食えない奴ら

 事実上扉の役割を果たしてない扉を外して中に入る。番台に店主は不在だったため、またガタガタと扉を閉めて部屋に戻ると、中で店主が茶を淹れていた。


 「そろそろお戻りになるかと思いましてね。あ、こちらタバコです」


 スッとタバコ盆を差し出す。懐から薄紙を取り出し刻みタバコをひと匙貰う。



 「気が利くじゃないの。この宿代でここまでしてくれるとはサービス満載だな」


 「客が居ないから暇なんですよ」


 「そうか」


 淹れてくれたお茶は青茶、いわゆる烏龍茶系のお茶であった。渋みと深いコク、温かく芳しい香りが夜風で冷えた身体を温める。油っ気の多かった食事の後には丁度良いお茶だ。



 「刀削麺を召し上がったのでしょう?」


 「ああ、この辺りの名物みたいだからな。このお茶合いそうだ。美味い」 


 お茶を啜っていると、店主はすぐ戻る事なく話しを始めた。何故刀削麺を食べた事を知ってるのかに、疑問符をつけることなく錫乃介は応える。



 「武夷岩茶(ぶいがんちゃ)の系統の茶葉でしてね、本流はもうこの世にはありませんけど、美味しいでしょう」


 「へぇ」


 茶は確かに美味い。しかし、話の本題はまだなのだろう。お代わりを所望してるわけでもないのに、茶杯に再びお茶を注ぎ淹れる店主のキツネ目は、茶杯ではなく錫乃介を見ている。



 「その後湯屋で長湯して、珈琲牛乳飲まれたそうで」


 刹那、部屋の空気が張り詰める。

 


 「隠す気ゼロかよ」


 ことも無く、そのまま淹れてもらったお茶に口をつけ啜る。



 「ええ、別に争うつもりはありませんし」


 「こっちだって俺からどうこうするつもりはねえぞ」


 「そうでしょう、そうでしょう。でも、それを聞いて安心しましたよ。それでは」 


 佇まいを直して退室しようとタバコ盆を持って立ち上がる店主に、茶杯を静かに置いてから、“でもな”と言葉をかけると、ぴんと張った凧糸を弾いたような音がする。もちろん空気がだ。



 「折角だし、しばらくこの宿使わせてもらうわ」


 それまで茶杯を見ていた錫乃介は、店主に顔を向けてニカリと笑う。


 刹那、空気は弛緩した。


 

 「では正規の1泊40cにしてあげますよ」


 表情は変わらぬが、先程より細く下がったキツネ目になった店主は、ふぅと小さく息を吐いて言葉を返す。



 「いや50cでいい」


 「あら?」


 「ただ、茶のサービスをそのままに」


 「そのお茶そこまで安くはないんですけどねぇ」


 「知ってる」


 「仕方ありませんね。特別ですよ」


 「あとそのタバコもな」


 「はいはい、おやすみなさい」



 バタリと閉めた扉は二人に境を作る。

 


 どう思うナビ。


 “とりあえずはこのシャオプーでマフィアからのちょっかいは無くなったと見ていいんじゃないですか?”


 だよな。この街はマフィアが支配とかそう言う次元じゃなく、ユニオンも下手したら軍もだけど、あの一族そのものが仕切ってるんだろうな。


 “ですね。忠告はしたぞ、トラブルは起こすな、という事ですね”


 だからここ常宿にしてアイツも巻き込んでやるわ。まったく、食えない奴だ。



 先程頂いておいた刻みタバコで紙巻を作り、火を着けようとするがタバコ盆は持ってかれてしまっていた。



 「火……」


 “しまらないですね”



……………………



 中国提灯が放つ赤い光に包まれた部屋で、窓辺に座り、長キセルを取り出し、タバコ盆から葉を詰め、炉で火を着け、深く吸い込み、紫煙を吐き出す。

 ゆらぐ煙を見つめながら、男は浅く息を吸う。


 「あの男、まったく食えない……」


 細いキツネ目で二日月を眺めながら男は呟きかける。



 「すいませーん、タバコの火もらえます?」


 扉越しにかけられた声に、一弾指に心臓の鼓動が跳ね上がる。

 どうにか冷静になりながらも、平静を装い平然とタバコ盆を持って歩み寄り、扉をゆっくり開くと、錫乃介が指に挟んだ紙巻を向けてすまなそうに立っている。


 「どうぞ」


 「すんません、すんません。ん、着いた。ありがとうございまーす。それじゃおやすみなさーい」


 

 バタリと扉を閉めあの客が部屋に戻った音を確認してからひと呼吸置く。



 「まったく……食えない人……だ?」


 細いキツネ目で二日月を眺めながら男は呟きに疑問符を打つのだった。

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