくたびれて、こっちを睨んでますぜ」

 「それは重畳、ならば」



 と言って、矢破部は隔壁ギリギリのところに片足をかけて立つと地上部隊を眺める。



 「諸君!すっかり待たせてしまったな!敵は目前、気の済むまで暴れてくれ。アスファルトを喰らおとしたバッタ共を後悔させてやれ!」



 電脳で強化された大声で、皆を鼓舞すると大声援の元、地上部隊が動き始める。



 先陣を切ったのはアンドロイド3人娘達だった。スタートが早いホバーボードに乗って、メイド服のスカートを靡かせ意気揚々々と駆け出して行った。


 1番槍はアンシャンテだった。敵のテクニカルトラックの前まで銃弾の嵐を抜けながらホバーボードで高速移動する。



 「私はアンシャンテ。フランス語で“初めまして”なの。それでは、ごきげんよう、“サリュ”」



 と口上を述べながら、ボンネットに飛び乗り、テクニカルトラックを縦に一閃。

ハイジャンプで切り抜け、トラックの底を抜けてきたホバーボードに飛び乗る。

 2つに分かれ爆発するテクニカルトラック。

 アンシャンテが手にしていたのは、長さ2メートルを超える超高周波ブレード。超振動により相手の分子結合を切り裂くため、理論上切れないものはない恐ろしい刀だ。

 

 「アンちゃんカッコいい!!」

 と手を叩くエミリン

 「それでは私も」

 とウララが2番槍


 「私はウララ、麗には美しく優雅の他に、施し与える者って意味もあるの。私の施し受け取ってね」


 とその口上が終わった瞬間にはテクニカルバギーはハチノスになり炎上した。

 ウララが担いでいるのはチェーンガン。M242 ブッシュマスターである。

 チェーンガンは重機関銃の超強い奴だ!



 「じゃ、次私〜。

 私はエミリン、傑作飛行機二式飛行艇のコードネーム、エミリーからとったのよ。爆撃機エミリン参る!」

 

 と、イマイチな口上を述べ、ホバーボードで駆け抜けながら、スカートの内からばら撒くのは無数のハンドグレネード。

 エミリンが走り去った後は爆発の波に飲まれた。


 

 「良い所を娘っ子達ばかりにとらせるな!俺たちの見せ場が無くなるぞ!」

 と、部下に檄を飛ばす山下。



 「ホイホイホーイ!」

 と機獣には重機関銃、テクニカルにはリボルバーカノンと、やたらめったら撃ちまくるハイテンションジジイを乗せたオート三輪。

 「准将、はしゃぎ過ぎて落ちないで欲しいっす」


 戦場はアスファルト側有利に傾いていた。


 「問題はここからだ」

 要塞砲の横で矢破部は、沈もうとしていた太陽が赤く染める戦場を見ながら呟いた。





 一方その少し前



 砂漠の荒野を1台の戦車が、重低音のエンジン音を響かせて走る。

 先程アスファルトの街を出た錫乃介だ。自動操縦機能が付いているが、それを使わずに慣れるためと言って自分で運転していた。

 


 “錫乃介様”


 なんだ?


 “南に向かうのでは?”


 こっちは南じゃなかったのか?


 “こっちは南西ですね”


 それじゃ、進路を戻すか



 ーー。



 “錫乃介様”


 なんだ?


 “そっちは西南西ですよ”


 おっとそれは不味いな。方向転換しなきゃな。



 ーー

 


 “錫乃介様“


 なんだ?


 “そっちは西です。もはや南ですらありません”


 あれ?方向音痴になったかな?戦車って操縦難しいな。



 ーー



 “錫乃介様”


 なんだ?


 “何をお考えで?”


 どうせここまで来たから、蟻塚寄って行こうかなと。



 ーー


 

 そしてものの数分で蟻塚に着き、ハントを始める。超重量級戦車のシャール2cにはまだたくさん詰め込める余裕があるため50体はハントした。

 蟻地雷を詰め込む作業中に張り紙がしてある大きな弾薬ボックスを見つけた。

 張り紙をみると達筆な日本語で書かれた文章があった。



 “やぁ、これは君からの依頼だった爆弾だよ。たぶんこれだと思う。

 何に使うか知らないけど、相当威力強いみたいだから気をつけて。支払いは戦車返却の時で良いよ。

 それから3人のアンドロイドが君に渡しといてって言われた財布(デバイス)もあるから。

 君ってジゴロだったんだね、意外な一面だよ。それじゃ、元気でね。 

                 千頭話”



 ひと抱え程の弾薬ボックスを開けると


『Moon hill Heavy industry Explosive Bom Tunami』


 と、記載された、ひとつが煉瓦サイズの時限発火装置機能が付いた赤い爆弾が、何十個も入っていた。

 そしてその上には、1枚の便箋と電卓サイズのデバイスがあった。


 文章は可愛い日本語で書かれてあった。



 “錫乃介へ

 この前はごめんね。3人で話しして、皆んなちょっとやり過ぎちゃったかな?って思ったから、お詫びに全額は無理だけど少しはお金返すことにしました。旅の資金の足しにしてください。

 死なないでね。

     エミリン ウララ アンシャテ”


 9割エミリンの酒代だけどな。

 あと、死なないでね、ってさっき自爆特効して来いって言われたんだけどこいつらに。


 と、ぶつぶつ言いながら、蟻地雷の積み込みを終え、運転席に座ると戦車の進路を北にとる。




 “ーー錫乃介様。アンタ阿呆ですか?”



 わりぃナビ、ちょっと守りたくなっちまったダッチワイフ達がいてな。



 ナビの見えないはずの呆れた表情が見え、聞こえないはずのため息が耳元で聞こえる錫乃介であった。

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