砂漠と餓鬼と塵芥13

「ダーがおかしい?」


「そう、キャラクターモードがチェンジできて変なキャラばっかりでてきてわけがわからなくて、もう普通のでいいっていうのに、次から次へと変わってて面倒くさかった───という夢を見たんだ」


「なんだ夢か。ナビゲーションアプリのキャラチェンジは確かにできたな。俺も最初だけ色々聞いてみたけど面倒くせぇからデフォルトにしてるけど」


「僕もデフォルトで充分だよ。もう夢だけで疲れちゃった」


「あれだぞ、オフにしといても良いんだからな」


「うん、起きてからそうしてる」



 オルドゥールに向かう三人は、元はモーテルと思われる建物の中で休憩していた。窓枠や壁紙すらも略奪され柱と壁と屋根だけの伽藍堂になった廃墟はある種の静謐さすら感じられ、休息するにはちょうど良かった。アクタは寝不足気味らしく横になっていた、オジサンは水分を補給し長煙管で一服を始め、タコ坊主はコリコリとスルメのようなものを齧っていた。


「オド、一つ聞きたいんだがオルドゥールってのが都会とは言ってたが、治安はどうなんだ。その、マフィアとかギャングとかいないか?」


「治安は良いぞ。衛士隊と呼ばれる警察機構もあってそれとは別に対械獣、対外敵の軍備もしっかりとある」


「この時代になかなか珍しいな」


「そのかわり住人は高額な税を納めないとならんがな。特に都市内部は七公三民でな。食うや食わずの者も多い」


「大変なこったがそれは一概には否定できんな。いままで俺もいろんな街を見てきたが、税は安いがマフィアがのさばってたり、軍備もないから常に械獣の脅威にさらされている街もあった」


「それはわかる。だがなあそこの富裕層はなかなかいい性格してるぞ。地上げするときも車で人ハネても安いチェップを詰めた手袋でビンタして黙らせてくるからな」


「もうそれ鈍器でシバいてるのと一緒だろ」


(作者注:通貨 “チェップ” の硬貨はパチンコ玉よりちょっと小さめの金属の粒です。1チェップは20〜30円くらい)


「物価も高いぞ。店でバーボンワンショット飲んだら200チェップはする」


「うっへぇ、向こうで酒飲むのはやめとくわ。村出る前にもっと買っときゃよかったな」


「あるのか?」


「飲むか?」


「いや、着いてからでいい。今飲んだら茹でダコみたいになっちまう」


「もうすでにタコ坊主だろうが」


「火星人と言ってくれ」


「そっちだったかぁ。でもなんで身体火星人にしたんだ?」


「人間の手足だと手は手の役割、足は足の役割しかできない。足が手または手が足の役割をすることは不可能だろう?」


「確かに」


「だがこのタコスタイルなら、手も足もなく全ての役割をこなすことができる。二〜三本なくなっても困ることはない。これほど合理的なスタイルはないと思うのだ」


「自分でタコって言ってるじゃん」


「そう、あれはまだ自分の店を立ち上げたばかりの頃一人で修理やメンテナンスなど、タコの手も借りたいくらい忙しくてな……」


「そろそろ出発しようぜ」


「今、俺の半生話し始めたところなんだが」


「だからだよ。アクタ起きろ、行くぞ」




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 砂塵の荒野を走り抜ける一台の武装車輌。アクタはオジサンの膝の上に戻り、流れ行く光景を楽しんでいた。そしていくつかの廃墟街を通り、崩れかかったビル群に差し掛かったところで異変は起きた。


「ん? なんか匂うな」


“勘が磨かれてきましたね。小型機獣が集合してきてます。身軽で素早い動き、白い体毛、長い尾、体長80センチ前後……直鼻亜目に特徴酷似、つまり猿型機獣ですね”


「アクタ、ナビのアプリONにしとけ」


「わかった」

(ダー!きて!)


“フハハハハハハハ! 勇者アクタよ、この魔王ダーを呼び出したからにはそれなりの覚悟はできているのであろうな!”


「あ、あれ!? 魔王モード⁉ なんで⁉」


「どうした? 廃ビルのあちこちから小型の械獣がこちらの様子を窺っている。アクタも警戒しておけよ」


「え、え、う、うん。わ、わかった!」


 ちょっとダー! なんで魔王モードなの⁉


“なに寝言を言っておるのだ。平和ボケしたか勇者アクタ。昨晩貴様は我と一時停戦、呉越同舟、共同戦線の約定を結んだであろうが!”


 うそっ! もしかして寝ぼけて設定しちゃったの⁉ と、とりあえず今敵襲みたいだから警戒して!


“フハハハハハハハ! 造作もない、貴様の視界に敵勢を映し出してやろう……ほれ!”


 うわっ! 視界のあちこちにマークが…… は、早い! ビルからビルへぴょんぴょん跳び回ってる。


“どうだ、我の力をもってすれば物陰に潜んだ賊を捕捉するなどネズミを炙り出すよりもたやすいことよ”


 ダ、ダー凄い!


“フハハハハハハハ! 何を今さら”


 でも、どんどん増えてるよ!


“フム、すでに4、50体は集まっているな。あれは……猿か。奴らは群れで行動するからな。機獣になってもその性質は変わらぬとみえる”


 どうすればいいの?


“なに、そこの男の指示に従えばよい。今アクタの粗末な得物を出したところでどうにもならん。この車の武装で充分対処できるレベルであろう”


 わ、わかった。



 ナビ、どうしよっか? 一発かましとく?


“相手はこちらの出方を窺っています。先に手出しすると余計な被害を生みそうですからやめましょう”


 縄張り主張してるんかな。建物から建物へ我が物顔で。昔テレビで見たインドの街中に出てくる猿みたいだな。


“ハヌマンラングールですね。特徴がよく似てますからそれの機獣化といったところでしょうか”


 おー、それそれ。ハヌマーンのモデルになったっていう…… あのさ、嫌なこと思い出したんだけど。


“奇遇ですね。私もです”


 オジサンの脳裏には以前白兵戦で巨大スーパーマーケット、ウォルマートの廃墟に侵入したさい、天井にぶら下がりながら糞爆弾を投げつけてくる “クソナゲテナガザル” に痛い目に遭っていた。今現在周囲からこちらを警戒している猿型械獣も毛色こそ違うもののその大きさや身のこなしはよく似ていた。


“テナガザルは分類学上直鼻亜目、真猿型下目、狭鼻小目、ヒト上科。ハヌマンラングールは直鼻亜目、真猿型下目、狭鼻小目、オナガザル上科。大変よく似ていますね”


 生態、違うよな……?


“大変よく似ています。が、機獣化した今となってはどうでしょうね”


 もしあいつらも糞爆弾投げに進化してて、あのビル群から一斉に爆撃くらったらヤバくない?


“非常にヤバいですね、特にこの紙装甲車輌では。あ、右斜め上二時方向の一体が振りかぶりました”


 やべぇ!


「アクタ! 目ぇ閉じて掴まってろ!」


 叫ぶと同時に武装バイクはギアチェンジからの急加速。オジサンは背もたれに押し付けられながらも携行してある缶コーヒーサイズの物体を二個三個と右へ左へ投げ捨てバァンとドアを閉める。

 廃ビル上の猿型械獣は美しいワインドアップからの投球モーションで、手にしたナニかをこちら目掛けて投げ捨てる。こちらに飛んできたナニかをハンドル操作で回避。ナニかは地面に落下、そしてワンテンポズレて小爆裂。


 それが合図となった 


 すでに集まった猿型械獣の総数は150体が一斉に手にしたナニかを投げつけようとしたその瞬間、投げ捨てたられた缶コーヒーから180デシベルの爆音に100万カンデラを超える閃光が放たれた。

 閃光手榴弾、その有効範囲は15メートルと標的が潜むビル上には届かないが、それでも経験したことのない衝撃に彼らは怯んだ。投げられたナニかは狙いをズラし、またはその場に落ち、あちこちで小範囲の爆裂が無数に無秩序におきる。

 混乱する械獣達に向けて武装バイク中程に搭載されている機関砲が唸りをあげる。ビル壁面ごと削り取り、ターゲットとなった猿達は瓦礫とともに落下していく。

 閃光が収まったのを見計らって再び閃光手榴弾を右へ左へと投げ捨てる。

 仲間をやられていきり立ち、あちこちから甲高い召集の遠吠えがはじまる。そして始まる絨毯爆撃。もはや狙いはつけずにめったやたらに投げ込まれる糞爆弾。

 破裂する閃光手榴弾。

 絶え間ない爆裂音は花火大会のフィナーレを飾る速射連発、別名スターマインさながらであった。



「な、なに、何が起きてるの⁉」 


“集まった猿どもが自らの爆弾化した糞を投げつけてきているのだ。爆発自体の有効範囲は3メートルほどと大したことないが数が多い。雑魚どもがもう300体は集まっているな”


「そ、そんなに!? 大丈夫なの⁉」


“ふむ、この男なかなか良い反応をしている。電脳が優秀なのか本人の資質なのかはわからんが、これなら問題なく切り抜けるであろう。おっとまたスタングレネードが爆発するぞ”


「うわわっ! な、なんで、僕目をつぶっているのに、ダーはそんなことわかるの⁉」


“我は魔王だぞ。このバイクに搭載されているマルチアングルカメラにリンクするような初歩中の初歩ができなくてどうする”


 その時アクタは激しい振動のはずみで目が少し開いた。視界に入ったのは進行方向に複数転がる糞爆弾だった。


 あ、あれって!


“ん? どれ、少し手伝ってやるか”


 このまま行くと転がる糞爆弾の爆発に巻き込まれかねないし回避が難しい。ブレーキをかけようものなら集中砲火を喰らうだろう。そんなタイミングだった。

 車内無線で運転席屋根に搭載されている重機関銃に魔王ダーはリンクするとすぐさま糞爆弾に狙いを向ける。車内に響く連続した重低音そして爆発。数コンマ後にその場を駆け抜ける車輌。もし車体下部で爆発がおきていたら横転はまぬがれなかっただろう。


「うぉっと! サンキューアクタ!」


「ぼ、僕なにも……」


「こまけぇこたぁいいんだよ! そら、そろそろビル群抜けるぞ!」



 猛烈な数の小爆裂を引き連れるように廃ビル群をついに抜け、速度を緩めることなく離脱するのだった。そのまま数キロほどしばらく走り安全を確認すると、やっと肩の力を抜くことができたオジサンは深く息を吐いた。

 

「よーし、もう大丈夫だぞ。アクタ怪我はないか?」


「フフッ」


「どした?」


「アハハハ!」


「おいおい、まさか子供にはショック過ぎたか⁉」


「アハハ! うんうん、違うの。怖かったけど、無事だってわかったら楽しくなってきちゃった!」


「お前もたいがい神経太いな。こっちは肝を冷やしたってのによ」


 アクタはタカタカ砂漠で危険な経験は数多くしていたが、この糞爆弾の絨毯爆撃花火大会ほどの派手な事件はなかった。死の危険を感じながらも頼れるオジサンに、常に落ち着いていた魔王ダーのおかげでパニックにならずにすんだ。そのためあたかもお化け屋敷を抜けた後、爽やかな顔で出てくる観客達のように、アクタはまるでアトラクションの一つでも体験したかのような笑顔を浮かべているのだった。

 


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


「あぁぁぁ!!!」


「どした⁉」


「オドさんは大丈夫⁉」


「あ、忘れてた……」



 慌てて車を止め牽引するリアカーに駆け寄る二人。


 オドパッキは……



「わーん! オドさーん! 死なないでー!」


“問題ない。 泡吹いて気絶してるだけだ”


 人型のタコが一体リアカーの中でしなびた生ゴミのように倒れているのだった。

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