プラトーン

 

 “野良犬野良猫たちは昨日オウガが出現した辺りが生息地域らしいです。どうしますか?”


 どうするって言ったって、狩をしなけりゃスカンピンだし、旅支度も用意もしないで1,200キロの旅はできないっしょ。街に居残るにしたって生活費もないし。

 ま、有り金はたいて手榴弾も買い込んだし余裕余裕、行けるっしょ。


 “喉元過ぎればというか、能天気というか、行き当たりばったりというか、楽観的というか、ポジティブというか…”


 そんな、褒めるな。


 “褒めてるように聞こえますか……更に不安になりました”


 365日腹括ってるだけよ。


 “閏年は?”


 それぐらい休んでもいいだろ。たまには休ませてあげなきゃ、お腹壊しちまよ。


 ナビの呆れ顔が、また目に浮かんでくるようなため息が聞こえる。



 閏年と言えばさ


 “はい”


 俺が飛ばされる直前の2020年はさ、閏年でオリンピックが開催される年だったんよ。


 “そうですね、2020年東京オリンピックが開催される予定でした。しかし…”


 そう、パンデミックの所為で翌年に延期したんだ。で、思ったんだけど、閏年=オリンピック年(厳密には違います)っていう法則があったのにさ、利権や何やらで中止には出来なかったんだ。

 それまで過去の出来なかったオリンピックは、全部中止で延期ですらなかったのにさ。閏年=オリンピックの法則崩しちゃって良かったのかな?ってさ。

 2021年は流石にやったんだろうから中止にはしなかったんだろうしさ。


 “確かに2021年オリンピックは開催されました”


 だしょ、盛り上がってたんだろ?東京どころか日本。


 “いえ、全く”


 へ?何で?


 “コロナは一旦2021年3月には沈静化を見せましたが、国民は自粛に飽き飽きして、緊急事態宣言は形骸化。コロナは収まるどころか第四波、第五波と来ました。

 にも関わらずオリンピックを強行したため、国民は大顰蹙でどっちらけ。盛り上がってるのはマスコミだけで、スポンサーすら降りる始末。コロナ患者は爆増。

 莫大な負債、失策、そして後始末、誰がどう責任をとるのか大揉め。与党は総理退任、野党は責任追求ばかりで対策無し。マスコミは自身の責任なんて、最初から無かったかの如く政府に擦りつけ。

 それはもう散々な結果で、オリンピックの存在意義が揺らぎ、2028年ロスオリンピックを最後に停廃が決定しました。



 ……泥沼だな。

 なんつーか、諸行無常だ。2020年で中止にしときゃ良かったんだ。そうすりゃ、そこまでイメージも失墜しなかったろうに。



 “当時オリンピック事業と関わりない地球人のほぼ全てがそう思ったそうですよ。でもですよ、民衆、マスコミ、国家、オリンピック関係者、どれか1つでもマトモな行動してれば、こんな結果は無かったでしょうね”



 星新一先生が書きそうなオチだな。

 やめやめ、先生の小説はシニカルに笑えるから良いけどけど、現実の方は酷すぎてワロえない。


 “さあ、目的地が見えて来ましたよ”


 なんか変な話ししたせいで気分乗らねぇな〜


 “贅沢言ってられる身分じゃありませんよ”


 へいへい

 

 

 と、昨夜までオウガと死闘を繰り広げた、廃墟が見えてきた。


 

 やっぱりオウガの死体ないな。

 持ってた5〜6メートルの鉄道レールはあるが。


 “死体の痕跡がありませんね。野良犬に処理されたとしても、風で飛ばされたにしても早すぎます”


 死んでなかったって事ね。


 “十中八九”


 

 はあ…丈夫過ぎだろ。デミブル仕留めた以上の爆発だぞ…


 “仕方ありません。手榴弾でブービートラップを仕掛け、屋上で狩をしましょう”


 屋上っても、オウガだったらジャンプ一つで飛び上がって来れそうだけどな。


 “それならそれと想定した戦術があるんですよ。あの個体の能力は凄まじい出力の怪力と、もう一つ特徴的な能力があります。何だかわかりますか?”


 う〜ん、どえらい遠方からでも標的を察知できる能力?


 “それはある能力による結果ですね”


 嗅覚、聴力、味覚、そうか、視力か!


 “そうです。オウガの巨大な目はただの飾りではありません。あの大きさからいって一般の望遠鏡並の30〜50倍。昨日の一見から夜でも見通せる高機能眼球です”


 じゃあ、今ここ見られている可能性もある?


 “十分にあります。やつが錫乃介様を狙ったのは

 1人であった事

 武装がショボかった事

 おそらくその2点です。ですから奴はまた襲いに来るでしょう。

 地雷を避ける知能はあるようですが、直情的、短絡、考えも無しに飛びかかる習性もあります。

 ですので、こういう感じで仕掛けて下さい。ゴニョゴニョ…”

 

 ほぅほぅ、レールを持ち上げられない演技ね、って、普通に持てんわ!


 “それから”

 

 ほぅほぅ、あえてロープを使って上に登る。


 “そして…"


 テント?鍋?柱?成る程そう繋がるか。


 その後ナビの指示通りブービートラップを仕掛けていく。


 ブービートラップといえば、足元のワイヤーの先に爆弾が仕掛けられているのや、落とし穴に竹槍などが有名だが。他にも様々な種類がある。

 乗り込んだ病院や工場にたまたま落ちていた体重計に乗ると爆発する仕掛けだったり、ちょっと抱き上げたくなるぬいぐるみを持ち上げた瞬間爆発したり、傾いた絵画を直そうとすると、ライフルが発射されたりと、人の心理をついたトラップなどもあり、非常に多技にわたる。

 日本軍の『コレラ患者収容所』と書かれた看板なんかは、相手の戦意を喪失させる目的があったりと、物理的ダメージ以外の罠もブービートラップの内である。

 そもそも物理的ダメージを与えるのが目的というより、後者の日本軍の看板トラップの様な戦意喪失効果が1番の目的であったそうだ。


 

 さ、準備は上々。そんじゃ奴が来るまで、犬と猫でも狩りますか。


 “来るかどうかはオウガ次第ですけどね”


 


 それから2時間程、廃墟の屋上でM110セミオート狙撃ライフルに銃架をつけて、近寄る野良機獣犬やカラシニャコフ、ウージー虫を狩っていく。後で回収する為、ナビに場所をチェックしておいて貰う。



 そして更に1時間程すると、ナビが指示したスコープの先に見えるは、砂煙を上げこちらに向かって猛スピードで走るオウガ。



 夕陽をバックに来るんじゃねーよ。カッコイイじゃねーか。ってか眩しいんだよ。


 “やはり、来ましたね。それでは作戦開始といきましょう”


 へーい


 ナビの計測によると、オウガの走る速度は時速120キロを超えているそうで、全速力のチーター以上だ。


 

 あと一跳びで廃墟に着こうという所で、急停止する。昨日の地雷を学習したか、警戒しているようだ。矢張り同じ個体か。

 と、手近に突き刺さっている鉄道のレールを手に、引き抜こうとする。

 その刹那、レールの根本から輝く閃光はブービートラップの手榴弾の爆発だ。オウガは吹っ飛ばされ、ゴロゴロと無様な後転をしながら砂漠に大の字になる。

 しかし、こんなもんでは頭がクラクラしているだけの様だ。


 錫乃介は追撃を加えるべく、M110で顔面を狙い撃ちする。嫌がりはするが効いてる様子はない。

 ムクリと起き上がり向かって来るところをみて、錫乃介は後方に下がる。

 オウガは壁にぶら下がるクライミングロープを見て素手で廃墟を登る。

 サクサクと登って、屋上に手をかけたとこで、ブービートラップのワイヤー引っかかり爆発。

 吹っ飛ばされ地面にゴロゴロと転がり、再び大の字になるオウガ。


 そこをまたM110で、パスパス頭を狙い撃ちする錫乃介。

 オウガは嫌がりながらも、完全に頭に来てる様だ。

 今度は室内から身を縮めて階段を登って行くオウガ。意外にも慎重に階段にあるブービーには引っ掛からず屋上まで上がって来る。

 しかし、屋上には錫乃介の姿は無く、テントが張ってあるだけだった。

 警戒しながら近づくオウガ。そっとテントの中を覗くと、カッ!と眩い光と共に爆発。

 屋上の床でゴロゴロ転がり大の字になるオウガ。


 ハッと気付いて怒り狂って、辺りを探すが当然錫乃介はいない。

 3階に警戒しながら、ブービーに引っかからないよう降りて行くオウガ。


 3階の展望室には、真ん中に鍋が携帯コンロの上でグツグツ音を立てて、美味しそうな香りを立てていた。

 低い天井に身を屈めながら、近寄って鍋の蓋を開けそうになるが、流石に学習したのか、ニヤッと笑って鍋には手を出さず、チッチッチッと指を横に振る。


 辺りを見回すと気になるワイヤーが。目で辿ると天井から床に続いている。そのワイヤーは携帯コンロの火元に続き、今まさに焼き切れた瞬間だった。

 と、上から降ってきた手榴弾によりまた吹っ飛ばされ、ゴロゴロ転がり大の字になるオウガ。

 

 もう勘弁ならぬと、2階に行こうとすると先程の爆発のせいか階段が埋まっている。仕方なく窓から覗くと、2階の窓から錫乃介が、焦って1階に入り込むところだった。


 逃すか!と1階に飛び降り中に入ると、正面に居るのは怯えて足がすくんでいる錫乃介。

 もう逃げられないとジワジワ追い詰めようとホールの真ん中に来たとこで、錫乃介はニヤリと笑って足元のワイヤーを踏みつけ外に飛び出る。

 その瞬間四方の柱と上階が同時に爆発。

 ズゴゴゴと揺れる廃墟に飲まれるオウガ。

 廃墟は爆発を幾度となく繰り返しながら瓦礫の山に変わっていった。

 

  

 「やったか!と言いたいところだが、この手榴弾のフルコース、まだ終わりじゃないんだぜ」


 巻き込まれないギリギリのラインで見ていた錫乃介。瓦礫に飛び乗ると中にまだいるオウガ。どうやらまだ生きている様だが、気絶か、意識は不明の様だ。

 瓦礫を蹴飛ばし、頭を露出させると、瞼を力任せに開き、両目の中に手榴弾を足で蹴り入れ、距離をとってオウガに背を向けワイヤーを引っ張る。気分は必殺仕事人だ。



 背面で起きる爆発。両目から頭を吹き飛ばされては流石のオウガもこれまでだった。


 

 手間ぁ掛けさせやがって。建物一軒とテントも衣類もロープも食料も手榴弾もぜーんぶ使ってやっとこ1体か。おっそろしい奴だ。


 “上手く行きましたね。2階の階段が崩れた時はどうしようかと思いましたが、機転が利きましたね”


 あんなの大したことないよ。それよりブービートラップなんて初めてなのに、よくもまあぶっつけ本番で成功したよ。


 “原理は簡単です。相手を熱くさせ、冷静にさせるのを繰り返すのがポイントなんですよ”


 コロナも収束とまん延を繰り返して拡大していったな。おんなじことか。


 “だいぶ違うと思います”


 何でもいいや、戦利品回収して帰ろ。

 疲れたわ。



 1日でヘットヘトになった錫乃介の背を、沈み切る直前の夕陽が、鮮烈に赤く染めていた。

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