薄めのカルピス

(作者補足:1c=50円~100円くらいで)


 話は錫乃介がアッシュを抱えて海に飛び込んだところに戻る。


 

 夜の海に吹き飛ばされ意識を失いそうになるも、ナビの脳への直接刺激により、なんとか目覚める。とはいえ魚型機獣に食らいつかれる前に陸に上がらなくてはならないが、泳ごうにも装備がバラストになって上手く泳げない。やむを得ず身につけている、マチェット、シグザウエル、ウージー、弾薬、財布デバイス等を海中に廃棄し、気を失って沈みかけているアッシュを拾う。チンプルと呼ばれる水中での気道確保から逆あおり泳法という救助用泳ぎをナビのアシストによって行い、なんとか引き上げ船台まで辿り着く。


 腕や足に噛み付いている機獣を振り落とし、アッシュの顔面を引っ叩く。

 うっ、と声を出して気を取り戻すと、すかさず錫乃介を一足跳びに距離をとってふらつく足で構える。


 「もうよせ、エクラノプランで負った怪我は嘘じゃないんだろ」



 胡座をかいたままアッシュの方を向くことなく言葉で牽制する。錫乃介に戦闘の意思はなく、それよりビチビチ跳ねる機獣を手に観察している。


 「これはイサキか?こいつはイトヨリか?なんなんだコイツらは。昔あったダライア○ってゲームみてぇだな」


 「何の話よ」


 「別に、こっちの事よ。一つ命助けてやった礼代わりに聞きてぇんだがよ、俺の賞金いくらかかってんだ?」


 手にしていた魚型機獣を海に放り投げ、先程から気になっていた事を尋ねる。



 「2,000」


 「あ?」


 「だから2,000」


 「2,000万じゃないよな?」


 「当たり前でしょ」



 そこまで冷静に聞いていた錫乃介は耳を疑った。身に付けていた装備は財布も含めて海の中。それから食料、テント、着替え、弾薬などなど30キロ分の物資とドラムマガジンショットガンAA12もスナイパーライフルM110 SASSも全て入っていた背嚢は木造船と共に爆発炎上してこれまた海の中。

 それが脳裏によぎりワナワナと手足が震え、ユラっと立ち上がるとアッシュの方へ向き一歩二歩とゆっくり近づいていく。



 「おい、アッシュ」


 その声はひどく低音で殺気に満ちていた。



 「な、なによ、もう終わりにするんじゃなかったの……」



 構えを解いていたアッシュは、再び無手の戦いに備えて構え始めた。



 「賞金2,000cだと?」


 「だからそうだって言ってるでしょ」



 更に張り詰める緊張感。錫乃介から確かに感じられる強烈な殺気。戦闘が再び始まるのかと息を飲むアッシュに、仁王立ちで錫乃介は息を大きく吸い込む。


 そして、


 解き放った。





 「このクソアマが!ドアホ!ボケ!ラッパ!スカタン!低脳!無知!無教養!低学歴!無能型文系!割れ眼鏡!とうへんぼく!援交女!パパ活女!経済オンチ!立てば迷惑、座れば公害、歩く姿は自爆テロ!大食い!ダイエットいつも失敗する!口内炎だらけ!乾燥マ○コ!メタボボテ腹妊婦!ダッチワイフ以下!取り柄は若いだけ!おバカはキャラじゃなくてホントにおバカ!頭がマーーーン!二重人格!ブリブリぶりっ子!クラスで女子に嫌われる女子!彼氏はバンドマンにホストにバーテンダー!全員DV二股三股当たり前!給食費盗んだ犯人!ファッション天然!パチンカス!ギャンブル狂!大貧民はすぐに革命!タバコ吸って無いのにヤニ臭え!クララの馬鹿!メンチ!コンラッド!キンケード!グリーンウェル!阪神のダメ助っ人外人以下!春麗のできそない!いつも八百屋で野菜クズ拾ってる!豆腐屋でオカラばかりもらってる!魚屋でアラばかりもらってる!そのくせ知能がおっぱいに回ってる!どうせ家で飲んでるカルピスもその脳みそ並みに薄いんだろ!」


 「な、なに「口開くんじゃねぇ!いいか、一から説明してやる。お前助けるために失った財布だけで26,000c以上だ!それから各種装備に弾薬、背嚢の物資!」


 「背嚢は「口開くんじゃねえってんだろ!てめぇが大人しく俺に一晩抱かれてニャンニャンしてお願いダーリンしてりゃあ余裕で5,000cくらい払ったわ!あげるわ!なんなら財布ごと渡すわ!」


 “勢いで言ってますがホント最低ですね”

 黙りねぃ!

 

 「そんくらいの価値があるんだよお前には!にも関わらずそんなはした金で文字通り俺の財産水の泡にしやがって!賞金1万2万ならまだわかるが、2,000cだと……」



 そこまで言って項垂れ焦燥しきると、言いたい事を言ってスッキリしたのか脱力して胡座をかいて座り込む。そこから先は、途端に無言になった。

 


 「わ、悪かったわよ。でもそうは言ったっていつまでもここに居たらまた小銭稼ぎの奴が来るわよ」


 「どこに行けってんだよ」


 「仕方ないわね、私の部屋に来なさいよ」

 

 「手籠にしてやる」


 「その飾り玉二つとも潰されても良いならご自由に」




 襲う気マンマンで着いて行った錫乃介が到着したアッシュの部屋は、昭和の木造住宅を直して直して無理矢理現代まで存続させているようなボロアパートの二階の一室だった。錆びて穴の空いた踊り場がある鉄筋の階段に、フローリングとは名ばかりの浮いた床。壁紙が剥がれた壁面は石膏ボードが剥き出しに、折り畳み式のスプリングベッドと、ツギハギだらけの二人掛けソファにオッドマン。僅かな服は扉の無いクローゼットに吊り下がっている。カーテンは青いビニールシートを二重にかけ、火もつかないコンロと水も出ない水道のキッチンは錆だらけであった。



 バ、バラック小屋と大差ねぇな。ハンターやってるくせに。なんか、本当にコイツ貧乏だったんだな。



 「なによ」


 「いや、悪かった。少し言い過ぎた」


 「変な同情はやめてよ。半分以上何のことかわからなかったし。だいたいクララって誰よ? その後の奴も」


 「気にするな。ただのヤツ当たりだ。すまなかった。でもさ、ハンターやってたらもう少し蓄えあってもよくね?」


 「ま、まぁ、それはちょっと色々あってね……」


 「へっ、女の秘密は多いぜ」



 その後、二人はサウナに行って身体を温め、濡れた服を洗い、神田川よろしく出てくるアッシュを待ち、無言で二人で部屋に戻って服を干し、錫乃介はソファで横になって夜を過ごすのであった。




 翌朝


 オンボロベッドの継ぎ接ぎシーツの上で女の子座りをするアッシュは、ダボっとした白いシャツ着ていたが、どうにもそれが目に眩しく、錫乃介はソファに腰掛けオッドマンに足を乗せベレッタナノをガチャガチャ弄りながら、部屋にあった小型ポットでお湯を沸かしおいた白湯を啜る。カルピスは無かった。

 


 「腹の虫が収まらねぇからマフィア潰す」


 「え?」



 干して置いた服は幸いにももう乾いている。この辺りは砂漠と違って熱帯に近いためか、夜は冷え込まずにそこそこ暖かいためすぐ乾くのだ。

 錫乃介が着るロング丈のデニムシャツはアッシュの部屋から頂いた。ボトムは7分丈のワークパンツ。これもアッシュの部屋からパクった。ダボっとしたファッションが好きなのか、それしかなかったのかわからないが、サイズは丁度良かった。



 「賞金はおめぇにくれてやる。俺をマフィアに突き出せ」


 「なに言ってるの、丸腰でどうやって潰すのよ」


 「ユニオンに預けてあるジャイロキャノピーに、手榴弾各種と補給用に少しばかり金を残してある。それでありったけ爆薬を買い込む。アッシュは俺を突き出し賞金持って先にトンズラしろ。その後はケ・セラ・セラという計画だ」


 「それ、計画って言わないんじゃ……」


 「黙りねぃ!」


 

 アッシュを一喝して黙らせ、ベレッタナノを渡す。



 「これだけ残ってた、返しとく。いま分解洗浄したから大丈夫だろ」


 「あ、ありがと。いいの?」


 「その代わり付き合え。俺を突き出して賞金もらって帰るだけの簡単なお仕事だ」


 「わかった」




……………………




 錫乃介はドアの前で腕を組み、昨晩からいままでの事を思い出していた。自分を担いでいた黒革ベストの男の首をチョークスリーパーで落とし、頭陀袋に入っていた手榴弾と爆薬、拳銃のグロック19ロングマガジンを取り出す。ジャノピーにいざという時のため残して置いた3,000c全て使ったのだ。



 いきなりの予定変更だったな。


 “まさかボスがアッシュ様に反応するとは予想外でしたね”



 と、ドアの奥より助けを求めるアッシュの叫び声が聞こえた。



 “助け、求めてますよ”


 助ける義理もうなくね?


 “まぁ確カニ”


 

 錫乃介ぇ!!!

 

 ドアの奥から聞こえるのは再び助けを名指さしで求める声だった。



 でも、まぁ、ここで助けなきゃ俺の美学に反するよな。


 “まぁ確カニ”

 


 スッと音もなくドアを空けて、女ハンターを襲う蟹男に躍りかかるのであった。

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