俺の鼓動はスラッシュメタル


 頭はズタ袋、身体はボクサーブリーフ、足は厚手の靴下の男は、サンドスチームを管理するAI───実質現世界の管理者───を前に対峙していた。

 目を隠され相手の姿形がまるでわからない。人払いをしたといっていたが、それも本当かどうか。両手を縛られ、2,000を超えるメーサー砲がその銃口を向けるなか、通常であれば不安に駆られまともに受け答えするのもままならない状況だが、凛とした姿勢と度胸でその男は対峙していた。



「サンドスチームへ来た目的は?」


 

 耳に入る艶麗なる美声によって部屋の広さを推測するが反響が全く感じとれない。それはおろか、先程までやかましく鳴り響いていた外部の駆動音が聞こえないことから完全な無響室なのだろう。男が関節を曲げる音の方が部屋では聞こえ、チョッパヤ音楽スラッシュメタルのリズムを超えるスピードと爆音のように鼓動が掻き鳴らされていた。

 


「要件は始めは一つだったが今は二つになった。それから聞きたいことが山のようにあってここまで来た」


「いちいち答える義務はないのだけどいいわ、手荒なことをした詫び代わりに聞いてあげてもよくってよ。言ってみなさい」



 ルーラーからはその美麗さは変わらぬものの明らかに面倒臭そうな感じがする声が発せられる。もし人間の形をしているのであれば、テーブルに肘をついて明後日の方向を向いていることだろう。



「一つ目だ。新宿という街が住民と共に見つかっている。この街をサンドスチームの交易路に入れて欲しい。今の人類に必要な技術や資源、スクラッチ前の遺産がそっくり残っている。莫大な経済価値があるぜ、間違いなくな」


“これが資料やレポートです“


「ふーん。いいわ、交易順路に入れる」


「ただ、植物型機獣がわんさといてな、住民達は建物の外に出るのも命がけだ。サンドスチームはハンターユニオンや防衛軍の本部でもあるんだろ、だからこの対策としてハンターユニオン支部の創設をしてほしい。軍は独自の部隊がいるから増員程度でいいだろう」



 ルーラーが肯定の即答をしたのにも関わらず、その声が聞こえていないのか新宿参入のための説明を続ける。



「細かいことは行ってからするわ」


「詳細なレポートは俺の電脳から受け取ってくれ」


「もう貰ってるわ」


「それを見て検討だけでもしてくれ」


「検討どころか行くっていってるでしょ」


「新宿を開放するときに俺にかかった借金返済のためっていう下心も否定はしない。だが、それ以上に新宿の住民のためだ」


「わかったって。あなたの借金だなんてどうだっていいわよ」


「急な予定変更でリスケになるかもしれんが、なんとかできないだろうか?」


「だから行くって何度言えばいいのよ。おちょくってんのあなた」


「え? ホントに? ほら、こういうイベントってなると、なんか機獣倒してこいとか、廃墟探索してこいとか、ドブ掃除してこいとかしょーもないリクエストしてやっとこさ受理してくれるもんだと思ってたから、そういうのじゃないの?」


「なんでそんな面倒くさいことしなきゃいけないのよ。この資料とレポートで充分許可だせるわよ。なんならあなたがここまで来る必要すらないし。各街間でユニオンの職員飛すだけで終いだったわ」


「そ、それは急いでたし……にしてもあっさりすぎね? なんかしなくていいの? 足でも舐めましょうか?」


「きっしょいわね、メーサー砲撃つわよ」



 ルーラーが言葉を言い終わる前に、部屋全体からキュインという甲高い稼働音が聞こえてくる。



「ちょ、ちょ、待って待って、初メーサー砲食らうって心の準備必要だから。いやさ、ほら、しかし、マルコポーロばりの旅してきたせいか、あっさりというなんか余韻が……」


“マルコポーロの東方見聞録でしたら総距離15,000キロと言われてますからまた敵わないですね“


 クソっ! マルコポーロにも敵わねぇのか!


「何の競争してるのよ、次の要件を早くいいなさい」



 謎の地団駄を踏んでいた男は少し襟を正し、気を取り直して話を続ける。



「じゃあ新宿の件はこれで完了だ。次の要件だが、これは新鮮ほやほや産みたて卵だ」


 先程までの戯けた声から低めの落ち着いた声へと変わる。



「昨日行われた廃墟へのドローン部隊の派遣、艦砲射撃についてその理由をお聞かせ願いたい」


「異常増殖した機獣の群れの殲滅をしただけよ。通常ならハンターが処理する案件だけど、ユニオンが武装車両一個中隊を使ったのにも関わらず一匹たりとも狩れなかった。それによりドローンによる数度の威力偵察で私はその廃墟に巣くう群れを人類への脅威と判断。艦砲射撃による殲滅を決定したの。今は再びドローン部隊による現調中ね。機獣の異常増殖はよくある事例だけど、人類への脅威とみなすのは珍しいわね」


「今までの異常増殖の殲滅と今回の殲滅に何か違いは感じられなかったか?」


「聡いわね、それとも現場を見てたのかしら。確かに今回は機獣達の組織的な行動がみられた。有能な指揮官がいたのかもしれないわね。とはいえ野生においても群れには指揮官がいるもの。普通にある事例ね。今度はあなたが殲滅理由を聞きたい理由が聞きたいわね。話してくださる?」


「艦砲射撃当日、俺はその直前まであの廃墟にいた」


「あら、それで怒って文句を言いに来た……」


 そこで言葉を止めると、ルーラーは一拍の間をおいた。


「……違うわね。……なぜあの機獣だらけの街に大して強くもないあなたはいられたの? 一人でしょ?」


「大して強くもないは余計だが、そうだ一人だ。ナビ、レポートを」


“かしこまりました。ルーラー様これを”


「またレポート? わざわざご苦労ねって、な……」



 ナビにそのレポートを開示され、瞬時にその内容を把握したルーラーは、優秀なAIであろうに言葉を詰まらせる。いや、優秀だからこそなのだろう。

 渡されたレポートには錫乃介がポチ達と知り合ってから数日の滞在中に調査したことや、彼ら独自の文明とも呼べる社会を創り上げていたこと、人間社会に今後いかに有益な対象になる可能性があるか等が詳細な資料と共に書かれてた。もちろん書いたのはナビだ。



「ご覧の通りだ。あの機獣達は高度な社会生活を営んでいる。姿は機獣だがその内容は既に人間社会のそれだ」


「そういうこと、だったの……」


「そう、落ち込むな。安心しろあの街には広大な地下都市があってな、機獣達はそこに避難してまだ皆んな生きてるぜ」



 トーンの落ちた美麗なる声色に、錫乃介はとある勘違いをしていた。それはもしもルーラーに表情があり、それを見ることができていたならばしなかった勘違いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る