おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編4


 なぁ、もう十日経つぜ。食料尽きるんだけど。


“砂シャチ君達は相変わらず砂漠を泳ぎ回ってますね。元気なものです”


 もしかして俺らがやったやつが身内で、その復讐でもしようとしてんのか?


“それまんま映画『オルカ』じゃないですか”



 廃ビルに逃げ込み経つこと十日。食料も水も尽き、このまま干からびて死ぬのを待つか、決死の覚悟でここから飛び出て、砂シャチのおもちゃにされるかの選択を迫られていた。

 ダメ元で爆薬放り投げカノン砲や無反動砲を撃ちまくって最後を飾ろうと決意して立ち上がり、念の為もう一度だけと性懲りもなく空腹を抑えながらビルの屋上で周囲を眺めていた。



 もうさ、覚悟決めた。特攻する。


“早く行きましょうよ。覚悟を決めたって昨日も一昨日もその前もそう言って屋上から眺めて一日が終わったじゃないですか”


 おだまり! 今外出て、あと実は五分で助けがくるかもしれないのにみすみすそのチャンスを逃してシャチ公に食われたら、死んでも死にきれないわ!


“また、そんな希望的観測に縋り付いて…… うん?北西の方角に砂煙。車両移動による煙と思われます!”


 ほらほらほらほらほらほら! なっ! 言った通り!


“ドヤ顔してないで、銃でもなんでも撃って居場所アピールしてください”


 え、でもアレなんかこっち向かってない?


“バギーのようですね。アレも砂シャチに追われて逃げ込んで来るかもしれませんね“


 そういうこと言うなよ……



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 ほらな、だから言わんこっちゃない。そのまま真っすぐにこのビル入って来たじゃん。シャチ三匹引き連れて。どうすんの? 増えたじゃん。


“私に言われましてもね〜 とりあえず何者かだけでも確認しましょう”


 しゃあねぇ、降りるか。もう腹減って昇り降りがしんどいよ。来たやつがせめてハイレグビキニセクシー女ソルジャーだったら気力も湧くんだけどなぁ。


“そんなレッドソニアみたいな女性がこんなとこにいるわけないじゃないですか”



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



「キターーーーーーー! そらみろ! いるじゃないか!」


 

 廃ビルに逃げ込んで来た武装バギーに乗っていたのは一人の女性だった。赤味がかったロングの金髪に、砂漠迷彩のオーバーバストコルセット、ローカットデニムショーツ。出るとこは出て締まるところは締まっている、薄い褐色肌に女性の理想的なボディの持ち主だ。



“ハイレグでもビキニでもありませんよ。それにボディは機械のようですね”


 そんな細かいことはどうでもいいんだよ!



「ハ、ハロー、アイム、スズノスケ。ワッツドゥーイング?」


「スズノスケ? ああ、確か下水道掃除専門にしてるハンターよね」 


「ザッツライ!」


「私はサーラよ。ちょっとヘマしてデザートバイトに追われちゃった」


「ウェアアーユーフロム?」


「クリンカよ。なんでそんなたどたどしいの? 電脳付けてるでしょ?」


「いや、失礼。あまりにも美しい貴女に出会えたものだからいささか緊張してしまいまして」


「あら、ありがとう。でも全部作り物だよ私の身体」


「そんな細かい事に意味はありませんよ。ただ貴女は美しく、そして私は見惚れてしまった。その事実があるだけです」


「フフフ、口説いてるつもり?」


「美しい貴女を口説かねばそれはまた新たな罪となる……」


「それじゃあ口説かれてる女からひとつお願い」


「なんでしょうかサーラ? 貴方のお願いならたとえ月の石をとってこいと言われても、それを拒否する男はいないでしょう」


「ほんと? でもとりあえず面倒くさいから普通にお話ししてくれる?」


「ですよねぇ!」


「ミスタースズノスケは下水道もないこんな所でいつからいるの? なかなか……全体的にボサボサで、そうね──ワイルドな身なりに見えるけど?」


「十日だよ。十日もあのシャチ野郎に軟禁されてんだよ。もう水も食料も尽きてそろそろ死出の旅にでようとしたら、救いの美の女神が来て、テンションマックスになったところだ」

 

「シャチ野郎って呼んでるのね。ハンターユニオンとしてはデザートバイトって名称だから。あいつらは初めて?」


「まあな。もう散々だよ。一匹倒したら後から後から増えやがった」


「私も似たようなもの。バンカーショットが尽きちゃって、仕方なくここまで逃げてきたの。サンドウェッジはあるけどね」


「何だ、バンカーショットとかサンドウェッジってゴルフでもしてたんか?」


「貴方知らないでここまで来たの?」


「しゃあねえだろ。アスファルトからここまでの街が全部壊滅してんだから物資はおろか情報さえも入らねえんだから」


“情報収集する前に欲望に負けて飛び出してきただけじゃないですか”


 だまりねぃ!


「そういえばそうか。サンドスチームも海に沈んだって聞くし、いったいどうなってるのかしらね」


「さてね。それよりさっきのゴルフ用語の意味教えてよ」


「ええ。バンカーショットは地中貫通弾。デザートバイトはじめこの辺の砂中の機獣とやり合うには必須の砲弾。でも地中に向けて撃たないといけないから専用に改造した大砲が必要なの。私のバギーに搭載してるようなやつね」



 サーラが親指を立てて後方を示したバギーには60ミリ前後と思われる特殊な形状をした無反動砲が一門鎮座していた。地面に向けて砲弾を放てるように脚部が頑強に設計されているようだ。



「それからこれがサンドウェッジ。超音波を発して獲物と誤認させて地中の機獣をおびき出すスタングレネードの変形版ってとこね」



 太ももに括り付けられているポーチから取り出したのはゴルフボールサイズの金属製の玉だ。



「これ自体に破壊力はないから、通常弾やバンカーショットと組み合わせて使うんだけど、そっちの弾が切れちゃってね」



 なんでもクリンカからとある機獣のハントのために街を出たが、デザートバイトの群れに遭遇してしまい、奮戦するも数の暴力に負け……ということらしい。



「錫乃介の弾は残ってる? あれば私がサンドウェッジで誘い出したあと撃ち抜いて欲しいんだけど」


「おう、山程あるぜ。なんなら股間の大砲もな」


 

 錫乃介のしょうもない下ネタに──上げた口角は紅赤の唇が艶めかしく濡れる。



「そのご自慢の大砲でドカンとお願い」


「おぉっと、ターゲットを間違えそうだぜ」


 頼むわ、そっちの相手は──と言って子供をあやすように微笑みながら錫乃介の下半身を指差す。



「──また後でね」



 ナビィこれまた利用されるかも。


“その割には嬉しそうに鼻の下伸ばして身体の一部に血流が集中してるようですね”



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 日は沈み砂漠を極彩色に飾る見飽きた夕焼けの時間帯も過ぎ、深夜間際になってから脱出する手はずになった。昼より夜の方が幾分シャチの動きも鈍くなると、この数日観察した結果であった。

 心を落ち着かせるため、仕込みキセルの刃を滑らかなモルタルでシャコシャコ研ぎいでボロボロのシャツで拭って夜空に向ければ月光に照らされ鈍く輝く。



 さ、こんなボロビルとはおさらば。赤城の山も今宵限りじゃ。


“それ、不吉だから止めたほうがいいですよ”


 だまりねぃ。さ、ようやく106ミリ砲の出番だな、って思ったけどビルの室内でこんなもんぶっ放して大丈夫なの?


“駄目ですね。屋内戦で使えるタイプじゃないですよコレ。大人しくカノン砲で対処してください”


 ちっ、つまんねーの。



 せっかく新しく搭載した無反動砲の威力を実戦で試したかったが今回は諦める。

 数階上から “始めるよ!” と声がかかるので前もって打ち合わせしておいたポイントに30ミリリボルヴァーカノンの砲口を向ける。

 サーラの義体化された身体によって投擲されたサンドウェッジは遠方にポソリと落ち、砂埃がわずかに舞う。

 本当にこれでシャチがおびきだせるのか不安になるくらいの静かな間を感じた瞬間であった。

 サンドウェッジあたりの砂もろともひとのみにするべく、砂面より飛び出たのはサンドベージュの巨大な魚体。砂漠を水中のごとく泳ぎまわるその体躯はしなやかかつ高駆動。外敵の急襲もほとんどは砂中に潜ればやり過ごすことができる反面、装甲は薄く脆い。

 すかさず砲口を向け照準を定めるのはナビの正確無比な操作。間を空くことなく発射される無数の砲弾は流線型のデザートバイトの身体を容易く貫いていく。甲高い音波の叫び声を轟かせながら一体目は沈黙した。



 うっわ、あっさり。


“攻略法さえしっかりしてればなんてことない相手ですね”


 なんか前のクソザル思い出すな。



 以前廃墟でハントしたクソ爆弾を天井から投げつけてくる猿型機獣を思い出す。スタングレネードで動きを止めれば簡単に仕留められるにも関わらず、そこまで頭が回らなかった錫乃介は正攻法で突入しクソ爆弾の集中豪雨を受けたのだ。

 さておきサーラが上階でサンドウェッジを投げ、それにおびき出されたデザートバイトを錫乃介が仕留めるという単純な作戦は面白いように上手くいった。

 あれよあれよと数を減らし、最後のデザートバイトを仕留めたところでサーラは降りて来る。



「良い腕してるじゃない。一発も無駄弾なかったわ」


「相棒が優秀でね、俺は高みの見物さ」


 とチョーカーをピンとはじく。


「あら、良いご身分ね。羨ましいわ」


 軽くにこやかに返しながらサーラは足早にバキーに乗り込む。


「さ、早く行きましょ。サンドウェッジにつられて他のデザートバイトが来ないとも限らないからね」


「お、そうか。こうしちゃいられねえな」


「クリンカまでご護衛として連れて行ってもらえる?」 


「クリンカだろうとクリント・イーストウッドだろうと何処へだって連れて行ってやるぜ!」


「それじゃあ月までお願いしようかしら」


「任せとけ! え? 月?」



 問いに応えることなく、魅惑的な微笑みを向けアクセルをかけるサーラであった。

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