おまけ フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン編14


“地球か……何もかもみな懐「 ハローハロー! こちら元月面基地部隊所属のサーラ! その声は月面基地メインコンピュータ無辺ね? 間違いない? そちらの住人はどう? まだ無事よね? それから……」



 壁一面を埋めるモニターは英数記号とデータの羅列、月の状況が映し出されるであろう枠内は暗闇のままだが、室内のスピーカーからは渋く重々しい威厳のある音声が発せられたがサーラは興奮を抑えきれずに被せていた。

 


“あー、はいはい落ち着いて。もう……情緒がないなぁ。120年ぶりに地球と月の通信が開通したんだよ、歴史に残る一言を残したいのに最初っから被せてこないでよ”


「その記念すべき言葉をパクってくるんじゃねーよ」



 静観を決めようとしていたのにも関わらず、思わず声が出てしまう。聞き覚えのあるセリフが出かかったせいで反応してしまったのは錫乃介の性だ。



“引用って言って欲しいね。こういう時は名作から引用するのがかっくいいんだよ。その訛のない口調にこの台詞を知ってるってことは、君は日本人の子孫だね? 偉大なるご先祖様の言葉を引用されたこと誇りに思いなよ”


「失敗したけどな」


“基地の日誌書き換えておくから”


「捏造すんなや」


「なんの話しをしてるのよ。あなた無辺ね? 月面基地メインコンピューの無辺よね!」


“落ち着いてマドモアゼル。ん、そうか元基地部隊のサーラ、ということは──マダムの方がいいね”


「マダムってお前結婚してたの?」


「してないわよ、でも……ちょっとこの話しは後ね」


「いや別に俺はいいんだけどさ、月に旦那がいようが彼氏がいようが最初っからそんなの察してたし。ただし現地妻の約束は反故にすんなよ」


「しないわよ、って月に向けて発信してるときにアンタ何言いはじめるのよ!」


“基地内に公開生放送中なんだけど僕なんか不味いこと言っちゃいました?”


「ちょっとなにしてくれてんのよ! カットしといて!」


“バラエティ番組じゃないんだから無理だよ。アポロ11号でさえ生放送してたのに、120年以上も地球への帰還を待ち焦がれた月の住人達にこの記念すべき出来事全てを見せなきゃ”


「これで地球と月の通信再開の偉大なる立役者サーラは俺の現地妻ってことが人類史に記録されたわけだな」


「あなたって最低ね……」


「答えはI knowだ。でもあれだな、ブレイクしたコンビ芸人の “じゃない方” みたいでちょっと微妙な立ち位置だな俺。まぁいいか、んで通信再開で住人の反応はどうなんだ?」


“再開の瞬間から大興奮で全住人が僕らの一挙手一投足に耳目を全力で傾けてるよ。あともう少しで映像も流せるよ”


「とりあえず放送切っといて」


“そうはいかないっての”


「別に旦那に聞かれたからって、120年もたってんだから他の男作っても修羅場にゃならんだろ。向こうだって他の女と宜しくやってるさ。そもそも生きてもいないだろ?」


「体裁の問題よ! 私の身分現地妻ってなんなのよ! そもそも向こうに男もいないし!」


「え? やっぱり本命バラッド?」


「なんの話よ! バラッドは私が親代わりだったのよ!」


「はぃぃぃぃ⁉ ちょっ、そこんところもうちょい詳しく!」


「いま! そういう! 話してる! 場合じゃ! ないでしょ!」


「いやいや、めちゃくちゃ気になるっしょ!」


「お前ら何やってんだよ……」



 この記念的かつ貴重で歴史的な出来事が成し得て感動に打ち震える日であるのにも関わらず、主に錫乃介のせいとはいえわけのわからないやりとりをしている二人にバラッドは止める気もおきず、白縁眼鏡をかけ直した鉄面皮は呆れ果てた表情で崩れかかっていた。



“そうそう、この通信だっていつ切れるかわからないんだから痴話喧嘩は放っておいてさっさとやることやっとこ、そこの眼鏡君”


「バラッドだ。こちらからはスクラッチ後から地球の状況等をまとめたデータを送る、そちらからは地球の詳細な衛星地図や、基地の日誌、宇宙観測記録、研究記録、なんでもできうる限りのデータを頼む」


“スクラッチって地球じゃ命名されたんだ、あの現象。


「正確にはグラウンドスクラッチだ。そちらでは?」


“こっちではスーパーシャッフルって名付けたよ。シンプルでしょ。さ、膨大なデータだからね、ちょっと時間かかるよ。その間にマダムサーラ……ってまだその愛人と痴話喧嘩してるの?”


「愛人じゃないわ! ……まだだけど。くっ! なんでこんな男と……」


「そうだよ、そういう悔しそうな反応が欲しかったんだよ俺は! 燃えてきたぜ!」


「もう燃えなくていいわ、鎮火なさい」


“はいはい、そこまで。サーラ、君がこうして地球と月の通信を復活させたこと、これは本当に偉大な功績だ。月面基地を代表しあらためて最大級の称賛を送りたい”


「え、なんか突然あらたまってそう言われると照れるわね。でも私は──」


“サクラと子供のサラ、だね”



 遮って話す無辺の言葉にサーラの顔は締まる。



「……ええそうよ、そのためにやっと──やっとここまで辿り着いた。でも、こんなに時間がかかってしまった。生きてるうちに会いたかった。サクラとサラ、二人は基地でどうだったの? 幸福だったの? サラの子はいるの? 知りたいの。教えて」



 吐き出すように紡がれたサーラの言葉に、子供か…… と錫乃介は呟く。サーラはその呟きに応えようと口元を動かそうとするが、想定内だよ、と先に返される。


「結果的に月の住人も助かるなら嘘じゃない」



 片眉を上げてそう言うと無辺の言葉を待った。



“そうしんみりしないでよ。なんか死んだ扱いしてるけど、元気だよ二人共”


 は? とサーラと錫乃介は同時に声をだした。バラッドは珍しく眼鏡が鼻から落ちそうになるのだった。

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