46サンチ三連装電磁加速砲
少し風は強めだった。一匹の雑種の猫を頭に乗せ、錫乃介は名もなき街を発った。雑種の猫───タマは家猫よりもひと周り小さく、子猫と一瞬見紛うくらいの大きさで、フルフェイスよりもよっぽど軽くて首も全く辛くない。ただ頭上でするグルーミングは煩わしい。降りろと言ったが退く気配もなく、そのまま惰眠をむさぼっている。錫乃介としては膝の上にのせてわしゃわしゃしたかったのだが、どうやら察しているせいか、手を伸ばすと猫パンチを食らう。その猫パンチさえも愛おしく、わざと手を伸ばしていたらしまいには爪を出されたので諦めた。
まだ走り始めて一刻、風車地帯がそろそろ終わりかけようとしたくらいか、虫の知らせか胸騒ぎか、はたまた慣れない道連れがいるせいか、どうにも気分が落ち着かない。少し気分を変えようと早くも休憩するべく風車の陰でジャノピーを停める。岩場に腰をかけて最近吸ってなかった煙草でも、と思いシャオプーで烟のオババに貰った喧嘩煙管をとりだし、粗く刻まれた煙草葉を詰めて火をつける。が、どうにもこうにも火がつかない。ライターの火はつくので葉っぱが湿気にやられたかもしれないと思いつつ、えいやと気合を込めて数度目のチャレンジを試みていると、不思議と風が止んでおり、遠方に落ちた針の音すら聞こえてきそうな静寂が訪れている。その事に気付いたのは煙草に火がついた時だった。
その刹那。
錫乃介の目にとびこんで来たのは───
立ち登る巨大な爆炎
まるでサイレント映画を見てるかのように
そして爆音と轟音
───
え───
“錫乃介様、進か退か、ご判断を”
街の方角に顔を向け煙管を咥えたまま固まっている事に気付いたのは、冷静なナビの声が脳内に響いてからだった。
おもむろに煙管を逆さにして膝に叩きつけると、せっかく火をつけたばかりの煙草葉が大地に落ちる。ゆっくりと立ち上がり、その火を踏み消し深呼吸をすると、ようやく口を開くことができた。
「すまない、街に戻るぞ」
頭からずり落ちて、意識を失っていたタマを拾い上げ、ジャノピーに乗り込む。総重量数百キロの改造ジャノピーが後転しそうな勢いでアクセルを回し、荒野の舗装ないも凹凸の激しい大地を跳ねながら走り抜ける。タマは錫乃介の膝の上で気絶したままだ。
「ナビ、あれは?」
“通常弾頭弾道ミサイルクラスを超える威力。上空からではなくほぼ水平からの着弾、別方向よりくる轟音のドップラー効果を計算致しますと、100キロ以上離れたところからの大口径電磁加速砲と推測します”
「つまり」
“サンドスチームからの艦砲射撃が濃厚です。第二射、来ます!”
ナビが言い切る前に着弾。目の前からくる爆音。歯を食いしばりながらもアクセルは緩めない。フロントスクリーンにバチバチと当たる小石は衝撃波なのか風なのか、いつもより激しい礫なのは間違いない。
“第三射!”
「おい! 800ミリのとんでもねぇ大砲のくせにどんだけ速射なんだよ!」
“総発電量1,000万キロワットの電磁加速砲。計算上は口径800ミリのドーラ砲でも毎分数発は撃てます。そして今撃ってるのは46サンチ三連装砲、しかもそれが二基あるんです。速射も可能なわけです”
「戦艦大和主砲の電磁加速連射……俺、帰ろうかな?」
「なに言ってるニャ!!! このままお前の股間食いちぎられてもいいのニャか!!」
「あら、タマさん起きてらっしゃったの。じょーだんでーす!」
「時と! 場合を! わきまえろニャ! お前はトムか!!」
「こんな時でもディスられてるトムさん可哀想」
“第四射!”
「くるぞ、股間でもなんでもいいから掴まってろよ!」
「どうせ掴まるとこなんかないくせによく言うニャ!」
「なんで知ってんだよ!」
……………………
街近くなってからは巻き込まれないように廃ビルの陰にいたが、それでも衝撃波は凄まじいものだった。歯痒い思いをしながら待つこと四半刻の間に130回の着弾があった。正確には三連砲の斉射なのでかける3、つまり390発の艦砲射撃を名もなき街は受けその姿を一変させていた。
弾道近くの風車は衝撃波で薙ぎ倒され、岩で囲んだだけの機獣達お手製の生簀や農場は原形もなく吹き飛び、わずかに残っていた古い街並みの廃墟も跡形もなく崩れ、石畳も舗装道路も全て破壊されていた。そして、安全と思われていた変電所さえも瓦礫の山となり、とてもじゃないが復旧は絶望的な状態だった。
錫乃介は動物が好きだった。襲ってくる機獣は倒していたが、それはお互いの生死がかかっているからだ。遊ぶができるものなら遊んで可愛がりたいのが本音だ。
僅かな間とはいえ、触れ合い、コミュニケーションをとり、子猫には引っ掻かれ、ダチョウには蹴りとばされ、カピバラにはランチャーを突きつけられ、熊たんには張り手で岩に叩きつけられ、オオトカゲには丸呑みにされそうになり、エミューには有線レーザーを食らった鮮明な記憶が脳裏をよぎる。楽しかったひと時が頭から離れないまま、無言で燻る街中を歩く錫乃介。タマはいつの間にか頭に戻って静かにグルーミングをしていた。意外にも冷静で街に入ってからは鳴き声ひとつ出さない。
しばらくすると前に来たスクラッチの戦火を逃れたオークの大木がある涸れた噴水のところに来ていた。
歩みを止め見上げるその視線の先には、力強く伸びる枝振りに青々とした葉を身に纏った大木が、まだその姿を変えることなく雄々しく聳え立っていた。
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