独裁者は悪の王たるか?
いっときとはいえ、新宿を支配した麻薬王ゲーラは聡明であった。グラウンドスクラッチ直後、パルケセントラルツインビルから景色を見てすぐに動き出した行動力はもちろんだが、その支配下に置く優先順位決めの手際の良さは事前にグラウンドスクラッチを知っていたかのようであった。もちろんゲーラが知るはずもないのだが。
ゲーラが真っ先に支配下に置いたのは受電設備。次に幾つかある大学病院や総合病院。そして食料品や数は多くはないがあらゆる製造工場の類い。
新宿に集中したツインタワーは、ホテル、オフィスや官公庁が主だったため、富裕層が多く居たが、そちらには目もくれなかった。
既存の政治治安権力機構や貨幣価値が全く意味を成さなくなっていた事を瞬時に理解し判断していたのだ。
武力による独裁であったが、新宿は仮初の秩序を手にしていた。逆に言えば宗教人種が入り混じった状態で暴動や略奪が行われずに済んだのは、ゲーラの武力による治安維持があったからと言っても過言ではなかった。
実際ゲーラの死後、組織を引き継げる者はおらず、組織の瓦解と共に秩序は崩壊し、結局は暴動が起きて多くの犠牲者が出たのは皮肉としか言いようがない。
その後巨大ケシ花や植物型機獣の発生などで新宿はより混沌とし、人々は武力を持つ者は高層階へ、力無き弱き者は地下街へと住処を移し、残された物資を奪い合い消耗するだけの日々が続く。
ある時、外から入って来たのか、元々居たのかはわからないが、数人の人間が一つの理念を元に武力を持つ者を集め組織だった行動を始める。この武装組織は『ヌーヴェル・ルージュ』と名付けられ、新宿に一定の秩序をもたらす事に成功する。
その理念とは『原始共産制』。人類の文明初期に見られる狩猟採取社会である。そこに階級的支配は無く、富の余剰もない。食料や衣服など全てが共有されるなど、現在でも小さな村社会では行われている。いわゆる「平等社会」の最も原始的な姿だ。
この『原始共産制』理念やお題目は悪いものでは無く、考え方によっては人間社会が目指す理想型と言えなくはない。しかし、私有財産を認めず、個人の努力による富の増大も否定する処は一長一短でもあろう。そして、人間がこれを管理するため、必ず歪みが生まれ、崇高な理念は形骸化し腐敗する。
この新宿で生まれた原始共産社会もその例に漏れず、『ヌーヴェル・ルージュ』は人々を機獣から守り社会を運営していく組織から、単なる支配階級組織へと変貌していった。
『ヌーヴェル・ルージュ』を創設した幾人かの一人から5代目にあたるサロットルは、人々からしたらもはや暴君以外の何物でもなかった。
子供を集めて洗脳教育し兵隊化、政敵や政敵になりかねない親族は暗殺し独裁化、女は自ら囲い込み、反骨心を持つ者はモルヒネやヘロインで無力化という徹底ぶりで、この新宿に自らの帝国を築き上げたサロットルは今まさに絶頂の時を迎えている。
彼は最も建築年代が新しく堅牢で受電設備も有る『USDビル』にその居を構えていた。
「また、外界からの侵入者か。いつも通り装備を奪って、薬漬けにして農奴にしておけ、同志タクトーよ。若い女がいれば私自ら審問する」
「は!かしこまりました同志サロットル!」
部屋を出たタクトーは今まで畏まった姿を一変させ、小さく舌打ちをして顔を醜く歪ませる。
テメェばかりいい思いしやがって、こっちにも女回しやがれ……
欲望に塗れた思いを積み上げ、その場を後にするタクトーであった。
気怠そうに年代物のワインが入ったグラスを揺らすサロットル。傍には薬漬けになって空を見ている半裸の美しい女性が三人ばかし。
『USDビル』の高層階を豪奢に飾り立てた元オフィスが彼の一室であった。
グラスに口を付けることなく傍の女性に渡すと、緑に飲まれ別世界となっている新宿を睥睨できる展望窓より、代々木方面を睨む。
女性を侍らせていた割に、白ワイシャツに茶の綿パンとラフな格好であるが、銃を携帯しており油断なく警戒心は解いていない。
一刻前の爆炎の奴らか。
ただの迷い人か、侵略者か……
それともこの新宿の救世主となるか……
まだ若さも残す壮年の小柄な男は、まだ燻り煙が立ったままの首都高を見つめるのであった。
一方、迷い人であり、侵略者であり、救世主になるかも知れない錫乃介達は新宿地下街で、少年兵達と対峙していた。
否、蹴散らしていた。
「ほら蜂の巣にされたくなかったら、どけどけえ!当たりゃ蜂の巣どころか、身体が吹き飛ぶがな!ヌハハハハハッ!」
コブラを降り自ら先頭に立ってミニガンを担いで辺りに弾を撒き散らすのは勿論ラオウ山下。もう片手にはM16ブラックライフルも握ってバカスカ撃っており、もはや誰も手が付けられない状態だ。
上手いことに少年兵には当てずに怯んだところを、格闘組が即座に近寄り武装解除していく連携を見せる。
「ほんっとにこれじゃどっちが悪い奴なのかね?ただのテロリストじゃん。いや、テロリストこんな堂々としてないか……」
コブラを山下に任されたシンディはハンドルに項垂れ、助手席に座るイセタンに愚痴るように話しかける。
「俺こんな奴らに戦い仕掛けようとしてたのか……」
少し青ざめながら呟くイセタン。
「命令とは言え酷なことを押し付ける奴らだね、同志って奴らは。ところでどこに向かっているんだい?その同志達の居所はわからないんだろ?」
「あぁ、とりあえず俺たちの住処サブナードって所に向かってる。そこは他の多くの奴らの住処でもあって、上の位の同志達もあまり来ない。命令だけは放送で来るけど。ほらもうすぐだ」
地下で天井が低く植物の根っこが邪魔なこともあり、銃座のあるコブラやピックアップトラックは屋根を擦らないよう低速で進んでいることもあり、目的地に着くまでそこそこ時間がかかったが、それまでには少年兵による抵抗はほぼ無くなっていた。
もう、抵抗終わりかね。そもそもの軍備が少ないんだろうから当たり前だけどさ。こんな隔離された場所じゃ物資そのものに限界あるわな。
“130年間全く武装の更新とかされていないでしょう。弾薬くらいは作っているでしょうが、そもそもの工作機械が新宿では調達できないでしょうからね”
それにしてもさ
“はい”
おれ、出番無くね?
“いいじゃないですか、楽できて”
USDビルの高層階の一室
「サロットル同志!外界からやって来た者どもの抵抗が激しく、地下街中心部に侵入を許しました!」
「そうか、少年兵では止められないか。犠牲者は?」
「それが、少年兵達は武装を奪われはするものの殺しはされておらず、軽傷の者が数人いるだけです」
「ーーそうか、私も様子を見よう」
侵略者を止めることが出来ずに、受けた報告の内容に引っかかる点を確認する為、サロットルは監視カメラの部屋に行き映像に見入る。
そして心が躍動した。
始めはただの迷い込んだハンターが暴れているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
無差別に少年兵を撃ち殺しているのならば、こちらも最大限の武力を持って撃退するべく動こうと思っていたが、彼らは一人も殺すことなく進軍している。
「アミン同志。少年達を撤兵させよ」
「宜しいのですか⁉︎」
「構わん。少年兵では相手にもされていないのが見てわからんか?それどころかただ弾薬を奪われて終わりだ。無駄どころか奴らを肥えさせているだけに過ぎん」
「は、かしこまりました!今すぐ撤兵致します!」
「それから、しばらく様子を見ようじゃ無いか。奴等監視カメラの存在に気付いているのに、まるで気にする素振りも見せない」
「それでは、サロットル同志の御意思通りに!」
アミンと呼ばれた黒人の男が部屋を後にすると、サロットルは躍動する気持ちを抑えられず、拳を強く握り締め、目をこれ以上無いくらい見開き、笑っている自分に気付くことが出来なかった。
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