砂漠と鋼とおっさんと

砂漠と餓鬼と塵芥12

　アクタ、オジサン、タコ坊主の三人が出発するその昨晩。アクタは寝床で終わっていなかった電脳の設定をしていた。

“ナビゲーションキャラの選択をして下さい。変更する場合はチェンジを選択して下さい”

　デフォルト

　ギャル風

　メイド風

　執事風

　オカマ風

　子供風

　幼女風

　魔王風

　女王様風

　恋人風

　熟年夫婦風……

　お父さん風はあるの？

“ございます”

　じゃあ、それ。

“……ん、おうアクタ元気か？　ダーは昨日接待で疲れて今日は一日寝てたい気分だなぁ。どうした、何か聞きたいことでもあるのか？　ダーは寝るのに忙しいから明日にしてくれ。あ、ちょっと腰のあたり踏んでくれないかな。もう接待ゴルフでバッキバキなんだよ”

（これが普通のお父さんなのかな？）

　ねぇ、ダー。どうして械獣なんているの？

“ん？　知らん。原因不明だ。勉強して自分で考えろ”

　……それじゃあどうしてスクラッチなんて起きたの？

“それも原因不明。色々説はあるみたいだけど結局どれも想像にすぎない。ダーにもわからん。聞いてばかりいないで自分で調べろ。勉強しろ勉強”

　（なんか、イメージと違うな）……チェンジ

“チェンジっておめぇ、キャバクラじゃ、うわぁぁぁぁ！”

　ど、どうしたの⁉

“今のお父さんキャラクターはアクタ様に不適合ということで消去されました”

　えぇっ！　そこまでしなくていいよ！　僕お父さんとかわからないから、ちょっと体験してみたかっただけで……

“あのお父さんは、仕事と家庭に疲れ休みの日は家事もせず子供の相手もせず口を開けば勉強しろと日がな一日寝てるだけという、日本の昭和後期から平成初期にかけてのいわゆる【亭主元気で留守がいい】という標語にもなった代表的な親父キャラでした。しかしその実、家族の為に理不尽なパワハラやアルハラに耐え、薬で胃痛を抑え我慢して毎日会社に出勤して給料を家庭に納めていたという事実を顧みられることがない可哀想な存在でもありました”

　そんな解説後からしないでよ！　消しちゃったじゃん！　ものすごく酷いことしちゃったじゃん僕！

“ご安心下さい。親父キャラは日本だけでも江戸、明治、戦前、焼け跡、バブル、氷河期、ゆとり、Ｚ、α、とございまして、特に江戸ですと、水呑百姓、庄屋、町人、商人、芸人、武家、その他数多くのキャラクターを取り揃えております”

　なんのことだがさっぱりわからないし、さっきの人消えちゃったの変わらないじゃん！　なにも安心できないよ！

“それでは、どういったキャラがよろしいでしょうか？”

　じゃ、じゃあ、さっきの人凄く疲れてたみたいだから、もう少し元気で明るいお父さんがいいな。

“それならバブル世代ですね。どうぞ”

“……ん、お、アクタぁ！　元気か！　ダーは昨日テッペンからのザギンでシースーだっだぞぉ！”

（ちょっとうるさいけど、さっきよりは……）

“そのあとシータク乗ってギロッポンのマハラジャでワンレンボディコンデルモなパイオツカイデーチャンネーとパッコンパッコン……”

　消去して。

“ギャァァァァァ！！！”

　……。

“アクタ様”

　なに？

“何を言っていたかおわかりになったのですか？　あれはかなり高度な業界用語だったのですが”

　さっぱりわからなかったけど邪悪な気配しかしなかった。

“さすがでございます。バブル世代、日本の絶頂期に遊び呆けその後の世代に多大なる損害と負債を残した最悪の世代と言われておりまして……”

　そんなのおすすめしないでよ！

“ただ、ノリと明るさと今が楽しければそれでいいという刹那的な生き様が感じられる世代としてはこれ以上のキャラはおりません。興味深いのが先に紹介しましたのが新人類世代といわれてまして……”

　もうお父さんはいいから他のにして。

“それではギャル風で”

　なんで？

“……あ、あーくんだぁ！　あーくんの唇いつもプルいよねぇ羽ばたいてるぅ”

　あ、ありがとう

“ねぇあーくんあーくん”

　な、なに？

“あーくんはすきピする？”

　す、すきピ？　な、なにそれ？

“かわちぃあーくん！　すきピって言ったらすき焼きピロリ菌じゃーん”

　チェンジして。

“きゃあぁぁぁぁぁ！！”

　あのさ、意味がわからないんだけど。

“失礼しました。ギャル語は移り変わりが早すぎて時代が混ざってしまいました”

　つまりギャル語ですき焼きピロリ菌って意味の言葉を使ってた時代があるってこと？

“はい、ございました。とあるすき焼きと女子中学生が題材の恋愛ドラマ『すき焼きピロリ菌』という作品が大流行しまして、作中に登場するすき焼き屋のイケメン男子と知り合うきっかけがピロリ菌が原因の胃潰瘍だったんです。それにちなんで、あえてピロリ菌を胃に感染させてすき焼きを食べに……”

　もう解説大丈夫だよ。うん、そんな時代もあったんだね。僕今の時代に生まれて良かったかなって真剣に考えちゃった。

“それでは次は……”

　いや、もう、あの、悪いんだけど、普通にしてくれないかな？　デフォルトっていうやつ？

“そんなこと言わずに、これだけでもお願いします！”

　ねぇ、オジサーン、ナビゲーションアプリって本当に役に立つの？

“それでは魔王風をお楽しみ下さい”

　ちょっと待って、今お楽しみ下さいって言ったよね？　楽しむ目的じゃないよねこれって。

“フハハハハハハハ！　よくぞここまで辿り着いた勇者アクタよ。恐れを知らず我の前に立つその心意気だけは認めてやろう。光栄に思うが良い”

　ありがと、あのさひとつ聞きたいんだけどなんでスクラッチって起きたの？

“まずは問答か、受けてたとう。スクラッチはこの魔王ダーさえの力も凌ぐ大いなる存在によって引き起こされた。大魔王か邪神かもしくは創造神かはわからぬがそれに準ずる存在であろう。悔しきかな、その存在を認識するには次元の階梯が我には足りぬのだ。二次元の者が三次元の者を認識出来ぬようにな。答えられるのはここまでだ”

　……それじゃあ械獣はどうして生まれたの？

“ふっ、機獣のことか。この辺りでは械獣とよばれているのだったな。アレは我の魔力で生み出したと言いたいところだが、あの歪な存在はそれではない。あれらを生み出したきっかけは他ならぬ人間だ。元来機械と生物という相反するものを融合させる実験は1940年代から行われていたのだが、自己複製型の量産化に成功させたのがスクラッチ前の2030年代だった。この自己複製型機械生命体は当時労働力として持て囃され爆発的に地球に広まった。だがスクラッチが起きた。そこから先の資料は消失し正式な研究は当然無い。つまりこの自己複製型機械生命体の存在がスクラッチによって暴走したと考えるのが自然だ。詳しい原因は全くわからぬが、人間の管理を外れた家畜が野生化するのに近いものであろうな。我の叡智を持ってしても答えられるのはここまでだ”

　……魔王風でいこうか。

“え、本気ですか？”

　だっていままで一番まともな会話になってるよ。ちょっと難しくて回りくどいけど。

“他にもメイドとか妹とかお兄ちゃんとか幼馴染みとか巨乳のクラスメイトとか隣りの家の男か女かわからない謎のクールビューティとかメスガキとかマッドサイエンティスト保険医とかアンドロメダ宇宙海賊とかヒトラー風とかエディー・マーフィーに若本規夫風もあるんですよ！”

　魔王でお願いします。

“せっかく用意したんだから試して下さいよぉ！”

　なんなの……このナビ……。