一つ屋根の下
その日錫乃介はワイルドターキーでベロベロに酔っ払ってモーテルに泊まった。マリーもまたベロベロではないが、それなりに酔っていた様子で、そのまま雪崩込むように同室で夜を明かす。
一つの部屋に男と女。当然何も無いわけ無いどころか何も無く、ただ酔い潰れて床でぶっ倒れてただけだった。
明朝頭を蹴られて目を覚ますと、すぐに出発となった。昨日砂まみれになって灼熱の車内で汗まみれでそのまま着の身着の儘なので身体がむず痒く気持ち悪い。
マリーは既にサウナも終わり着替えも済ませていた。
アルミネートに向けて出発する。今度は砂まみれにならないポジションどりをして進むむが、どうにも上手くいかずやはり砂まみれになる。もういいやとトレーラーから横に距離をとる。単純にそうすればいいだけであったのに気付いたが遅すぎる。根っからの金魚の糞体質なのかもしれない。
ドアを半開きにして漸く風が入り、二日酔いの火照った顔に当たって涼しくなる。いや、涼しくない。気持ちだけだ。砂漠の熱風が吹き込むんだから、サウナから全身ドライヤーに変わっただけだ。
ときおりカラシニャコフやジャッカルカノが姿を表すが、マリーがブローニングを威嚇程度にぶっ放すだけで退散していく。
雑魚とは言え錫乃介にとっては大事な収入源なので勿体ない。とは言え進むスピードを緩めるつもりも無さそうなので、大人しくしてるしか無い。
午前十時くらいに出発してアルミネートに着いたのは午後四時。ここまで大きな問題も起きず、淡々と荒野を走っていただけだった。
アルミネートはエーライト同様セメントイテンとポルトランドを結ぶ街道にある補給地点の集落である。エーライトよりは少し大きめで、受電設備は無いがメタンガス発電所がある。
メタンガス発電は人間が出す糞尿や残飯などの有機物を発酵させ、メタンガスを取り出して燃料にし、なんやかんやでボイラーを回して発電する仕組みだ。
発電量こそ少ないが有機物であればなんでも分解発酵してメタンガスを取り出すことが出来るのが利点である。
ちなみに現代においてもこの技術は既に実用化されているが、この時代ではテニスコートくらいの広さで4階建程の施設があれば、数十軒程の電力が賄えるくらいの発電力を生み出す技術がある。もちろん宇宙人の技術の残滓である。
アルミネートは10数件の廃墟をコンクリと廃材で建て直した民家や幾つかの商店が並ぶ。遠目には西部劇に出てきそうな街並みにも見える。
その中で大きめの建造物がダイナー兼モーテル『男達の挽歌』だ。この店に訪れるの三回目となる。
縦だか横だか分からないほどの謎の肉の塊のステーキをマチェットの様なデカイナイフで切り、ミートフォークという二股に分かれた20センチ程のデカいフォークでぶっ刺して食す。大き目に切ったので齧りとるように食べる。味は塩と胡椒だけでシンプルに、付け合わせは蒸したジャガ芋っぽい芋だ。肉そのものは硬めだが、噛みごたえがあるのもまた美味い。グニグニ噛んで塊のまま飲み込むと、ズシンと腹にくる。今日は適当な安い合成赤ワインをお互い一本づつラッパで飲みながら肉を食らう。ワイルドだ。
「なぁマリー、仕事を手伝えって言ってたけど何するんだ? このままポルトランドまで行くのか?」
「そういやまだ何にも話して無かったね。……アンタも何も聞かされて無いのについて来るなんて酔狂な男だねぇ」
マリーも同じ肉塊をガシガシ食べている。
「我ながらそう思うけど、オートマグで脅してきたのは誰ですかね〜」
「あんなのただの挨拶だよ」
「ただの挨拶で反応出来ない抜き打ち見せますかね……いや、見えなかったけどさ」
合成赤ワインをラッパでガボガボ飲んで肉の脂を洗い流す。安物だが味は悪くない。
ワインはカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローなど品種を明確にして単一品種であったりブレンドしたりして作るのが一般的だが、特に品種を決めずに雑多に絞り、香料や添加物で味を整えた安ワインは、それはそれで美味い物がある。ガブガブ飲むならこれで充分だ。
「明日向かうのはこのアルミネートから北へ100キロ程北へ行ったとこにあるホテルの廃墟だよ」
「そんなに遠くないのに荒らされてないのか?」
「そこはチョイと特殊な場所でね、断崖絶壁沿いに建てられたホテルなのさ。上階の方はもう粗方取り尽くされてるけど、中階から下はまだ手付かずだ」
「なんで?地上に上げるのが面倒だからか?」
「そうさ。よっぽどの掘り出し物があるなら別として、アタシら回収屋は基本的に質より量だからね。多少高いくらいのビルなら、上から戦利品を放り投げちまえばいいんだけど、地下はいちいち深層階まで潜るからコスパが悪くて皆んな敬遠するんだ。だけど今回のホテルは元々高級ホテルだったから、まだまだ探索しがいがあるってわけさ」
「また地下探索かよ……」
「そういや、廃ビル13号棟の地下街行って来たって言ってたな。あのヤマ片付けたくらいなら慣れっこだろ。それに今回は地下と言っても崖沿いだから中々見晴らしはいいぞ」
「見晴らしももういいよ。なぁ、高級ホテルで稼げそうなのに、中層階より下が今でも手付かずなのか?」
「そう手付かずな理由はもう一つ、機獣の住処なのさ」
「そう言う訳ね。分け前は?」
「アタシが7でアンタが3でどうだい?」
マリーはワインのボトルを手に取ると、錫乃介の前に差し出す。
「悪く無さそうだな。ちなみにいくらぐらい儲けられそうと見積もってんだ?」
錫乃介もまたワインのボトルを手に取る。
「10万は堅い。むしろそれくらいなきゃ割に合わないね。どうだい今更だけど乗るかい?」
「乗った。丁度金欠でバイクの修理もままならなかったんだ」
2人はワインのボトルをガキンと合わせ打ち鳴らし、ラッパ飲みで空にすると、また新しいボトルを注文するのであった。
残金5,420c
今度はちゃんとサウナも入り部屋も分けた二人は翌朝アルミネートを出発。
朝日を浴びながらジャノピーを半ドアで走らせると、冷たい風が二日酔いの顔に当たり心地良い。砂漠の夜は気温が落ちて寒く氷点下まで下がる事もある。日の出と共に急上昇して昼間には40℃くらいまで毎日上がるので、朝くらいが人間にとって丁度良い。
二時間ほど砂塵を巻き上げていると目的地に着く。辺りは多くの廃ビルが建ち並び、川の跡に囲まれたところには、巨大な穴がポッカリと空いていた。
“『インターコンチネンタル上海ワンダーランド』放棄された採石場跡を利用して建てられた中国の五つ星ホテルーーだった所ですね”
こりゃ確かに良い眺めだねぇ。
まるで大地をクッキーの型抜きか何かで抜き取った様な穴があり、その巨大な穴の崖沿いに目的である高級ホテルはあった。
それは錫乃介達を待ち受ける新たなダンジョンの登場でもあった。
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