おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編10


 幼体はあっさり見付かった。長年探索を続けてきてこの地を指定したサーラの勘のおかげか、はたまたサボって煙管で一服し腰掛けた岩が崩れ落ち、そこから這い上がろうにも不可能で、抜け道はないかと探した挙げ句に鍾乳洞に迷い込み、出口で芋虫を発見した俺の幸運のおかげか。しかし見つけたのもののどうやって運ぶのだろうかと、日も暮れて合流時間にだいぶ遅れて行ってみれば、サーラが心配そうな面持ちをすることなく、火を起こして野営の準備を終えていた。あら、おかえりなさい遅かったわね、と言われる。ここはなんだ家か? もう現地妻スタートか? と思うもとりあえず白くてでっかい芋虫を見つけたと報告すると、警戒に持っていたバカでかいライフルを落としてあ然としていた。ナビ曰く形式は不明だが20ミリ超えらしい。とうのサーラは嘘、もう? と言ってるのか口をパクパクさせている。違う芋虫かもしれないからとりあえず見に行こうと連れて行く。サーラはぶっといワイヤーと折り畳んでいるのにそれでもでかいシートを担いでるのにものともせずぴょんぴょん岩場を降りていく。そして芋虫を前にすると感極まって抱きついて俺にキスして……くれるのかと思いきや抱きついたのは芋虫だった。どうやら当たりらしい。しかし鍾乳洞の入口は広いがここまで車は来れない、どうやって乗せる? と聞こうと思ったら、おもむろに芋虫にワイヤーを引っ掛けあっという間に簀巻きミノムシの完成。そしてサーラの全身の関節からプシューと音がしてカシンカシンと何やら金属が組み変わると、引っ掛けたワイヤーを掴んで芋虫を背負って歩きだす。おいおいこの芋虫黒毛和牛三頭縦につないだくらいの大きさがあるぞ、と後をついていく。引きづられている芋虫はキーキー鳴いてるものの大人しくしている。性格は穏やかなようで可愛くみえてくる。車に着くとサーラの指示で組み立て式のボートトレーラーをバギーから出して繫ぐと、その上にボンと芋虫を乗せた。そして、さ、行きましょ、ときたもんだ。へ? 野営無し? 二人の夜は? と思いながらもさっさと火を消されバギーに乗り込まれた。デザートバイトの活動が静まる夜のうちに移動しなきゃならないのはわかるが。いや、でも昨日の日没出発から睡眠どころか全く休憩してないんですけど俺、と思ったけど煙管一服したか。いやいや、あれだって崖に落ちてほとんど休憩してないぞ、と愚痴りたくなったけどバギーはもう出発している。おい、薄情すぎだろと慌ててジャノピーにエンジンをかけ付いていく。疲労困憊で眠くて仕方ないのでナビに運転を任せることにする。寝てる最中なにやら信号灯で会話されてナビに起こされたが、良きに計らえと言ってまた寝た。今夜は熱い夜にしましょ、だの、もう寝かさないんだから、とか卑猥な事を言ってたらしい。いいから寝かせろ。それからけっこう寝たような気がする、なんせほぼ徹夜だったんだからな、と起きたらクリンカの街に着いてた……のではなく、圧倒的なまでの廃墟郡に囲まれていた。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 巨大な凹の字型の建造物の中をコンバットバギーは速度を落とし先導していく。トロトロとついて行くジャノピーから見える光景に錫乃介は無言になって凝視してしまう。



 なんじゃここは……



 頭でそう思考するのが精一杯なほど高々とそびえ立つ廃墟郡に感嘆の声すらあがらなかった。数十メートルの鉱物の結晶のような無機質な建造物は有機的に絡み合い、近未来的なモニュメントがあるかと思えば太古に存在していた古代文明の遺跡を匂わせる空中回廊があったりと、見るものを無言にさせる威圧感があった。


“サウジアラビアの巨大都市『THE LINE』の屋上ですね”


 な、なんでそんなとこ来てるの? 


“移動中サーラ様が説明してたんですがね。ここがサーラ様が拠点にしているところだそうです。シルクロードが吐き出す糸を絡める装置にセットしに来たんですよ”


 あ、それでクリンカじゃないのね。


“そしてここが月へ行くための宇宙港もあります”


 へ? ここが? サウジアラビアに宇宙ってあんまりイメージないなぁ。


“前にも少し申し上げましたが、中東諸国は2020年代から積極的に宇宙開発に乗り出しました。軍事利用もありますが、アラブ首長国連邦やサウジアラビアは観光利用としての意味合いが強かったようです。つまり宇宙旅行の拠点にしようとしたんですね”


 ドバイとかもめちゃくちゃ観光に金かけてたしな。月のビル作っちまうんだもんな。


“はい、宇宙太陽光発電が始まるかなり前から産油国家は観光資源開発に本腰を入れてました。宇宙開発もその一環ですね”


 それにしてもサウジアラビアってこんなアーティスティックな近未来的都市を作れるイメージがなかったよ。


“もともとサウジの首都リアドはかなり近未来的でしたけどね。ここはまさに未来都市と呼んでいい場所です。幅200m・全長170km・高さ500mという圧倒的な大きさを誇るビルですからね。今はスクラッチで分断され大部分が砂に埋もれてしまったようですが”


 これ全部が一個のビルなんだ。次元が違う規模だね、万里の長城かよ。


“万里の長城は全長2万キロ以上ですから……”


 そういうのいいから。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


 


 車両のまま地下──といっても元は地上部分だが──へのスロープを降りて行くと、荘厳な廃墟郡はそのままに夜の帳がおりたかと思うほどの闇と、空中に浮かぶ発光物。よくよく見ればドローンがライティング街中を弱々しい光でライトアップしていた。


「これだけでかい街なのに他の住人はいないのか?」


「隅々まで探したわけじゃないけどたぶんいないわ。来たときにはもう機獣の巣だったからね」


 車を止め芋虫のトレーラーを大八車のように引っ張りホールに入っていくサーラを追う。薄暗い室内はテニスコート程で床は土が敷かれ鋼鉄製の格子に囲まれた檻がいくつかある。家畜がいる畜舎のよう。その中に簀巻きを解いて芋虫を放り込むと格子扉を閉める。すると奥からドサドサと音がするのは餌が自動的に供給されているのか。



「こいつ何食うんだ? まさか桑の葉じゃないだろ」


「土とか石だったらなんでも。たぶん中の鉱物とかアミノ酸を食べてるんだと思うけどはっきりはよくわからない」


「繁殖は……無理か。モスラが産まれたら手を付けられなくなるしな」


「ええ、私も考えたけどリスクが大きすぎる。この街ごと滅ぼされるかもしれない」


「既に滅んでるけどね」


「ま、それでもこれ以上破壊されて欲しくないのよこちらとしては。こっちきて、仲間紹介するわ」



 仲間? なんか、やーな予感。これで男が出て来て俺失恋パターンなんだよきっと。まだ惚れてないけど。


“もう慣れっこじゃないですか。今のうちに覚悟決めておきましょう”


 いや、もう現地妻にするし。略奪愛すっからね。いつぞやのようにはいかないからね。人妻だろうが関係ないからね。


“お、いつになく強気な発言ですね”


 なんならその男の目の前でベロチュー決めてやるぜ。


“そのくらいにしといた方がいいですよ。誰もいない空間に叫ぶ童貞みたいに見えますよ”


 俺を憐れむんじゃねーよ。

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