河童土器や!
大木の木漏れ日の中、錫乃介は瓦礫に腰掛けると、先程吸いそこなった煙管を取り出し火をつけ一服し始めた。今度はすんなり火がついた。
紫煙を鼻と口から吐き出す事なく、ユラユラと顔に纏わせるように滲み出し、顔全体で煙草を味わう。ひとしきり味わったあと、二服目を大きく吸い煙管を膝で叩いて大地に吸殻を落とす。足で残り火を踏み消しながら、頭上を専有する猫に語りかける。
「タマさんや」
「なんニャ?」
「俺いつまでハードボイルドモードになってればいいの?」
「いつから自分の事ハードボイルドに見られてると思ってたニャ?」
タマはこんな状態だというのに、頭上で顔を前足でゴシゴシ擦っては舐めている。気持ち良さそうだがまるで悲壮感が感じられない。
「違うの?」
「違うニャ。あと煙草臭いからもう吸わニャいで」
「はいわかりました。……そうじゃなくて」
「気付いてるかニャ?」
錫乃介の意図を汲み取っているタマは、皆まで申すなと言わんばかりに食い気味に言葉を挟む。
「そりゃあな。あれだけの艦砲射撃くらってるのに、機獣達の死体どころか肉片ひとつ落ちてねえ。まぁ、なんとなく理由はわかるけどよ」
そう、錫乃介達が街に戻ってから噴水までに農地や変電所などを見て回ったが、施設や道は完全に破壊されてどうみても犠牲者多数のようにしか見えない惨状だというのに、あれだけいた、機獣達の被害が全く見受けられなかったどころか、忽然と姿を消していたのだ。
「みんなうまく逃げられたニャンね」
「地下に避難したんだろ、どっから行ける?」
「そこの枯れた河へ引き込まれた旧下水路からなら途中までバイクでいけるニャ」
「よしきた、さすがはカッパドキアだ」
「知ってるニャンな」
「あたぼうよ。古代遺跡とか、地下都市とか、ネクロポリスとか、少年たちのロマンだからな」
破壊された噴水から掘られた溝に沿っていくと幅20メートル程の枯れた河岸に着く。そこを道なりに進むと、川底付近にポッカリと空いた旧下水道があった。旧といっても前時代にコンクリートで補強された頑丈そうな作りである。ジャノピーのライトに照らされた下水道の中を進むと、途中コンクリートが崩れ、中の岩肌が露出している大きな洞穴があった。人一人余裕をもって通れる穴を進むと、そこから先はアリの巣のごとく地下に手掘りで張り巡らされた地下都市があった。
「いや〜すっげぇな。これが世に聞くカッパドキアか。また世界遺産に来ちまったな」
「迷ったら二度と出られないから、案内通りに行くにゃ」
「そんなこと言って脅しても、君たち機獣達の嗅覚とか聴覚とか使えば余裕ででれるでしょ」
「まぁニャ。でも人間は無理ニャ。白骨死体が沢山あったニャ」
「ああ、それここ墓地にも使ってからだろ」
「それは古代の話ニャ。ウチが見つけたのごく最近の死体だと思うニャ」
「こわっ、カッパドキア!」
“正確にはここカッパドキアではありませんね”
え、そうなん?
“ええ、いわゆる世界遺産のカッパドキアはトルコの首都アンカラの一地方であるカッパドキアから見つかった岩石遺跡群のことで地下だけを指すわけではないんです”
他にもあるの?
“はい、といいますかアナトリア半島は地下遺跡だらけでして、カッパドキアのカイマクル、デリンクユ、オズコナック、岩窟城ウチヒサル、さらには錫乃介様が飛ばされた2020年にはカッパドキアの地下都市を超える地下遺跡がミドヤドという地方から見つかっています。そこはカッパドキアの居住者人口20,000人に対して70,000人といわれ、10年たっても全体の15%しか調査が出来なかった場所です”
はえ〜〜〜、70,000! 一体どうやって生活してた?
“地下都市といっても、商店、換気網、井戸、水タンク、厩舎、集合住宅、墓地とほぼ全ての都市機能が備わっていたと言われていますから、生活出来たんでしょうとしか。そんな都市がアナトリア地方全体で40以上も、見つかっているんです”
ってことはここはそのどこか、か。
“見つかった遺跡の多くは研究や観光地用に整備されてますからこの遺跡、あるいは未発見の可能性も”
ロマンだなぁ。しかし、なんでこんなに深く掘ったかねぇ、核シェルターかよ。
“とんでもない説ですが、真面目にそう考えている学者も過去にはいたみたいですね”
みたいだな。いくら戦争が多い時代だからって、なんでこんな面倒な地下都市作ったんだ?
“ギリシャ、エジプト、ローマ、バビロニアなど当時オリエント周辺にあった数々の古代文明の交易の中心地がアナトリア半島にあったヒッタイト帝国なんです。最重要地点なんですから国家プロジェクトでこの大要塞を作って防衛したわけです。おいそれと諸外国に明け渡すわけにいかないですからね”
ヒッタイト文明って古代において革命的だった製鉄を生み出したんだろ、それにこれほどの要塞をも建設したにも関わらず、謎の海の民に滅ぼされて、歴史に消えていくってのがまた不思議な文明だよなぁ。
途中の階段でバイクを降り背嚢を背負ってヘッドライトをつける。ナビと脳内会話をしながらも、錫乃介の視線はキョロキョロと忙しない。タマの案内通りに進み、丸く掘られた穴、面取りされ綺麗な角をもった階段、岩をくり抜いた共同炊事場、倉庫の様な空間などをヘッドライトで照らして眺めつつ、3,500年以上も前に出来た遺跡に心を震わせる。暗闇の地下都市を進むこと15分。少し開けたホールに出ると、ザワザワと賑やかな声の中に、記憶のある鳴き声が聞こえて来てはじめて錫乃介は身体の芯から息を吐いて胸を撫で下ろし、群れの中心に声をかける。
「わりぃ、レポートの提出期限過ぎてたわ」
声をかけられた雑種の大型犬は、来るのがわかっていたかのような表情で錫乃介を見やると岩壁に当たって反射するヘッドライトの光が、口角を上げる男の顔を淡く照らしている。
「落第ワンね」
洞窟内にこだまするひと吠えは、少し嬉しそうに響くのだった。
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