南海の大機獣
王者達の戦いは始まった。まずは小手調べと、両者の歩兵とも呼べる魚雷型機獣やイルカ型機獣の手下や眷属が撃ち合い文字通り激突し、その海域は沸騰していた。
海は荒れ海面には無数の残骸が浮かび、まだ始まったばかりの戦いだというのにその激しさを物語っていた。
そして次手とばかりに王者達は艦砲射撃を始める。深海の王者ディックは海中では艦砲が撃てないため、海上に背中を出しては、砲撃し潜水してはポイントを変え砲撃という、意外にもヒットアンドアウェイの堅実な作戦をとっていた。
それに対するモーヴィは、雲霞の如く集めた航空部隊をうまく使いディックが浮上するポイントを割り出し先制の砲撃を加えていた。
「おのれ! ちょこまかちょこまかと、威勢がいいのは口だけか!」
「へっ! てめぇがウスノロなだけだろうが! (ちっ、とはいえこれじゃあジリ貧だな。先にあの航空部隊を落とすか)」
ディックは深海に潜って一旦その場を離脱。モーヴィもクリック音の反響で位置は捉えて離さない。
しかし、ディックは離れて行っているのに、モーヴィの航空部隊が数を減らしはじめている。
「くっ、まだ持っているか。潜水艦の分際で艦載機など飛ばしおっていまいましい! だが航空部隊はこちらの方に一日の長があるわ! 征けっ飛行機獣幽魂(スペクター)!」
モーヴィは展開する航空部隊を一回前線より下げ、そこを狙ってディックの航空部隊が突っ込んでくるところを、無数にある対空砲で一斉掃射。足並みが乱れたところを、虎の子のゴーストジェットを射出し撃墜していった。
モーヴィの背にはY字の滑走路とその上には逆向きにしたY字滑走路を備え更にその上には対空砲や対潜ミサイルといった無数の武装があった。そうモーヴィは多段式空母の機獣だったのだ。
「へっ! てめぇ空母はてめぇだけじゃねぇんだよ。 行ってこい幻霊(ゲシュペンスト)!」
対するディックは潜水空母の機獣。開戦当初にモーヴィが食らった爆撃は、ディックが射出した艦載機型機獣によるものだった。この船の脅威的な所は海中からでも魚雷のように射出できるところにある。着陸格納時は海上に浮上しなくてはならないが。
この両者の飛行機獣の射出は先天的な能力ではなく、己が肉体を磨き上げて身につく換装能力であり、“機獣霊召喚(サモンゴーストまたはゲシュペンストフォァラドゥンク)”と呼んでいる(両者の間でだけ)。人類側ではゴーストジェットや気狂いレシプロと呼ばれている飛行型機獣の大半は彼等が生み出している(天然物もいる)。
……………………
「観測用高速ドローン射出。150キロ南方の海域」
耳障りの良い美麗なる声は、いつにも増して、ピンと張りがあった。
「まずは現調か」
「当然ね。あなたがいた時代は監視衛星だのGPSだのあって、さぞや戦時の情報収集は楽だったでしょうね」
「俺戦争したことないからわかんねえよ」
「そう、なら誇りなさいそのことを。人間の文明史は戦争してる時の方が長いんだから。必ず世界のどこかで戦争してた」
「確かにな。俺のいた日本は、少なくとも俺が生きている間は戦争はしなかった」
「ラッキーよ。50年単位でみたら紛争内戦すら起きてない国の方が稀よ」
「確かにな。でもよ……」
ドローンの現調中、ルーラーと錫乃介は戦争談義に花を咲かせていた。戦争の定義だとか、戦争を無くすにはだとか、生存競争は戦争であるか? など、非生産的な時間であったが、現調のドローンが戻ってくるまでの時間潰しには丁度良かった。
「観測終了。80サンチ主砲及び46サンチ副砲、電磁加速砲発射準備。目標、機獣戦艦シロナガス及び機獣潜艦マッコウ君」
「えっいきなり主砲撃つの⁉」
「ジャブやフックで攻めてたら逃げられてしまうのよ。その前に最大火力で仕留める」
「なんか、ロマンが……」
「ロマンじゃ戦争勝てないわ」
「150キロ先、当たるの?」
「自律誘導型弾頭よ。大まかな方角と射角さえ合えば、100キロ離れた的だって正確に撃ち抜くの、見たでしょ」
「うん、眼の前で見た。あれ、終わっちゃうじゃん。俺いらなかったね」
「そうよ、だから言ったじゃないの。さぁ掴まってなさい。総員、耐ショック準備、弾道計算、電磁気力調整OK。80サンチ及び46サンチ全砲門、発射!」
号令の瞬間、この世界最大の巨体を持った鉄塊は全身に稲妻を走らせその身を激しく震わせた。
轟雷が耳を貫き、凄まじい衝撃が錫乃介の体にかかる。
……………………
その少し前……
「待て、ジジイ」
「ふんっ命乞いか!」
「……静かにしろ」
「なにぃ?」
お互い総力戦の喧嘩中にも関わらず、ディックのただならぬ様子に、モーヴィもまた努めて冷静になる。
クジラの、特にマッコウクジラのクリック音は800キロ先まで数分で届き同族同士でコミュニケーションを取っているのが確認されている。クリック音はソナーの役目も持ち、マッコウクジラの上位存在であるディックのそれは野生動物の比ではない性能だ。
「間違いねぇ…… あのデカブツだ。150キロ先北方だ」
「あの貴様の三兆倍いまいましい戦艦か!」
「間違いねぇ。そうか、ここはアイツの定期航路か」
「やむを得ん、ここは一時撤退──いや、ディック。お主まだ何か隠し玉もっておるな?」
「ロートルの割に嫌な勘だけは当てやがるな。本来てめぇをぶっつぶすための取って置きだったんだがな。そういうジジイは?」
「ないこともないな」
「そんじゃまあ、ここは一つ」
「共闘、呉越同舟といくか」
……………………
「いやすんげぇな80サンチ砲は! 近くで見てみたかったわ!」
「アンタ死ぬわよ」
「やっぱり? にしても、遠すぎて着弾したかどうかもわからないのな」
「今まで外したことなんかないわ。観測用のドローンが戻って来たら、また目視で現調して終了よ」
……………………
「発射されたぞ! 大口径電磁加速砲だ!」
「ふん、いままでやられっぱなしでおったがな、そうはイカの金玉。対艦砲迎撃機獣“天蜘蛛(アマグモ)”広域展開!」
サンドスチームより放たれた砲弾は、音速の数倍のスピードでモーヴィとディックの位置に向かって正確無比に飛翔するが、その途中に軌道を大きく変えてしまい両王者の頭をすり抜け後方の海域に着弾する。凄まじい衝撃と水柱、高波が彼らを揺する。
「ヒャーーーっ危ねぇな。やるじゃねえか、ジジイ。
天蜘蛛と呼ばれたその兵器は、海蜘蛛動揺迎撃システムである。網の目に爆発反応装甲のような機獣が射出されるのまでは海蜘蛛と似ている。大きく違うのは、高速で強力な質量を持つ艦砲を迎撃して止めるというより、進路をずらして目標を外させるのだ。
そして、見事この狙いは80サンチと46サンチの複合砲撃さえも回避することに成功する。
「フッヘッヘッヘ……次は俺様の取って置きだ──“250mm超高速水中航走貫通魚雷寄生機獣(ユーバーシュネルドシュドリンゲントルペード”射出。デカブツの尻子玉抜いてこい!」
……………………
「なんか、出航前が一番盛り上がったな」
「大げさなのよ、あなた達」
「そんなこと言ったって、全乗組員降りろなんて言われたら、死ににでも行くのかと思うじゃん」
「馬鹿ね。でも──ちょっとはうれし……え⁉ 超高速対艦魚雷接近! 早すぎっ! ウソッ迎撃抜けた! 間に合わナガッ!」
「んなっ!」
それは誰しも予想だにしない兵器であった。馬鹿馬鹿しいほどに実直にただひたすらに速さと貫通力を研ぎ澄まし特化させていた。その威力は、どんな荒波でも、大口径の砲撃でも、びくともしなかったサンドスチームの装甲を船底から貫き、中枢部を串刺しにする程であった。そして、その機獣の本性は──寄生。つまり」
「ま、まず、い、あっがっ……わ、私の中に……ガ……せ、せめて浸水……隔壁と……カレの電脳、だけ、でも、を……がっ、す、すのしゅ、け……た、す──サンドスチーム制御AI『ルーラー』はプログラムハッキングにより外部接続を遮断、自動修復モードに以降し、船はマニュアルに切り替わります」
「おいっ! ルーラーどうした⁉」
突如として中枢部の床より生えでたその金属柱は、魚雷のわりには爆発することなく静かに屹立しそれ以上動きを見せることはなかった。しかし。
“まずいですこの魚雷。艦船の物理破壊よりも電脳破壊(ブレインクラッキング)を目的に生まれた機獣と推測します”
「ウッソだろ……」
その日サンドスチーム艦長ルーラーは、生まれて始めて敗北を喫するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます