おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編9

「君以外にももともと月面基地にいた職員の遺伝子を望む者がいる。我々としては本来ならば許可できるものではないのだが、事態が事態故に条件付きで許可することにした。AI無辺は子づくりを推奨するよう言ったが、人の倫理の枠からでるわけにはいかないからな。その条件だが……」


「わかりました、それで結構です。あの人との子供をお願いします」


「それでは手続きしよう」



 遺伝子申請の手続きを終え部屋を出ると、間を置くことなく脳内で声がかかる。電脳ナビゲーションアプリのボヤージだ。


“あっけなく申請通ったな”


 これだったら別に、実は私達付き合ってました! なんて言わなくったって良かったんじゃない?


“要らぬ暴露をしたもんだな。いやそもそもでっち上げだから暴露とも言わんが”


 条件も大したことないし、と先程言われた内容を思い出す。


・不在者の遺伝子で作れる子供は一人だけ。複数の不在者の遺伝子は使えない

・必然的に片親なため自身に何かあって子供一人になっても大丈夫な体制にすること


 これはまぁ当たり前よね。でも三つ目のこれってなに?


・家族の記録を電脳に残すこと。残した記録は……



“もしかしたら子供が地上の親と再開するかもしれないからだろうな”


 ほんの僅かな可能性も無視しないのか。上層部はずいぶんとロマンチストな集まりだったのね。


“こんな事態だ、ロマンがなけりゃ救いがないさ”


 それもそうね。




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 砂漠に轍を残しもうもうと砂煙を上げひた走る二台の武装車両。先導をするのは月面基地の生き残りである女ソルジャーサーラ。その身を任せるのは地中の機獣を撃ち抜くバンカーショットを放てる76ミリ速射砲を搭載したコンバットバギー。後に続く一台は姿を大きく変えたジャイロキャノピー。新型のブローニング重機関銃を屋根に、リヴォルヴァーカノンを後部に、そして106ミリ連装無反動砲を被牽引の装軌車両に搭載した高火力紙装甲の新生ジャノピーであった。

 二台が向かう先はクリンカの南方にそびえ立つ山脈の麓に広がる緑地にある岩石地帯。ここでシルクロード成体の目撃情報を元にこの辺りを捜索することになる。目撃情報があったからといって産卵したとも限らないが生態がほぼ不明なためこれしか手がかりがない。


“成体は人里にはほとんど姿を現さないため臆病な性格といわれている。体色は乳白色。翼開長100メートル。わずかにある交戦記録ではその巨体で戦車を持ち上げ飛翔することが出来る程のパワーを持っており、機関砲程度では体表面にある鱗毛に遮られ全く通らない。武装などは確認されていないが、羽ばたきだけで軽トラなら広範囲に飛ばすという記録が残っている”

 

 モスラじゃん。もうまんまモスラ。白くなっただけ。有毒な鱗粉とか持ってないよね? 戦うの絶対お断りなんだけど。


“鱗粉の詳細はわかりませんね。でも私達のターゲットは幼体ですから成体とは交戦しませんよ”


 ホラまたそういうフラグ立てる。


“サーラ様の話では成体が幼体の元に戻って来ることは今までなかったと”


 だからそれがまたフラグなんだよ。もうわかってるから俺。幼体掻っ攫おうとしたらお母さん登場で追いかけ回されるってもうストーリーが見え見えなんだよね。いやさ、乗りかかった船だからちゃんとやるよ、探しますよお蚕様。でもねその前にこのサメ達どうにかならない? どんどん集まって来てるよ。


“シャチじゃないんですか?”


 イルカでもシャチでもどっちでもいいよ!



 二台の武装車両をの轍をあたかも自分達のレールのようにしピタリと後ろに張り付き追いかけるデザートバイト。初めは一頭程度だったので弾薬節約のために無視していたのが、あれよあれよと集まってきて二十頭程度の背ビレが確認出来る。

 追付かれそうになるたびに、けたたましい爆音をあげ無反動砲のバンカーショットで仕留めていくも数が多いため多用は出来ないので、頭を砂中より出したところをリヴォルヴァーカノンで威嚇する。



“サーラ様から信号灯通信。えー、そろそろ極細粒砂の砂漠地帯を抜けるからもう少し辛抱して、だそうです”


 くっそ、女にはいつも焦らされてばかりの人生だぜ!


“次の砂丘で待ち伏せしてる可能性がある。バンカーショットを砂丘に向けてぶっ放して、だそうだす”


「先導のお前が撃ちゃいいじゃねーか! こちとら忙しいんじゃ!」


 銃火器とエンジン爆音が響く渡る最中に聞こえるわけもないの叫ぶも、何故かすぐに信号灯が光る。


“貴方の太いのが欲しいの、だそうです”


 そんな見え透いた激甘な台詞にほだされるか! ナビ撃ってやれ。


“なんなんですか”



 前方にそびえる砂丘を迂回しようと先導のサーラが砂煙をあげカーブの轍を作ると同時にジャノピーより二発の轟音が鳴り響く。二本の砂柱が砂丘より立ち昇ると今まさにその瞬間飛び掛かろうとしていたデザートバイト数頭が着弾の衝撃で砂丘から溢れるように転がり落ちていく。そこをすかさずリヴォルヴァーカノンの流れるような速射で漏らさずとどめを刺しサーラの後を追うのだった。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



“さっきはありがと私のバンカーショットじゃ威力不足かもしれなかったから助かった、だそうです”


「なら最初から言え」


“極細粒砂地帯は抜けたからもうデザートバイトは追ってこれないからもう大丈夫、だそうです”


「だいぶ前から追ってきてねぇよ」


“岩石地帯に入ったら早速探索開始して、だそうです”


「人使い荒いな」


“私は野営と寝床の用意をしてるから、だそうです”


「お前は探さんのかい」


“貴方と二人の寝床ね、だそうです”


「車降りてんのに俺の前でいつまで信号灯カチャカチャしとるんだ。普通に話さんかい」


“出会った時と逆だね、だそうです”


「あ、確かに」


「さ、冗談はこれくらいにして探索開始ね」


「あ、ちゃんと自分も探すんだ」


「当たり前でしょ。60分ごとにここに戻ること、いいわね」


 先程までの冗談はどこへやら、それだけ言い残すとサーラは踵を返しさっさと緑に覆われた岩石をひょいひょい登っていくのだった。



……なんか転がされてるよな俺


“経験値100年以上も差がありますからね。これが俗に言う亀の甲より年の功ですよ”


 なるほど納得。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る