砂漠と餓鬼と塵芥11

 アクタの実家もといゴミ処理施設で発見した量子コンピュータを、可能な限りオジサンの武装バイクに積み込む作業が終わったのは深夜を回った頃だった。アクタが住んでいたという部屋で仮眠をとった後、夜明けには帰路についた。

 昼前にガーヴィレッジに着くと、とるものもとりあえず走行不可能となった大型バスの小さな工場兼店舗、ジャンクショップ『オドパッキ』に来ていた。


「どう、オドさん」


「下手に望みを持たせたくないから結論から言うと元には戻らん。直せても三割といったところか」


「どういうこと?」


「ある程度直せてもマムとしては戻らないってことか?」


「そうだ。物理的な損傷がみられる。一回電脳を直してからデータのサルベージという流れだが、やってみないとどれくらい復旧できるかわからん。少なくとも半分も戻らないだろう」


「わかった。それでもいいから直してくれる?」


「残念だがここでは直すにしてもサルベージするにしても、設備がないから無理だ」


「そうなんだ……」


「オルドゥールに行けばできるがな」


「オルドゥールって北の大きい街だよね……」


「街ってか都会だ。巨大なビル群の国都だ」


「でも……」


「ヨシ、次はそのオルドゥールだな」


「え? 連れてって……くれるの?」


「あたりまえだろ。アクタにはピッキング教えてもらっただけじゃなく、仕事の手伝いもしてもらったからな。これくらいはさせてもらうぜ。それに今帰っても、俺することないしな」


「オジサン…… ありがとう……」


「そうと決まれば準備だ準備。買い出しいくぞ!」


「うん!」


「うむ」





 ところでナビ。


“はい”


 あのオドって人? タコ坊主だよな。


“火星人みたいでしたね”


 あれも人間なのか?


“完全義体化済みの人間と思われます”


 マジかよ。八本足だぜ、手かもしれんが。


“マルチタスクで仕事こなしてて便利そうでしたね”


 な。羨ましいぜ。


“手、増やします?”


 そのうちな。





 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




「この大量の無酸素銅、どっから盗んできたんだい? ほとんど錆もなければ、メッキも剥げてない。つい最近まで使ってたみたじゃないか」


「さすが目が肥えてるなババア。新品同様の量子コンピュータを見つけてな、アレの希釈冷凍機だ。仕入先は内緒だぜ、高く買い取ってくれよ」


「ふん、アクタは?」


「アクタは関係ねぇ、これは俺の仕事で手に入れたもんだからな」


「小賢しいことするね、どうせ外で待ってんだろ。まぁいいさ、こんな上物年に一度も入らないからね。ホラ持ってきな」


「おっほーー、30万チェップたぁ太っ腹なのはその腹だけじゃねぇな」


「ほざけ、さっさと出ていけ」


「ありがとよ。あぁ、あとアクタ2〜3日借りてくぜ」


「5万返せ」


「ホレ無酸素銅おかわり、これで文句ねえだろ」


「ふん、勝手にしな」




 ひぇっひぇっひぇっ! やり返してやったぜあのババア。ざまぁみろ!


“どう考えてもズバール様の方が金銭的には得してますがね”


 いいんだよ、あの悔しそうな顔見れただけで。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



「えーと、子供でも撃てる拳銃、マシンピストルがいいか。お子様用防刃ベスト、子供用コンバットブーツに、シュラフ、小型ナイフ、タクティカルゴーグル、メット、着替え、それから手榴弾いっぱいに、燃料、食料、水、弾薬と……」


「す、すごい量だよオジサン…… 旅ってこんなにいろんなの必要なの?」


「そりゃそうさ、ただ乗り物で移動するだけじゃない。械獣と戦ったり、自然と戦ったり、ときには人間とも戦わなきゃならん。だからこそ、そら、アクタ。これ着けておけ」


「なにこれ首輪?」


「チョーカーだ! 幼子に首輪ってなんかイケないプレイしてるみたいだろうが!」


“大人相手でもイケないプレイですよ”


 大人だったらいいんだよ!


「電脳だ電脳。マムの電脳が直るまで着けておけ。身体強化や外部記憶、言語翻訳のアプリは今後必須だ。他にも戦闘補助や感覚器官強化に各種データベース、それらをスムーズに使えるナビゲーションアプリも入れてある」


「これ高かったんじゃ……」


「かなりな。だけどそれ以上にあの量子コンピュータは高く売れたから気にするな」


「うん、じゃあ着けてみるね」


「最初は頭がクラクラするけど我慢しろよ」


「わかった。うっ!」



 アクタの頭の中に情報が一瞬のうちに溢れ洪水を起こし、そして瞬時に引いて行くと、視野が鮮明になり思考がクリアになっていく。



「どうだ?」


「これ、凄いね、なんか、頭がキーンって、あっ!ナビゲーションアプリが登録してって」


「好きな名前つけろ」


「それじゃあ、オジサンから貰ったからダーにするね」


「なんでだよ」


「え、なんか凄い喋ってきた」


「機能の説明やら登録やらある。よく聞いて脳内で答えるんだ」


「うん!」




 仮眠をとったとはいえ昨日からぶっ通しで動いていた二人は今日はここまでにしようと解散した。

 アクタは寝床に戻り新しく着けた電脳への好奇心が止まらずナビゲーションアプリの “ダー” にあれやこれやと質問の嵐をしていたが、半刻も持たず疲れから寝落ちするのだった。


 そして次の日、なぜかタコ坊主を載せたリアカーが村からオルドゥールへ行く街道の出入口にいた。


「え? タコ坊……いやオド、待ってたの?」


「今タコ坊主と言おうとしたなおっさん」


「そんなことないよー どしたの?」


「オルドゥールに行けば電脳を直せると言っただろうが。そして準備するって話になったろうが」


「あ、あれってオドも行く前提だったんだ…… 」


「言っておくがオルドゥールに行っても俺じゃなければ直せるやついないぞ」


「え、マジですか?」


「電脳の電子的な処理をできる奴はままいるが、物理的な修理加工の職人なんぞ極端に少ないぞ。知らんのか?」


「知らんでした。それじゃあ出発しまーす」



 武装バイクの後ろに繋がれたリアカー上で、透明でテントのような折りたたみ式の強化ポリカーボネートの防塵ドームを張るタコ坊主。その姿に目を奪われたアクタは自らリアカーに乗りたいと志願する。その光景にオジサンはちょっとだけ悔しそうな表情を浮かべていた。

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