理想の上司


 ツカツカと進むと周りの機獣達が避けてくれる。あ、どーも、と言いながら近くのアルパカを撫でようとするが手を噛まれる。その手を振りほどき、ポチの前にどかりと胡座をかいて座り込むと、ステンレスでできた水筒の水をグビグビ飲み始め、グイッと口を腕で拭くと、ぷはりと息を吐き一呼吸ついた。


「よくもまあ被害者出さずに避難できたもんだ」


「これも日頃の訓練の賜物だワン」


「訓練でどうにかなるレベルじゃねえだろ。どうやった、いやどうやって察知できた?」


「そうか、錫乃介には聞こえてなかったワンね」


「ん? 何がだ?



「それが……」


 

 ポチが言うには、錫乃介が街を出てすぐにその連絡は来たのだそうだ。街から凡そ200キロの地点にとんでもない大きさの大砲をもった要塞が、リボルバではなく、明らかにこの機獣達の街めがけて進んでいると。速度は時速20キロと低速で10時間後に街へ到着するとみられており、速やかな対応が迫られていた。その連絡を受けたポチは一瞬の思案の後、緊急避難を意味する特殊な遠吠えを力強く始めた。遊んでいる者も、餌を食べている者も、作業をしている者も、番で愛を語らう者も全て、行っていることを今すぐ中断し、地下都市へ避難するよう吠えたのだ。喉が張り裂けそうになるくらい吠える姿に、只事ではない様子を感じた仲間の犬や狼の機獣達も即座に続いて遠吠えを始め、街全体に緊急アラームが鳴り響いた。

 機獣達の避難は早かった。最寄りの地下都市への出入口へ向かう黒い波は、先日の出動した時の逆の光景だ。街の方々にある穴はその波を飲み込み、瞬く間に主要なメンバーを残して避難を完了させるのだった。

 一報を伝えた鳥達は、ポチの行動に少し性急過ぎやしないか洩らした。しかし、ポチはその報せを聞いた際、先日錫乃介が話していた方舟の話を思い浮かべ、その巨大な大砲を積んだ要塞が、件の陸上戦艦サンドスチームだと考えるに至った。そして方舟とまで表現されたサンドスチームの武装がただの戦車砲や要塞砲の訳がなく、おそらく今まで見たこともない破壊力や飛距離を示すのではないか、という答えにたどり着いて避難の遠吠えを始めたのだ。もちろんサンドスチームの目的が侵略や殺戮ではない可能性は大いにありえる。しかし、ポチの判断は素早く結果的に犠牲者を出すことなく、皆の命を救えたのだという。



「なにこのワンコ、聡明すぎるだろ」


「買いかぶりすぎだ。もし侵略じゃなかったとしても、自分が笑い者や非難されるだけで済むなら安いものワン」


「俺、ポチが上司の会社で働きたかったわ」


「褒めすぎだ。しかし、これからどうしたものか、すぐに街へ戻れるとは思ってはいないが、錫乃介はどう見てるワン?」


「まず先日のドローンもその前きたというドローンも、賞金稼ぎのハンターなんかじゃなく、威力偵察だったんだ。お前らの軍事力をみるためのな」


 錫乃介の考えでは、元々個人の賞金稼ぎのハンターを撃退していくうちに、ハンターユニオンにポチ達の情報が集まっていく。次第にその情報は膨らみ、もちろん風力発電の件もあるが、ポチ達機獣の方が驚異とみなされ、高額な賞金がついた。それでも討伐はされず、ユニオンはお手上げとなって、サンドスチームに駆除を依頼したのではないかと述べた。



「そんで、少し聞きたいんだが、今までドローンだけじゃなく、普通の賞金稼ぎのハンターも来たんだろうが、お前らどんな感じで倒していった?」


 錫乃介の問いにポチの頭上に居場所を代えて寝ていたタマが黙っているのに飽きたのか口を開き始めた。


「余裕も余裕だったニャ。最初は武装トラック二台に人間5人くらいだったニャ。でもトム一人で片がつくくらい弱っちい雑魚だったニャ。あれじゃあ霊長類の看板捨てて、その辺のドブ掃除でもしてる方がマシな奴らニャ」


「俺、ちょっと前までそのドブ掃除で糊口を凌いでたんだけどな……」


 タマの毒舌にポルトランドの地下で毎日のように、巨大ネズミや巨大アレやスライムを片付け、用水路の詰まりを掃除して日銭を稼いでは、その日暮らしをしていたことが頭をよぎる


 あの頃はほんとにその日暮らしだったなぁ……って今もたいして変わらねぇか。


「その次が戦車隊だったニャ。戦車、装甲車、武装トラック合せて12両だったニャ」


「それとデサントの随伴兵が10人だったワン」


「あれもポチとポチのワンワン部隊の完封リレーで相手さん自慢のホームラン打線は空砲のまま大差をつけての完勝だったニャ」


「スポーツニュースみたいだな、ってか戦車隊12両ってそれ一個中隊規模じゃねえか。それに完封勝利って強すぎだわ。そりゃもう今回砲撃受けた原因は明らかだわ。俺の予想通りじゃん」


「誰も殺してないワンよ」


「そういう問題じゃないねえ。むしろ舐めプされて、情けないやら腹立つやらだよ人間さんサイドは」


「それは、悪い事したワンね」


「お前どんだけ良いやつなんだよ」


「だって、なんだかんだ人間には世話になったし、科学技術とか学ぶところも沢山あるし、それにこの人間が掘った地下都市のおかげで皆んな助かったワン」


「もうやめて! 自分が人間でいるの恥ずかしくなる!」


 人間に殺されかけてるのにも関わらず、恨み言すら吐かずに、相手の事を尊重した発言。果たして自分に出来るのか、いやできない、そう考えたらポチに後光が差して見える。


「話が逸れてるニャ。それで、これからどうなるニャ」


「あやうく浄化されちまうところだったぜ。そうだな先ず考えられるのが、ドローンによる現状の把握だ。それで死体がないことがわかるから、調査隊なりハンターなりが派遣されるだろうな。それまで一週間ってとこか」


「しばらく出れそうにないワンね」


「選択肢はいくつかある。このまま街を捨て、地下都市を通って他へ行く案。これがお前ら機獣達にとって一番安全だろう。それから当初の予定通り、俺が交渉に出てその帰りを待つかだ。これはどうなるかわからん上に期間も未知数。お前らが全員生き残っていることをわざわざ教えるリスクもある。問答無用の殲滅をサンドスチームが採用してる今おすすめはできねえ」


「そうだな。ここの皆んなは元々流浪の民だ。また次なる地を求める、それが機獣としてもイレギュラーな我らにはお似合いかもしれんワン」


「それがいい。じゃあちょっくら俺は行ってくるわ」


「どこへ行く? 錫乃介も一緒に行くワン」


「一緒には行けねえな。そもそも俺の旅の目的はサンドスチームだったからな」



 そう言い残すと膝をバシリと叩いて胡座を解いて立ち上がる。



「短い間だったけど、楽しかったぜ。力になれなくてすまなかったな」


「錫乃介が謝ることは何も無い。こちらがお願いしたことだしな。ただ、もう少し早くお前と出会えていたらな、と思うワン」


「仕方ニャいニャ」


「そうだ、一応聞いておいてやるが、トムはどうだ?」


「さっき小鹿のような立ち方してたワン」


「ガゼルのくせにウシ科のくせに小鹿とはこれいかに、宜しく伝えておいてくれや。もう少しギャグのセンス磨いておけよってな」


「それは無理だと思うニャ」



「それじゃ、あばよ」



 サッと手を挙げると、地上に向かって歩き始める錫乃介であった。機獣達は静かにその姿を見送るのであった。触られるのをウザったそうにしていた者達もほんの少し寂しそうにしていたのは、見間違いなのかもしれなかった。




……………………





 “このままお別れするんですか? 錫乃介様らしくもない”


 あいつらとは一旦お別れかもしれないけどやる事はやるさ。なんせ天然獣っ娘ワールドの輝かしい未来を秘めているんだからな。


 “やる事?”


 ああ、ちょっくら一世一代の勧進帳でも演じてきますかね。


 “はぁ?”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る