砂漠と餓鬼と塵芥35

 ヤーテは勝利の雄叫びをあげていた。パワードスーツ隊を除けば一番の大物を仕留めたのは自分だからだ。はっきりいって大物だからといっても素材を売って得られる金額は小物複数とそう変わるものではないが、かけよる同僚からの手荒い祝福はここ二日間不幸街道まっしぐらだったヤーテの心を躍らせた。やったな、危なかったな、一人であんなでかいのを──これほど皆に注目されたことが今まであっただろうか。

 これで事態も一段落したようだし、後はテロリスト容疑のかかる女主人とレシドゥオスの捜索だけだ。それならばもう自分でなくとも誰かがいずれ見つけるだろう。交代要員もそろそろ到着するだろうし、あとはもう消化試合だ。解散したら素材を持って帰って売っ払って、家族に子供達に自慢して、妻に褒めてもらって、少しだけ豪華なお祝いして寝るのだ。そうヤーテの中で予定は着々と組まれていくのだった。 

 頭の中ではもう仕事は終わっていた。その緩んだ思考に、まだ解除されていなかった警戒モードの聴力が聞きたくもない音を拾い、何度目になるかもわからない喝を強制的に入れられる。聞き慣れぬ離水音、砲撃、咆哮、そして甲高い呼集の笛の音。

 ヤーテは同じ音を聞く同僚に囲まれる中、一人膝を突き、倒れる身体を両手で地面に支えるのだった。


 同僚に尻を蹴られヨタヨタと大通りに戻ると隊長が声を張っている。この隊長も休まず指示を出しては檄を飛ばして大変だなぁと他人事のように眺めていると、隊長の背後から激しいモーター音を響かせる武装車両が横転しそうな勢いで曲がって来る。一台はさっき大通りで衛士隊を援護していたやつだ。あとピックアップにちっこいゴーカート。正体は不明だがあれは敵ではないのだろう。ん、そういえば援護していた車、よく考えたら自分をハメた車…… なんでアイツがここに……


 隊長も振り向き事態の把握に努める。チカチカと点滅する光を電脳が読み取る。何より車に続いてこちらに向かって来るのは…… 


 小隊に分かれビル陰に潜み目標を包囲後武装車両の援護。迎撃システム持ち、狙いは頭と足、パワードスーツ隊の対戦車ミサイル持ちは無駄撃ちするなよ! 後は現場判断で適宜動き目標を殲滅! 散開! 


 口早に告げると、衛士隊は各々街なかに散っていく。ヤーテもまた自らが倒したトリケラトプスが横たわる通りの建築物に身を潜ませるのだった。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 クソクソ! レシドゥオスをぶち抜くためだからとあんな豆鉄砲にするんじゃなかったぜ、甘過ぎた!


“20ミリで甘いんですかデシェ?”


 ああともさ。ガレージにあった最大口径の200ミリ砲もってくるんだった!

 

“どうやってゴーカートに搭載するデシェ?”


 半日もありゃ重戦車に改造できらぁ!


“絶対無理デシェ。それに迎撃されたら一緒デシェ”


 バーカ! 200ミリもありゃあのショボい迎撃レーザー無視して土手っ腹ぶち抜くわ!


“オドパッキ性格変わってるデシェ”


 大通りを走るオドパッキは自らの不甲斐なさに憤慨しつつも四叉路を左折。トリケラトプスの残骸がある通りへ向かった。





 お坊っちゃま、運転を代わってくだされ。私めはリソースをあのトカゲ退治に割きますゆえ。


 運転なんぞうまれてこのかたしたことないぞ!


 大丈夫ですよ、ゲームでやられてたでしょう? その通りでございます。お坊っちゃまならできますよ。多少は自動運転機能が補助してくれますから。


 衝突しても知らんぞ!


 大丈夫ですよ、失敗しても怒るものも責めるものはおりませぬ。死ぬだけですからな。ホホホ……


 笑ってる場合か!


 失礼。私めは嬉しいのですよ。


 は? この事態のどこが嬉しいんだ。何言ってやがる!


 こうしてやっと貴方のサポートを出来ることがですよ。


 ──こんな時にのんきな奴だ!



 レシドゥオスはナビゲーションアプリウェイストの急な態度の軟化に狼狽しながらも四叉路を右にひた走るのであった。




“おそらく衛士隊含め残存兵力の中では私達が最大火力だと思われます。衛士隊が左右から引き付けてくれるでしょう。それを期待し直進して正面から頭を狙います”


 それって衛士隊がヘイトにならなかったら、俺けっこう危なくない?


“アイツ次第ですからね、どこも大差ないと思いますよ”


 それもそうか。しゃーない、腹括っていくか……


 正面ゲートの方向へ激走し、地球のモニュメントがある前で90度転換。106ミリ連装砲を大通り方面へ回転させる。


 これで準備は整ったぜ、さぁドラゴン退治を始めようか。


 園内中心の湖に向けて伸びる一本の大通りという舞台。その道を塞ぐかのように暴君ティラノサウルスレックスは仁王立ちで自らが主役のステージへ、今まさに登壇しようとするのだった。

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