おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編13
かくしてシルクロードを捕獲し、その後大きなトラブルもなくサーラの拠点であるLINEに帰還すると、休む間もなくサーラは芋虫の世話と糸巻きに取り掛かる。出発してから帰るまでノンストップだった錫乃介はとりあえず寝るとバラッドに告げると、綺麗に掃除が行き届いた一室に案内される。元はシティホテルかなにかの部屋と思われ、広目でベッドもサイズが大きい。無論シーツやクッションなどはないのでフレームだけのベッドだが、そこにシュラフも敷かずに横になると、部屋を出ようとするバラッドを呼び止める。
「おい、バラッド。何が廃棄物の山だ。ありゃ海だ海。廃棄物の地平線が見えていたぞ」
「海なら水平線ではないのかな?」
「そういうツッコミはやめてよしこちゃん。ゴミ捨て場のラスボスくらいの感覚で行ったらとんでもねぇ、難易度アルティメットナイトメアエクストリームインポッシブルレベルの裏ボスじゃねえか。有毒ガスは蔓延してるし作業車機獣は襲ってくるし人生に疑問を感じて虚無主義に陥りそうになるし」
「そうかそれは大変だったな。直接見に行ったわけではないから情報不足だったな」
「その情報どこで仕入れたんだ?」
「北部に農村があるって言っただろう。そこは農業だけではなく、ゴミ山から資源を回収して生計を立てているスカベンジャーの村でもある。物資を仕入れに行った時に耳にしたのだ。遭遇しなかったか?」
「俺達はだいぶ深くまで行ったせいかそいつらは見かけなかったな。なあ、この時代って殆どのゴミを資源として再利用してるわりに、なんであのゴミ海だけはいまだに残ってるんだ? 回収屋とかみたら絶頂もんだぜあれ」
「そうは言っても大陸からこの島まで来れないだろ。海峡があるわけだし」
「…………今なんと?」
「海峡があるわけだし」
「海……峡? ……その前は?」
「この島まで来れない」
「し……ま……?」
「ここに来るときフェリーで海峡渡ってきたろ。ここは島だ。大陸とは繋がっていない」
「フェッ!?」
「なんだ、移動中気絶でもしてたのか?」
「じ、自動運転に任せてたから気付かなかった……」
“錫乃介様は爆睡してましたからね。確かにフェリー乗りましたよ小型の”
なんで言わないの?
“良きに計らえってご指示したじゃないですか”
え、あれそういう…… 今夜は熱い夜にしましょとか、もう寝かさないとか、そういう会話をしてた記憶なら……
“どんな都合の良い夢ですか…… 移動してたのにそんな話しするわけないじゃないですか。フェリーもオンボロで自動運転なかったからサーラ様が操舵してましたよ”
「余程お疲れのようだな、さっさと休むがいい」
「そ、そうさせてもらいましゅ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数日間、糸の巻取りとその糸をケーブルにするためより合わせる作業、打上げる衛星の調整などがあるという。出番のない錫乃介は任務の一つ、エアビーの共生元の探索をするため、北部にあるスカベンジャーの村へと訪れることにした。村は牧畜とスカベンジャーの持ってくる資源によって、貧しいながらものんびりと牧歌的な雰囲気であったが、ユニオンもなければクレジット(c)も流通しておらず、情報を仕入れるのもままならない。代わりにゴミの山からとれる金目の物や精錬した貴金属の粒が通貨の代わりになっていたが、何も持ってない錫乃介は再び廃棄物の海へ行く羽目になり、量子コンピュータがあるかもしれないと三度行き、そこで出会った幼いスカベンジャー達と一波乱、別の街でもお尋ね者になるなどわずか数日で一騒動も二騒動も起こして逃げるようにサーラ達の拠点に戻ってくるのだが、それはまた別のお話しとなる。
“どうするんですか? 缶蹴りで負けたからって 全面戦争じゃあ! 今度子分百万人連れて来たるからな! 部屋の隅で小便垂らしながらガタガタ震えてお祈りしてろ! とか言って大見得切っちゃって”
もう二度と足を踏み入れなきゃいいだろ、所詮ガキの喧嘩だ。量子コンピュータの破壊は出来たんだからもう行くことはねぇ。三日もすりゃ忘れて別のゲームやってるわ。
“え、でも、ここ島どころか大陸でこの辺りなんかただの半島だったじゃないですか。奥地の探索どうするんですか?”
ハンターユニオンに旨いこと言って支部新設させればいいだろ。
“本部もなくなったのに?”
そもそもこの地球全土の探索が俺の任務じゃないからいいの。それに月面基地との通信が成功すれば精密な地図も手に入るだろうし。よく考えたらエアビーの探索なんてそれからの方が効率いいだろ。
“ムチャクチャやってきたわりに旨いこと着地させましたね。でも、あの街の有力者の顔に泥塗るわ娘に結婚詐偽しかけるわ衛兵に寸借詐欺するわ食い逃げするわの罪はそう簡単に消えませんよ”
全部不慮の事故だろ。もうタイム・トゥ・セイ・グッバイだ。
“素敵な曲を穢さないでください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
錫乃介の到着を待っていたかのように、小型衛星の打ち上げは行なわれた。一片の雲もないぬけるような青空に口を向けた巨大なカタツムリのような姿の構造物が赤い大地に設置されていた。ビル一棟くらいの大きさはあるだろう。カタツムリは大地を鳴動させるような重低音を響かせたかと思うと、耳をつんざく高音の射出音を上げシルクロードの絹糸製のケーブルを取り付けた衛星を空へ飛ばした。管制室から見ていた三人はそのまま暫し空を眺めていたが、バラッドは軌道に乗るのを見守るためデスクに座る。サーラは無言で衛星が飛んでいった先をモニターで見詰めていた。
「なにこれあのカタツムリが加速器で遠心力で飛ばしてるのか、凄げえな」
「そうだ、成層圏までこれで飛ばしそこから自機の推進力で加速し軌道に乗る。でもこれは宇宙人技術が来る前からあるローテクだがね」
「最新の宇宙人技術じゃどうやって衛星飛ばしてたんだ?」
「人類ではまだ成し得ていない瞬間移動は別として、ラジコンで飛ばすのや既存の衛星から吊り上げるというのもあったが、核となる衛星だけとばしてデブリを回収しつつ融合してそのまま自己形成する衛星もあったな。だがいずれも通信環境があってのものだ」
「なるほどね、で、お姫様はモニター見詰めたままお祈りしてるけど、こちらが出来ることはないのか?」
「ない。我々のマニュアル操作よりAIの自動運転の方が正確だ。想定外の事が起きないよう彼女のように祈るしかない。今まで、彼女は何度も打ち上げてはあのように祈りを捧げ、そして失敗してる。これも失敗したら三十年の努力が水の泡だ。祈りもするさ」
「結局最後は神頼みか。なあ、なんでサーラにそこまでして付き合ってるんだ? バラッドも意地なのか?」
「意地か、多少はあるがな。だが私はもっと打算的だ。考えてもみろ。月面基地では少なくとも100年以上も前から生き延びた研究の蓄積があるのだぞ。そして現在の地球の正確な地図や宇宙の観測データ。莫大な資産よりも私には価値がある」
「いや、それ莫大な資産より莫大な資産生み出す価値があるぞ、今の地球じゃ特にな」
「だろうな」
ちょっと思い出したけどどっかの馬鹿共が地図作るって躍起になって家出してたけど、それももう終わりだな。ざまぁみろ。
“恋に破れた男は醜いですな”
黙りねぃ!
しばらくして衛星は軌道に乗った。
息を吐く小さな音が二人から聞こえる。
錫乃介も空気を呼んで息を吐いておく。
沈黙の時が訪れる。
絹糸製のケーブルは問題なさそうだ。
歓喜の声は上がらない。
サーラは祈る手を緩めない。
バラッドは足と手を組んでモニターを眺めたままピクリともしない。
錫乃介は空気を呼んで喋らない。
それからどれほどの時が経ったのか。
まだ数分かもしれない。
もしかしたら数刻かもしれない。
時の流れが遅いのか、早いのか。
錫乃介は我慢していたトイレに向かった時だった。
「月面基地より通信」
声を発したのはバラッドだった。表情を変えることなく抑揚を出さずに冷静に。そして組んでいた手足を解き白縁眼鏡を外して立ち上がった。
サーラはデスクを両手で叩いた。
錫乃介はトイレに行きそびれた。
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