ホンキートンキーモンキー


 セメントイテンを出発し、徒歩でえっちらおっちら歩き始めたのは昼前だった。容赦なく照りつける太陽は、人間の体力を削り取りその歩みを遅くする。遮蔽物が少ない砂漠では、強風が常に砂塵を巻き上げ五体を絡め取る。

 時に襲いかかる機獣は小型の物が多いが、油断をすれば命とりとなる。砂の保護色で気付かれぬ様に近付く機獣は数多い。可愛い見た目に人の頭を丸齧り出来るほどの凶悪な顎を持つスナネコ。直径20センチはあろうかという太いケーブルの様な身体をもつサンドワイパーは蛇お決まりの毒ではなく、しなる身体を鞭の様に叩きつけてくる。キングサイズのベッドよりも巨大なカレイだかヒラメだかのような魚型機獣サンドフラットは、近づく者をその巨体で押し潰す。

 それ以外にも機獣化した野良犬は人を見れば群れで襲いかかり、通常の牛より何倍も大きいデミブルの体当たりは、トラックさえも横転させる。

 この世界では、徒歩で旅をすること自体が自殺行為であり、街の外を出る場合は武装車両が一般的だ。最低でも小回りの利くバイクで機獣は相手にせずに駆け抜けるものだった。

 そんな砂漠の世界を錫乃介はセメントイテン北20キロ地点にある目的地の廃墟まで歩いて向かっていた。



 現在の装備はというと


 M110スナイパーライフル

 シグ・ザウエルp320

 AA-12 ドラムマガジン

 UZI

 マチェット

 手榴弾

 防弾機能付きウェア上下

 暗視ゴーグル

 各種弾薬

 衣類

 ライト付きヘルメット

 戦闘糧食

 救急用品

 水

 テント

 

 以上、全部で50キロオーバーと持ち歩くだけなら重いで済むが、いくら鍛えたとはいえ長時間の戦闘は出来ないと判断し、ジャイロキャノピーを修理する際の工場にスナイパーライフルとUZI、その弾薬は預けて来た。

 これで凡そ10キロは軽くしたが、それでも40キロである。当初の頃は背負うだけで精一杯であった錫乃介も、ナビのレンジャー式スパルタ走破訓練によって、今では何なく背負って砂漠を歩いている。

 (作者注:実際の自衛隊レンジャー訓練はその装備の重さだけでなく、ほぼ飲まず食わずで不眠不休三日間続く過酷な訓練……らしい!)



 “錫乃介様、またスナネコです。一時の方向四匹です。弾薬が勿体無いのでマチェットで”

 

 あいよ。


 

 遮蔽物が少ない砂漠とは言え、前時代の廃屋廃墟はそこかしこに残る。強風とに叩きつけられる砂の切削によって荒々しく研磨されたコンクリート製やレンガ造りの建造物は、機獣達の絶好の隠れ家となっていた。


 錫乃介が進む道とも言えない道にも例外無くその隠れ家はある。ナビの指示通りにマチェットを抜き、一時の方角から来るというスナネコに対して、まだ姿を見せていないにも関わらず、右手に持ったマチェットを振り下ろすと、錫乃介の腕が伸び切る直前に、砂中より飛び出るスナネコの眉間を割る。

 

 “後続三時”


 右足を水平にスライドさせ踏み込むと、振り下ろしたマチェットを息を吐くと共に三時の方向に真一文字に薙ぐと、同タイミングでレンガ壁上より飛びかかるターゲットを切り裂く。

 そのまま息を吸い込み、正面のターゲットに踏み込んで左手に持ち替えたマチェットを下手より切り上げ、その勢いで逆手に持ち替え、九時の方向に刺突すれば、スナネコの口から胴まで見事に貫く。


 ほんの数秒で四体の機獣を殲滅した錫乃介は、深く息を吐くとマチェットに付いた体液を振り捨て、ボロキレで拭って鞘にしまう。



 “もう、この程度の機獣なら私の補正は必要無さそうですね”


 そうか? 最初の奴なんか言われなきゃわからなかったぞ。


 “でもその後は、私のナビゲーションより早い体捌きでした。お見事お見事”


 そうか、ちったぁ強くなったみたいだな。コイツら倒しても金にならねえけどな。


 “油断は禁物ですよ。特にこの砂漠ではね”


 言われずとも、嫌でも油断はできねえよ。こんな危なっかしい世界。


 “しょっちゅう油断してるじゃないですか”


 ありゃあ……狙ってやってるんだよ、そう、狙ってな。場を和ます為にな。


 “さっきのおばちゃんブチ切れそうでしたが?”


 まあ、たまには失敗するさ。それより、目的地はまだか?

 

 “後5キロくらいですよ。丁度良いのでこの廃屋で休憩しましょう”



 先程戦いを終えたばかりのレンガ造りの廃屋は、かろうじて洋瓦の屋根は残っていたので日陰はある。

 

 カップいっぱい分だけの水を沸かし、クエン酸と塩を少々入れて水分補給とする。口にするのはそれとナッツ類数粒とビスケット数枚。

 錫乃介は至ってグルメ嗜好に思われがちだが、そんな事は無く何でも美味く感じるタイプで味覚の幅は広い。

 量が少なく貧弱なメニューであっても、それを噛み締め旨みを引き出し楽しむ術を本能的に知っている。

 幼少期は公園に生えている草でさえ、食べられると聞けば引っこ抜いて、美味しい美味しいとそのまま食べていたくらいだ。別に公園の草を食べなきゃならない程貧しかった訳では無くだ。


 

 ナビ、今度の猿型機獣ってどんな奴だ?


 “ユニオンの端末から仕入れた情報によりますと、猿と言ってもチンパンジーやゴリラのような大型類人猿、キツネザルやメガネザルの様な原猿類では無く、テナガザル系の小型類人猿で、主に廃墟に住み着きます。注意せねばならないのが、その長い手で移動する機動力と集団戦。それとおばちゃんからも言われましたが、糞爆弾を投げ付けてくるようです。この糞をが結構馬鹿に出来ない破壊力の様で、グレネード並みの爆発だそうです”



 そいつ強いじゃん!一体50cは安過ぎじゃない⁉︎

 

 “だから錫乃介様に廻されたんじゃないです

 か。どうせ他のハンターがやらない安い仕事だからって”


 またか!また俺は嵌められたのか!


 “またまた全然確認もしなかったのはどちら様ですかね?”


 黙りねぃ!!



 休憩後出発して一時間かからずに目的の廃墟が視野に入って来た。

 高さは二階建てくらいだが、兎に角横に広い。広大な平家の倉庫のような造り。外壁の塗装は剥げ落ち、パネルは剥き出しになっているが、看板は未だに残っている。青地に白い文字で『 alm rt』。その横には六本の黄色い棒が花弁や太陽の様に配置されたロゴ。



 あれ、『ウォルマート』じゃん……


 “その様ですね”



 (作者注:ウォルマートとは、アメリカ合衆国アーカンソー州に本部を置く世界最大のスーパーマーケットチェーンであり、売上額で世界最大の企業である! 全世界で別ブランド含め総出店数およそ一万店舗のモンスタースーパーであり、郊外店舗を出店して地元の小売業を壊滅させてから撤退するという焼畑農法をしているため、批判が五万とある賛否両論のスーパーだ! あれ? どっかで聞いたことあるぞ、その経営方法)



 って事はさ。

 

 “はい”


 めっちゃ広くね?


 “平均店舗面積16,700平方メートル、およそ5,000坪です”


 わかんないけど、絶対広いやつ。


 “サッカーコートがおよそ2,000坪ですので、2.5個分ですね。


 あ〜エテ公何匹倒しゃあ良いんだよコレ。


 “さて? 殲滅はまず無理でしょうねぇ”



 討伐証明はハイハイ尻尾ね。テナガザルつて尻尾無いはずだけどコイツは機獣だからな。

 とりあえず、少し中の様子見て無理そうだったら直ぐに撤退。これで良いよね?


 “はい、一斉に襲いかかってくる可能性もあります。用心して下さい”



 中の様子を見たくても、この建物なんせ窓が無い。入り口とおそらく裏にある搬入口くらいしか中に入る術はない。

 息を音を殺して静かにそろりと近づく。入り口のひしゃげて半開きになったシャッターから中を覗く。

 天井には数メートル間隔で2畳程の明かり取り用の、昔は窓があったのだろうと思わる正方形の穴がある。その為店内は思った程は暗くないので、ライトは必要無い。

 10分程外から探っていたが、動くものは感じられ無い。


 

 どうだナビ?


 “敵の存在は間違い無くあります。しかし、位置がわかりにくいですね。相手も気配を消しています”


 仕方がない、と足を一歩二歩と進めていく。


 正面には等間隔に並ぶ商品棚。通路は広く日本のスーパーの三倍はある。左手にはレジが並び、と言ってもレジ本体は無く商品棚も空っぽであるし、あちこちに爆発したと思われる跡が残る。



 ま、とっくの昔に掠奪は終わってるわな。はなっから期待はしてないけど、拾えるものは全く無いだろうな。

 

 

 “前に飛ぶ!”


 ナビの指示に瞬時に反応して、広めの通路に飛び込み前転をする。その直後錫乃介の居た場所が爆発した。

 爆発自体は小規模だが、生身の人間が直撃したら重傷は免れないだろう。


 

 “もう一回前に!”


 今度は左手肩から前回り受け身で飛び込むと、またもや居た場所が爆破される。


 “次は後ろに飛ぶ!”


 荷物背負ってるから、そんなに機敏に動けねえよ!


 文句を言いつつも後ろに飛ぶと、爆風で煽られる。


 “もう一回!”


 クッソ!


 今度はレジ台に飛び乗り、商品を仕舞うサッカー台の裏に陣取る。そのまま入り口の方に戻ろうとするとナビに止められる。


 “入り口は罠、奥に走ります!”


 なに!


 その直後入り口で爆発が続けて三回起きる。


 エテ公共、猟の仕方わかってるじゃねえか!


 レジのコーナーをダッシュで走ると、後ろから次々と爆発が起きる。

  

 んなぁぁぁぁぁぁ!!

 

 情けない悲鳴を上げながら全力で走る錫乃介。


 ちっきしょーー!!


 “手榴弾を後方に3個投げる!”


 ほらよ!


 言われるがままに走ったまま背後にポイポイ投げると、もうすぐ突き当たりだ。



 「猿共どっから投げてきてんのーーー!」


 “天井付近ですね”


 錫乃介の叫びを消し飛ばす様に背後で手榴弾が爆発するとその勢いでサッカー台に飛び乗り、大きくジャンプをしながら身を反転させ、空中で『AA-12 ドラムマガジン』をぶっ放す。



 “天井75度11時の方向ダブルタップ!”


 行き止まりの商品棚を背にして、天井を睨む。錫乃介が持つ32連発軍用フルオート散弾銃が再び火を吹く。


 “次弾65度10時!70度12時!11時!……”


 もはや当たったかどうかを確認してる暇はない。ダブルタップ(二発撃ち)で打ちまくる。


 “右手商品棚沿いにダッシュ!”



 明かり取りがあるとはいえ、猿達は暗がりに身を隠し、糞爆弾を次から次へと投げ付けてくる。ナビは錫乃介の強化された聴力と暗視能力で把握して爆撃に対処していく。


 

 「まずいじゃん!やっぱり数多いじゃん!ジリ貧じゃん!」


 

 ドッカンドッカン爆破に追われながら、ダッシュで通路を駆け抜けていく。


 

 「キツイよキツイよキツイよ!ナビィィィ!!」


 “五月蝿いですね!今考えてるんですよ!そのまま走って突き当たればまた振り返って威嚇射撃!と手榴弾!そしたら右の通路をダッシュ!”

 

 「心臓が破れるぅぅぅぅ!!」


 “死にたく無かったら走れ!”

 

 「ウンコ爆弾で死ぬなんてやだぁぁぁ!!!」



 錫乃介のマラソンは続く

 

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