おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編12

 あいつやっぱ嘘付きだわ。何が廃棄物の山だ。千葉の野っ原に不法投棄された産廃くらいの感じで言いやがって。


“山って言うより、海ですねこれ”



 小高い産廃の丘から覗く二人の目には溝鼠色の有毒ガスの靄がかかった衣類の廃棄物の海が遥か彼方まで続く光景が映っていた。衣類というより原型をとどめない色とりどりのボロキレは押し寄せる津波の様に砂漠の大地を覆っていた。


「大量生産、大量消費、そして大量廃棄。これ全部サーラが産まれた時代の残置物ってわけか。責任とれよ」


「冗談じゃないわ。私が産まれるもっと前からの積み重ねよ。世界中で大量生産されたファストファッションの墓場がどこぞの砂漠にあるってきいたことはあったけど、まさかここでお目にかかるとはね」


「こっちはプラも金属も紙もおかまいなしの廃棄物圧縮ブロックの山脈があるぜ」


「こっちは瓦礫の塔が見えるわね。一周回ってアート作品みたい」



 廃棄物の海の面積は衣類が圧倒的であったが、この世界を演出する様々なガジェットは各々がそれぞれの賑わいをみせていた。

 高々と雑に積み重ねられたコンクリ瓦礫の塔、分別されることなく玉石混淆に圧縮されたブロックの山脈、悪魔の王が住みかねない銀灰色の電子部品城、極彩色に輝く小川と湖、鼻を常時くすぐる刺激的な香り、涙とくしゃみと喉の痛みを誘う燻煙、黒雲の合間を飛び回る禿げた烏に大小の飛行型機獣と虫型機獣、ガシャガシャ音を立て蠢く多脚重機、目的もなく廃棄物をただ切断するだけの解体車両、どこへ何を運んでるのか不明なダンプカー、ひたすら整地を繰り返すホイールローダー、ゴミの山にゴミの山を積み重ねる作業を止めない巨大なタワークレーン。分別してるのか撒き散らしてるのかわからないゴミ収集車。

 魔界。ファンタジーの世界では人間の負の感情が集まるという設定にされがちな世界だが、この場所はまさに魔界。人間が棄て去って負の部分だけをよりすぐり集められた魔界であった。



“チリのアタカマ砂漠、フィリピンのスモーキーマウンテン、ガーナのアグボグブロシー地区、ロシアのスヴァルカ、中国、世界全土のゴミ集積場が集まってそうですね”


 中国も地区名いってやれよ。


“多すぎなんですよ。世界最大のゴミ産出国であり不法投棄国であり、公式には2021年に停止するまで最大のゴミ輸入国でもあったんです。その後もゴミの密輸入は止まらず、世界最大の地位は他の追随を譲らなかったそうですから”


 譲ってやれよそんな地位。



「これはさすがのラッキーガイでも初日発見は無理かな?」


「俺もう帰りたいよ。この景色だけで胸焼けしそう」


「マスク付けなさい、洒落じゃなく。この濃度で汚染された空気だと遅かれ早かれ本当に焼けちゃうわ、貴方の生の肺だと特にね。私は大丈夫だけど」


「もう付けたよ。どうする、まずはそのへんドライブでもしてみるか」


「闇雲に探しても仕方ないけど、この感じじゃそうするしかなさそうね」


「あの機獣化した作業車両達、あいつら襲ってこねぇよな」


「もしもの時は守ってよね」


「え……」


「なによ、その反応」


「別にいいけどさ、サーラの方が俺より遥かに強いじゃん」


「出会い始めより私の扱いかなり雑になってない?」




 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇




 あーあれフラグだったの。


“あいつら襲ってこねぇよなフラグ早くも回収ですね、おめでとうございます”


 なんなのアイツ? キングギドラか? 首2本だけど。


“おそらく日立建機製双腕重機『ASTACO NEO』通称ザリガニの発展型、四脚双腕不整地移動機構仕様とコベルコ建機製世界最長ビル解体作業車両『SK3500D』が融合した機獣でしょうね。なので先端のハサミが顎のように見えますが首じゃなく腕です”


 どっちでもいいんだけど、なんて呼ぶ?


“スカンピはどうでしょう?”  


 手長海老か、ピッタリだな。それにしよう。にしても作業車両のくせにえっらい動き早いなコイツ。


“我々をとっとと解体したいんでしょう”


 なんのために?


“仕事だからじゃないですか”


 勤労すぎでしょ、いくら働く車だからって。



 シルクロードを探し始めて一刻、廃棄物の海を遊覧をしていた二人に突如襲いかかるのは双腕作業車の機獣であった。2本のアームの先には挟んだ物全てを切断する龍のアギトのような巨大なハサミ、足場の悪い地でもせわしなく細やかに素早く移動し揺るがぬ四脚の頑健な脚、そしてなによりも襲撃に遅れをとった原因であるそのアームの長さは100メートルを超えていた。作業車両機獣達とは充分な距離をとっていたにも関わらず、気付いたときには頭上からハサミが迫っていた。即座に気付いたサーラの大口径対物ライフルの射撃によってハサミの軌道はそれ間一髪難を逃れた錫乃介だが、機獣のヘイトはサーラに向かっていた。


“サーラ様から信号、早く助けて、だそうです”


 惚れんなよって返しておけ。いや、惚れてくれていいんだけどさ。


“先に助けられておいてその態度。清々しさすら覚えますね”


 相手は多脚で安定感とスピード、予測不能なフットワーク力を持ち、超長身のアームから繰り出されるぶちかましはハサミに捕まらなくとも、遠心力がのった威力でこちらのジャノピーはもとよりサーラのバギーでさえも一撃で大破する。その剛腕が幾度となく迫り小回りに劣るサーラは回避だけで手一杯だった。いち早く錫乃介は連撃をかいくぐり抜け懐へ走る。


「よっしゃ、ナビいっちょかましたれ!」

 

“おまかせを”


 106ミリに連装無反動砲より放たれる二発の砲弾はキングギドラもといスカンピの車両本体、ではなく逸れて足元へ着弾。そして巻き起こる爆発と轟音とともにバンカーバスター弾は足場を大きく抉り崩れるように片側二脚を傾かせる。バランスを崩した機獣はそのまま膝を折り、体勢を立て直すために動きを止め二本のアームを地面に挿した。その瞬間を狙っていた。


「あばよ、労災申請おりるといいな」


 起き上がろうともがく車両本体に向かって放つ本命の二撃は爆炎でスカンピを呑み込むと、二本の腕を甲高い金属音の雄叫びとともに地面を何度も打ち付け、緩慢な振り上げを最後に沈黙するのだった。


 スカンピのグリル一丁あがり


“サーラ様から信号、ありがと、やるじゃない、だそうです”


 惚れたか? って返しておけ。


“ちょっとだけね。それより後続が来たわ、だそうです”


 話題を変えやがったな。照れてやがる、ベタ惚れだな、クックックッて笑ってる場合じゃねぇ、なんだ次は。


“さっきの機獣の子供みたいのがワラワラ来たわ、だそうです”


 勝利の余韻に浸るまもなく、廃棄物の地中からポコポコと地上に現れる小型の機獣は、先ほどのスカンピ同様四脚に解体用のハサミを取り付けたクレーンを身体の中心に一本持った作業車両機獣であった。小型といっても胴体だけでワゴン車くらいのサイズはあるが。


 あん? なんだ、ありゃ。カニみたいな作業車だな。


“あれは前田製作所カニクレーンですね”


 まんまじゃねぇか! 本当にそれ正式名称なのか?


“公式です。小回りがきき狭い屋内でもパワフルに動くということで当時世界中の工場や倉庫で活躍したそうです。といってもあの四つ脚で動いていたわけではないんですけどね”


 さすがジャパン・アズ・ナンバーワン! 100年たっても元気だねって、ザリガニだのエビだのカニだのなんなんだここは! 夏休みに海だの川だの行った小学生の水槽か!


“サーラ様より、これ以上交戦するとまた変なのがでてきそうだから一旦退くわ、だそうです”


 賛成。


“さっき逃げ回ってる最中、変な建物を見つけたからそっち行ってみましょ、だそうです”


 はーい、御心のままに。



 機獣との交戦を避けサーラが目にしたという建物に向かうと、規模は大きく高さはそれほどでもないが、敷地だけでサッカーコート2〜3面はありそうな建造物があった。こんな廃棄物の海にまともな建造物がある事自体不思議なものだが、それよりも近づくにつれ異様な光景が気になった。

 ゴミ収集車を始めとする廃棄物を満載に積んだ車両が建屋に入っていき、別の出口からは圧縮された廃棄物のブロックを積み込んだダンプカー達が何処へとなく運んでいる。ここが通常のゴミ処理場のある自治体とかなら何も不思議ではないあたり前な光景なのだが、人間などいるはずもないこの魔界では違和感しかない。



 なぁ、あの建物がゴミ処理施設で圧縮加工とかしてるってところか?


“そのようですね。ここが処理の一次施設で本来なら加工したものを焼却炉やリサイクル工場へ持って行くんでしょうが、そういう施設はないのであの出発してるトラック達はただ別の場所に捨てに行ってるのでしょうね”


 収集したのに、また捨て行ってるのか……


 あるものはそれを解体車両などが細かく裁断、あるものは分別、あるものは積み上げられ、そしてまた収集され、再びあの施設で圧縮加工され……”


 何年、何十年か知らないけどずっとこれを繰り返してるのかコイツ等は。なんの生産性もない仕事をただただずっとよ。


“それを言ったら人間だって似たようなもんじゃないですか”

 

 いや、そんな…… まぁ…… 違うとも言い切れない。


“人間社会も外から見たらあんな感じなんじゃないですかね”


 ……返す言葉がなくなるだろーが。


“サーラ様から信号。あの建物探りましょ、だそうです”


 そうしようそうしよう。なんか突然虚無主義に陥いりそうになるくらいなら、処理施設だろうがゴミ屋敷だろうが飛び込んで、芋虫いようがいまいがひと暴れしてやろうじゃないの。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

 


「いるんかーーーーい!」


「錫乃介、あんたってば本当に本当にラッキーガイなのね……本当に惚れちゃいそ(ボソッ)」


「うん? なんだって?」


「ううん、なんでもない」


「顔が赤いぞ」


「なんでもないったら!」

(ずいぶん古いノリがわかるのね……)



“あんたら車降りてるのに信号灯でカシャカシャ何やってんですか”


 いや、ちょっとテンション上がっちゃって。

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