本当に大変な事
ユニオンに戻ると、三十郎はコーヒーの準備をして二人の帰還を待っていた。そこで語り始めた内容は、ごく当たり前のことであった。
この街は外界を遮る防壁の範囲が狭く、農業工業用地の確保や、新たに産業を起こすことが難しい。海防も年々機獣が凶悪化して被害が増えるためコストが嵩み、貿易も赤字から転換する事は難しい。人口は増える一方で、食料自給率も低下している。それらを解決するためにはカジノを使って外貨を稼ぐのが、もっとも効率がよかった。
ハンターユニオンや軍ではカジノの運営などした事など無かったが、セーベー組にはそのノウハウや人材がいた。おそらくスクラッチ前からのものだろう。
カジノ運営開始は街に莫大な富をもたらし、瞬く間に街の財政は立て直した。多少素行の悪い住民は増えたが、それさえ目を瞑れば防壁の修理や海防の立て直し、更には貿易黒字への転換へと至ることができた。
他にも予期せぬメリットがあった。農業や漁業などが体力的にできないような人材がカジノの影響によって様々なエンターテインメントの店を良くも悪くも乱立させ、それらは一つの産業とも呼べる規模になった。あの風俗とも呼べない訳の分からないお店達はその一種といえる。
「まあ、レパートリーだけは豊かだったな。レパートリーだけはな」
軍やユニオンはウマトラ組が別れる前はセーベーと組み、分派した後はウマトラ組と上手く付き合いながらこの街の防衛や運営を綱渡りでこなしてきたのだそうだ。
経済を握っていたマフィアの力は強く、軍も余程目に余る件以外は見逃すことが多く、そのレベルもどんどん甘くなって来ており、治安の悪化は泥沼化していた。
しかし、ここに来て権爺と錫乃介の暗躍が元で起きた抗争により、大義名分を得た軍は派手に動くことが出来た。だが、今後のカジノ運営の事を考えるとウマトラ組とセーベー組を完全に壊滅させるわけにはいかなかった。そう、セーベー組への突入もある種のパフォーマンスと言えた。
両マフィアを弱体化させ、軍の権力を復古し影響下に置くことが、長年三十郎が温めていた計画であったが、それには外部からの強力な一押しが必要だったのだ。
「斬った貼ったで終わる世界ならどれだけ楽だったか。経済、ビジネス、雇用、インフラ、福祉、治安。どれをとってもひと筋縄でいく問題ではありません。もはやユニオンや軍の手に余る程この街の規模は見た目以上に大きいのです」
「私に対する皮肉かね?」
「そう受け取られても構いません。どうぞ私の首一つで済むのであればお持ちください」
「もう嫌味は寄せ。私がこの街にいながら何も見えてなかったのはよくわかった。全く回りくどい事をしおって、一言相談すれば良かろうに」
「権之助さんに相談したら諸悪の根源だと、直ぐにマフィアを壊滅させ、カジノをビルごと滅ぼしに行きそうで、そちらの方が怖かったんですよ」
「馬鹿にするでない」
「いや、俺もそう思うぞ。昨日だって俺が止めなきゃマフィア皆殺しにしようとしてたじゃん」
「くっ!返す言葉もない……」
やっぱりか……と呟き三十郎は呆れた顔をした後、懐かしい物を見るように、フッと軽く笑うのであった。
……………………
「シンガポールを目指せばいいんじゃないですかね?」
あらかたの事を三十郎に丸投げして、民宿権爺に戻る頃には、権爺本人の腰は再び曲がり穏和な表情へ変わっていった。
まずは一眠りと部屋で横になった瞬間に寝落ちし、夕餉の香りと音で目が覚めた頃にはもう日が落ちていた。
今晩はどこで手に入れたのか赤飯が炊かれ鯛のお頭付き、謎の魚の刺身盛り、謎の海老汁、謎の野菜の天ぷら、謎出汁の茶碗蒸しと、田舎の民宿というとコレ!って感じのメニューであった。
それらに舌鼓をうちつつ、芋焼酎をガバガバ飲みながら、権爺と今回の打ち上げをしていた。権爺も謎の日本酒を蕎麦猪口でガバガバ飲んでいる。
「シンガポールというとスクラッチ前にあった国ですな?」
「そう、200ぐらい国があった中でも面積は下から数えた方が早いくらいかなーり小さい。でも経済力は世界ランキング上位。カジノも売春もあるのに治安は抜群によくて金融市場もベスト5、海洋、航空貿易の拠点でもありました。その反面国土が狭いから、農業とか全然駄目で食料の9割は他国依存だったんですけどね」
「そんな国だったのですか」
「ええ、でもこの街と違って工業は発達してて、その敷地の殆どは海を埋め立てて作ってたそうです。まぁそれ以上細かい事は知らないんですが、そういう街のあり方もあるんじゃないですかね?」
「錫乃介さんは中々にして博学な御仁ですな。やはり只者では無いと睨んだ私の目は濁ってなかったですな」
「いやいや〜シンガポールでは忘れるに忘れられない国でしたから」
「お聞きしても?」
「カジノで持ち金全部スッて生まれて初めてスカンピンになったんですよ」
「さっきの私の感心返してください」
そんなこんなで四方山話をしつつ、二人はいつしかそのまま寝入ったのであった。
……………………
あくる日、軽い二日酔いになりながらも権爺と別れを済ませる。権爺はやはり街を出て何十年ぶりかの旅にでるそうだ。手始めにポルトランドのジョドーのお店に行くそうなので、名前も顔も変わっている事を伝えておいた。
その後クーニャンに渡る為に受けていたがマフィアの妨害で出港できずにいたリクエストを再度受けにユニオンに立ち寄り、早速出港する事になったのだが……
こ、これはエクラノプラン!!
エクラノプランに乗れるだと!!
“この街に来て1番テンション上がったのが、風俗じゃなく船というところがまた……”
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