コソ泥の美学


 夜明け前になりユニオンの屋上から施設内に降りる錫乃介と権爺。権爺はまだ背筋をしゃんと伸ばしたままのことから、殺気こそ感じないがいつでも抜刀する戦闘状態なのだろう。

 外はまだ騒々しさが残るが、施設内はバタバタと人が行き交うのにも関わらず、ペタペタと階段を降りる権爺の草履の音が響き一段と不気味に感じている錫乃介であった。

 司令室へ着き権爺はゆっくりとドアを開けると、ショウロンポン軍の指揮官と思われる壮年の体格の良いアジア系の男がただ1人デスクに座っていた。まだ作戦中で指揮官だというのに参謀も伝令も護衛もおらずに1人でだ。



 「三十郎よ、何故ウマトラに突入しない?マフィアと手でも組んだのか?」



 開口一番権爺の発した声だけで部屋に緊張感が満ちる。三十郎と呼ばれた相手も全てを悟っていたかのような表情で語り始めた。


 

 「ええ、金が必要だったんですよ権之助さん。今は権爺ですか。」



 権爺の本名権之助ってんだ、まんまだな


 “チャチャいれちゃだめですよ”



 「貴様、いつから金なんぞに囚われる小物に成り下がった」


 「言い訳は後でします。ですがあと一手、ウマトラ組へ突入しなければなりません。現在ウマトラと軍は不介入の約定がありまして、こちらから破る訳にはいきません。あなた方ならハンターとして入り込めばあるいは。その後でなら如何様にも私の処分を」



 「この場に護衛すらいないところを見ると覚悟は出来てるようだな。良かろう首を刎ねるのは全て終わった後だ。それでは行きますか?錫乃介さんも」


 「ええ行きますよ。ここまで付き合ったんですから。でも、今晩の夕飯は宜しくお願いしますよ。まだもう一泊分料金残ってるんですから」

 

 「これは申し訳ない。必ずや」


 “妙に素直に着いてく事承諾しましたね……”


 そりゃ、袖振り合うもなんとやら、男の美学ってのはこういう所で出るものよ。


 “はぁ”



 「権之助さん、あくまでも突入後無力化が目的で皆殺しとかにしないで下さい。特にボスと幹部は」


 「約束はできん」


 「しろよジジイ」



……………………




  “何が男の美学ですか、ただのコソ泥じゃないですか”


 こちとら風俗はしごで大損害被ってんだ。今回報酬も無さそうだしな。


 “後で回収するってこういうことだったんですね”


 

 彼は誰時、人の顔が判別付き辛いと言われる明け方。まだ明け始めた暗がりに乗じて、軍の警戒網を抜けた二人はワン・ワールド・トレード・センタービルに侵入した。

 そこから先は権爺無双であった。電気の通らぬ暗いビルの中。懐中電灯やランタンなどの灯りを頼りにして警戒しているマフィア達の間を、そよ風が抜けたかと知覚するときには、彼等は既に昏倒していた。

 その後を錫乃介は倒れた構成員の懐を探り、財布デバイスからコソコソお金を回収していた。



 コイツはシケてんな50cだけかよ、ぺッ!オケラ野郎が! おっコイツは1000cごっそさん。拝んでやるよ。


 “部屋とかにも置いてるんじゃないですか?”


 あぁその線もあるか。かといって部屋まで行こうなんて言ったら怒られそうだしな。


 “もはやただの空き巣ですしね”


 にしても権爺すげぇな、あの刀じゃ斬り殺しちまうからって、その辺に落ちてた鉄パイプ振り回してるだけで、マフィアの奴らバタバタ倒れてくぜ。

 

 “話題そらしましたね。まぁ確かに銃も刀も必要ないですね。それどころか向こうが気付く前に決着がついてます”


 お、奥から小さい重戦車みたいなロボが出て来たぞ。さ、どうする? 流石に刀抜くかな?


 “鉄パイプのまま一刀両断しましたね”


 どうなっての? もう、高周波ブレードの刀なんて必要ないじゃんあの人。



 濃い紺の作務衣に手拭いを頭に巻き、カバンも何も身につけず、刀を背中に背負っただけのシンプルな出立ちでいた権爺は、片手に1メートル程の鉄パイプを持ち、誰が幹部で誰が木端かわからないから、構成員を片っ端から昏倒させていた。人間も警備用アンドロイドも戦闘用ドローンもお構い無しに引っ叩いてるが、どうやら三十郎指揮官の言付けは守っているようだ。もちろん当たりどころが悪くて死んだやつもいるかもしれないが。そこまでは責任持てない。


 

 「おっと流石にこの階は警備がキツいですな」


 何階まで上がっただろうか、通路にバリケードが築かれ、見張りの構成員と戦闘用ドローンがワラワラいる広いホールに出た。


 

 「それじゃ俺の出番ですね。少しは働きますよ」


 と錫乃介は丸いグレネードをコロコロと三つバリケードに向かって転がすと、眩い100万カンデラの閃光と180デシベルの爆音が耳目を貫く。

 動きを止めたドローンは錫乃介のドラムマガジン散弾銃AA-12でスクラップにする。権爺は眩さなんてなんのそので切り込みに入り、閃光が収まる頃には広いホールは鎮圧完了であった。



 「馬寅龍象はあの部屋だそうです」


 息つく間もなく勢いのまま権爺が指し示すボスの部屋へ向かう二人。


 「オラァ!馬なのか虎なのか龍なのか象なのかハッキリしろや!」


 権爺が鉄パイプで切り裂いたドアを、錫乃介が訳の分からない恫喝をしながら蹴破ると、中ではM16自動小銃を構えた幹部がこちらに向かって乱射しようとするも、引金を引く前に権爺によって沈黙させられる。



 「何だテメェらは! 三十郎の野郎裏切りやがったな!」


 

 ボスと思われる壮年のスキンヘッドの男は、顔まで曼荼羅の様な刺青が入っている、イカつい奴だ。


 「三十郎? 関係ないですね。私はあなた方が立ち退きで殴り込みに来た宿の店主ですよ。お礼参りに来ました」


 「んだとぉ!!」


 「俺は……風俗でぼったくられたから腹いせに来ただけだ」


 “ただのコソ泥です”


 「テメェはただの八つ当たりじゃねぇか!フゴッ!」


 気付いた時には馬寅龍象の真後ろで権爺が鉄パイプをふるっていた。

 

 「さ、こんなくだらない事はもう終わりです。後は軍に任せて帰りましょうか」


 「ええ、それじゃコイツの財布だけ。おっ1万も入ってんじゃん」


 「ホントに肝が座ってるというか、抜け目無いというか……」


 

 フゥ、と権爺が深い息を吐いた所を見るのは今回が初めてだったかもしれない。

 そんな少し疲れた権爺とホクホク顔の二人を、ショウロンポンを一望出来る窓から朝日が眩しく照らしていた。



 収支 26,528c

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