明日のジョーもドヤ街出身

 セメントイテンに着く頃には、完全に日が沈み、夜空を十三夜月と無数の星が街を優しく照らしていた。


 疲労感MAXの錫乃介だったが、多くの戦利品を手に出来たどころか、初めての賞金首を仕留めたことにより、足取りは軽くなって来ていた。

 もうすぐハンターユニオンが閉まる時刻なので、急いで向かう。

 最悪テント無しの野宿になるかもしれないが、宿探しは後回しだ。


 ハンターユニオンは裏手がハンガーになっていて、車ごと建物内に入れる仕様だ。

 三階建ての建物をぶち抜いた作りで、鉄骨が肋骨の様に組み込まれている。天井からは大小様々なクレーンがぶら下がっており、相当巨大な重機でも搬入可能な様相だ。

 

 ジャイロキャノピーのまま建物内に入り、片付けを始めていた目付きの悪い金髪長髪のチャラそうな男スタッフを捕まえ戦利品を押し付ける。

 時刻ギリギリだったこともあり物凄く嫌そうだったが、オウガの討伐証明である牙と耳を見た瞬間、態度は一変した。


 「賞金首オウガを仕留めたんっすか!凄いっす!!しかもこのジャイロキャノピーで!!」


 「ああ、苦労したよ」


 「でっしょうね〜、アイツは意外に知恵が回りますからね。遠くから見て、獲物がチームであったり、銃器がしっかりしてたり、武装車なんかだったら、絶対に姿を表しませんからね。もしかしてソロでやったんすか?」


 やっぱりそうか…あんなナリで警戒心や観察力はやたらとあったか。


 「まあな。そのかわり廃墟一軒犠牲にして、瓦礫の山に変えたけどな」


 「ひぇ〜〜、よくご無事で」


 「それは良いから査定はどう?」


 「へいへーい」


 戦利品一覧


 野良機獣犬 12体×50c=600c

 ウージー虫 5体×150c=750c

 カラシニャコフ 8体×200c=1,600c

 ボムチキン 5体×30c=150c

 オウガ(賞金首)8,000c


 総額11,100c

 収支11,150c


 うっひょーーー!

 総額50cの大貧民から大富豪じゃ〜〜

 これだからハンターはやめられねぇぜ!


 リアル大貧民を経験し、調子に乗る錫乃介。誰がこれを咎められようか。

 あ、いた。


 “錫乃介様、浮かれるのはそこまで。無くなった物資の補充、明後日の旅路の準備、宿賃、食費、サウナ、爆弾の支払い、わかってますね”

 

 はーい。

 チキショウ、ちょっとくらい浮かれたっていいじゃねーか。


 

 ナビにチクッと言われ、テンションを下げる錫乃介は、今宵の宿と飯を求めて夜の街に繰り出した。


 

 

 「安宿系はどこも満室、全滅か〜」

 

 “ま、予想通りですね。野宿にします?”


 勘弁してくれ〜昨日からほとんど寝てないんだけど俺。


 “それじゃ少し奮発しますか?”


 え、いいの?


 “お好きな様に、私は大蔵省ではありませんから”


 表現が昭和だね〜大蔵省って。


 

 と、ナビの許可が出たところで、コンクリート製のしっかりした建築の宿を訪ねると、アッサリ入れた。


 ん〜〜、高いとはいえ、前の時代のビジネスホテルの遥か下だね〜こりゃ。これあれだ、ドヤ街の宿まんまだね。ま、良いでしょ。

 



 ドヤ街とは!

 日本の日雇い労働者が住む街の別称であり、“ドヤ”は“宿”の逆さ言葉である。

 日本では大阪西成区が有名だが、東京にも昔あった。今は南千住や清川と言った地名になっている場所であり、現地を歩くと未だ朝から営業してる居酒屋があったり、やたら安いホテルがあったり、不衛生そうなピンサロがあったりと、その風情が今も残っている。

 どこのドヤ街の宿も今の金銭感覚で言うと、800円から1,200円程で泊まれ、僅か2畳から3畳の部屋に布団とテレビだけが置いてありクッソ狭い!逃亡防止の為窓すらない(あったとしても、鉄格子だ!)

 と、書いてて思う。今の漫画喫茶ネット喫茶はまんまドヤ街の宿ではないか!


 閑話休題



 ほいじゃ、宿も決まった所で裏にあった居酒屋でも入りますか。


 

 宿に来る時、宿の壁を利用して作られた居酒屋を見つけたので、今夜の晩酌は此処と決めていた。


 

 『小料理屋 ダンシングオールナイトニッポン』か。どーれ、とバラック小屋にかかった簾の暖簾を、“サーセン”と潜ると、“えらっしゃー!”の掛け声。と、店主を見れば、アフロヘアにサングラスねじり鉢巻、作務衣姿。一瞬足と目がとまるが、そこは幾度となく修羅場をくぐった錫乃介。片手で挨拶し、手近なカウンターに座る。中は前の世界の居酒屋ままとはいかないが、それらしくなってる。カウンターや椅子は相変わらず、脚立やパイプ椅子や鋼材が家具として生きているが、調度品は提灯があったり招き猫があったり、誰のかわからないがサイン入り手形が飾ってあったりしてる。

 


 「ビール、デカイジョッキあればそれで」

 「男めぇージョッキ入りやしたぁ!」

 「あんざーーす!」

 「それと、モツ煮にヤッコにお新香、唐揚げにどぜう小鍋ね」



 10人程入れば満席の狭い店なのに、威勢が良い。“あんざーす”っていったのは、エメラルドグリーンのベリーショートにまだ幼さ残る女の子ではないか。ボーイッシュで元気があって可愛い。



 いかんいかん、若い子につい最近手痛い思いをしたばかりでは無いか。まぁでも見るくらい良いだろ。



 “見るだけでも、オッサンは犯罪になりますよ”


 洒落にならん事言うな。俺がいた時代はガチでそーゆー風潮だったんだから。

 俺なんか同僚の女の子に、“目がセクハラしてます”って上司に訴えられたことあるんだぜ。

 

 “どんだけ、いやらしい目してたんですか?邪眼でも持ってるんですか?”


 おまー飛影ファンに殺されっぞ。


 “その場合、やられるのは錫乃介様になりますね”


 とばっちりじゃねーか!



 へい、お待ち!っと女の子がヤッコとお新香とお通しと、バケツの様な男前ジョッキを持ってくる。


 グビグビ飲んで半分くらい空けたところで

 プッハーーー!

 久々じゃのう!


 お通しは何かのキノコの揚げたもんだ。セモリナ粉と卵白を混ぜて、フワッカリッとした衣に仕上げ、味付けは花山椒に軽い塩。

 やるじゃないのこのアフロ。お通しでこのレベルたぁ、こだわってるね。

 

 お新香はラディッシュにセロリアック、ビーツにチコリの浅漬けか。昆布と鰹の代わりに、魚醤と貝の出汁。良い腕してるぜ。


 と、なるとヤッコはただの豆腐じゃねぇだろ。

 成る程、豆乳を乳酸菌発酵させたヨーグルトに微量のゼラチンを入れて固めた物に、泡立てた泡醤油をのせてある。フレンチのオードブルみたいだな。


 モツ煮は極限まで臭みを抜き柔らかく仕上げたモツを白味噌仕立てにして、葛でトロミをだす。具は聖護院大根のみか。少し甘めのトロける様な味わいだ。


 と、唐揚げが来たけどよ、なんだよこれ、一回蒸して脂を抜いて柔らかくしてから、揚げてんだろこれ。唐揚げなのにあっさりしてて、バルサミコと醤油とマヨネーズのオーロラソース風がびたびたにマッチしてやがる。


 どぜう小鍋は卵とじの柳川風。山牛蒡を使ってあってシャキシャキした歯応えと、泥鰌の旨みがたまらん。暑さ凌ぎにどぜう鍋ってね、鰻に勝る人気が当時はあったとか。



 凄すぎる、凄すぎるが…

 

 アホか!あのアフロ拘りすぎだろ!居酒屋だろ!べらんめぃうめぇけどよ!


 「あの〜大将」

 「なんでござんすか?」

 「美味すぎる」

 「ありがとうごぜぇやす」



 と、その時目端に入るは、ハサミの様な手で徳利を傾け手酌をする1人のロビタ。



 「ロボオです」

 「奇遇だねまた会うなんて、ってか料理食えるんだ。もしかして内臓ある系のアンドロイドとか?」

 「ふふふ、よく言われますが、私はこれでも人間なんです」


 ……。


 ……。

 

 えーと、自分を人間と思い込んでるロボットって線じゃないよね?応え慎重にいかないとな。ってか、アスファルトのユニオンのスタッフ個性的すぎだろ。


 「つまり、あれか?機獣に襲われてとか、戦争でとか、事故でとか、身体を失っちゃってその姿ってわけね?」

 「いえ、この姿がカッコいいと思って改造しました」


 ……。


 ……。


 「はい、仰りたい事はわかります。誰かに理解して貰おうとは思ってませんので」

 「いや、ロボオ、お前の生き様ロックだよ。カッケーよ。心の底からそう思うわ」

 「ありがとうございます。なかなか高性能なんですよ。手足は伸びるし、モノアイは360度見渡せるし」

 「でも、手はバルタン星人みたいだけど、不便じゃ無いの?」

 「ほれ、この通り」


 ロボオが見せるバルタン星人みたいなハサミの中から手の形したマニピュレーターが出てくる。


 「すっご!」

 「この腕20ミリバルカンも撃てるんですよ」

 「はっ?最強じゃん。そのボディ実は戦闘用なの?」

 「そう言うわけではありませんが、そんじょそこらの機獣には負けません」

 「心強ぇ!」

 「ほぼ不老不死、強靭なボディ、パーツ交換による性能アップ!全てが私の望みだったのです」

 「人間の身体じゃどれもかけ離れてるしな」

 「そうです。私は彫刻に恋するピュグマリオンの如く、ロボットに恋焦がれていました。

 もの言わぬ無骨なフォルム、機械的な動き、無駄な思想を持たないその存在を、私は新たなる生命体とすら思っていました。人間らしいロボットなんぞ、クソ喰らえでした」


 

 ナビ、彼少し酔ってきてないか?


 “ええ、おそらく”


 少しでも近づきたい、彼らの世界に私は入りたいと思い、長年の問いに1つの結論を出しました。

 神に願ってガラテア像を人間にするのではなく、私自身がロボットになれば良いのだ!と、その答えが今の姿なんです。



 もの言わぬロボットに恋焦がれたわりに、めっちゃ熱い心を持ってるし芝居がかってるよな。


 “戯曲『ピュグマリオン』を引用したりするところなど、無駄に教養もあって人間らしいですね”


 んだな。


 その夜、ロボオの熱いロボット談義に付き合い、宿に帰ったのは日の出と共にだった。




 高い金払って泊まった意味ねーじゃねーか!


 

 残金10,950c


 

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