我が青春のアルカディア
シャーコシャーコシャーコシャーコシャーコシャーコシャーコシャーコシャーコ……
真昼間に錫乃介が何をしてるかと言うと、マチェットを研いでいるのだ。
マチェットは最近戦闘に使っていないが、大事な役割がある。男にとって、人によっては必ず毎日しなければならない事だ。ちょっとサボればすぐボーボー。
そう、髭だ。意外にも錫乃介はちゃんと毎日剃っている。剃刀なんぞ買ってないので、研ぎに研いだマチェットで剃っているのだ。砥石も無いので、今日はこの宿『ホテルカリフォルニア』の壁を使って研いでいる。
どこがどう、この木賃宿がカリフォルニアなのかわからないが、文句はつけられない。
木賃宿とは、元々客が木の薪をお金がわりに渡せば泊まらせてくれる宿のことだ!粗末でしょーもない宿の総称でもある!
ジョリジョリ、ジョリジョリ…
あ〜、昨日はロビタに付き合って散々だったな。もう、あいつとは飲まね〜。あ、でも明日から一緒に旅じゃん。
髭を剃りつつ愚痴る。今日は1日物資の買い出し当てる予定だ。明日からの旅は団体で移動するため、速度は遅い。3日かけて次の目的地ポルトランドに向かう。その為、昨日ブービートラップで使い果たした、テント、クライミングロープ、手榴弾、簡易コンロ、ワイヤー、鍋、食料、燃料、弾薬などなどを買い込まなければならない。
こういう時ドンキーホームとバーンは役に立つな。1店舗で全部賄えて用意してくれるし。そう考えるとあいつ確かに仕事できるな。
セメントイテンには、あんなドンキーホームみたいな総合ショップはないので、あっちゃこっちゃ回る。
回るのはまだいいが、必ずと言って良い程、最初の価格は適切ではないため、こちらから値段を吹っかけて一々交渉して値切らなきゃならないのが面倒な事この上ない。
あーこれだから、個人商店ってのは時代が進むほど衰退してくんだな……
やってらんねーよこんなの。そりゃイオンに飲まれるよ。とりあえずイオンに行きゃ、おんなじ様な商品がそれなりに揃うんだもんな。それも安くて。
個人において時間の価値が貨幣価値より上になる現象。その現象が個人ではなく、多くのマジョリィティに見られた時、安さより手軽さを求められる商品が市場を席巻する。
そんな法則の一旦を垣間見て経験した錫乃介は、そんな難しい事はどうでもよく、早くこの面倒な買い出しを終わらせて、一杯やりたかった。
ロクに飯も食わずに、買い出しを終えたのはもう夕方だった。
昨日はロビタのせいでサウナに入り損ねたので、先に入る。何日か分かの汗と垢を流し、リフレッシュする錫乃介。
いや〜前は湯船じゃないとダメだったけど、サウナもハマると良いもんだね〜。湯船よりスカッとするな。
今夜は既に宿をとってある。昨日の二の舞にならないように、今日はトレーラーハウスの安宿だ。
トレーラーハウスと言って想像するのは、コンテナにできたワンルームマンションの一室をトラックが牽引出来るのを思い浮かべる事だろうが、この時代のトレーラーハウスの宿はそんな大層なもんじゃない。
コンテナの中に3段ベッドが両左右に設置され、ベッドの端から手を伸ばせば相手のベッドに手が届くレベルの狭さだ。収容所と言ってもいい。
何故そんな所に客が来るのかと言えば、砂漠の夜は寒いので、トレーラーとはいえ防寒設備の付いた宿が良いのだ。
他にも防犯やらベッドで寝たいとか、手足を伸ばしたいとか、人恋しい時にとか色々ある。
錫乃介は泊まる前に、飯を食いに店探しに彷徨く。昨日の居酒屋は大当たりだった。ロボオさえいなければ。
いや、別にロボット談義は良い。錫乃介も嫌いなジャンルじゃない。だが、酒も深くなり酔っ払いの相手となると別になる。同じ事を何度も何度も話し始めるし、突然感情的になり、最終的には呂律が回らなくなって何言ってるかわからなくなると、こっちが気持ち良く酔えなくなるのだ。
流石に奴は2日連続同じ店は行くめぇ、と昨日の店『小料理屋 ダンシングオールナイトニッポン』に入り店内を見回すが、ロボオは居ない。
「昨日も来てくれましたよね!ありがとうございます。すごい盛り上がってましたね〜何話してるかさっぱりわかりませんでしたけど」
ベリーショートの可愛い子ちゃんが愛想良く、話し掛けてくる。
やっぱり可愛い。
「俺も最後の方、何話しかけられてっか、さっぱりわからなかったよ」
と、返して安心して日本酒を注文する。日本酒と言っても、日本という国は既に無いので、米の醸造酒全般が日本酒というジャンルになっているだけである。
しかしこんな時代でも杜氏のスピリットは生きているのか、ど根性で日本酒を作っている様だ。錫乃介の時代の洗練された味わいでは無いが、濁りの様な舌触りに荒々しく飲みごたえのある逸品に仕上がっている。
今日はワイルドエシャロットのヌタから始まる。日本酒を温燗にしてもらって、ひっかけていると、“えらっさー”の大将の掛け声と共に入ってきた客はロボオだった。
終わった……。
「また会いましたね」
「また会っちゃったよ…」
最初は淡々と飲んでいたロボオでだったが、やはり酒が進んでくると、こちらに絡み始めてきた。
最近のうちは付き合ってやったが、もう段々面倒くさくなり“明日が早いから今日は解散だ!”と深夜頃に無理矢理打ち切りとした為、イマイチ不完全燃焼なロボオであった。
不完全燃焼なのは俺の方だ!
残金9,850
と、早朝トレーラーハウスを出る錫乃介。待ち合わせの門まで来ると、ざっと見で10数人は集まっている。
「おはようございます。錫乃介様、昨日はお疲れ様でした」
「あぁ、おはようロボオ。もう、みんな集まってる感じ?」
「そうですね。このキャラバンのキャプテンを紹介しますので此方へ」
「おぉ、そうか。キャプテンとかいるんだな」
「移動では先導して、有事の際は指揮を取らなければならないですからね」
「成る程」
と、連れられた先に居たのは、白のドクロが描かれた刺繍に黒地のマントを靡かせる、長身の男がいた。黒い眼帯に頬にハッキリとわかる十字傷のイケメンだ。
その隣には丸眼鏡、チビで短足、寸胴、ガニ股、ブサイク、モシャモシャ頭にモッサリしたマントを着こんで、鍔広の帽子を持っている男もいる。
実に対象的な2人だ。
「錫乃介様、こちらがキャラバンのキャプテン、“ハローワーク”様です」
キャプテンハローワークかよ、求職中の宇宙海賊みたいな名前だな……
やったらイケメンだけど、強者のオーラがするね。まぁ、顔に眼帯、頬に十字傷って、これで弱かったらハッタリも良いとこだけど。
「どうも、錫乃介と申します。この度はメンバーに加えて頂いてありがとうございます」
「あぁ、ハローワークだ。短い間だがこちらこそ宜しく。旅の間は俺の指揮に入ってもらう。こっちは相棒のモチローだ」
「宜しく〜モチローだ。このキャラバンの整備主任やってるよ〜。各種合図はこの信号でな」
と、隣にいた男は陽気にワハワハ笑いながら握手し、大きい懐中電灯の様な信号機をもらう。この男も只者では無い雰囲気だ。
「なぁ、錫乃介、あんたアレ乗って1人で旅してたんか?」
モチローが俺の後ろにあるジャイロキャノピーを指挿して聞いてくる。
「ああ、装備がショボくてちょっと恥ずかしいけどな」
と、応えると。
モチローとハローワークが顔を見合わせている。
ちょっと不安になる。車がショボ過ぎて戦力にならないからって門前払いになるのかもしれない。
「あ、あの、足手まといにはならない様にしますんで、何とかお仲間に加えて……」
ハローワークは俺の目を覗き込み応える。
「何を言うか。俺達はあのブローニング一丁のジャイロキャノピーで、この機獣溢れる荒野を1人旅してるという事実に驚いているのだ」
「錫乃介おめーすげぇな。無謀なのか勇気なのかわからねぇけど、少なくともアスファルトから此処まで1人で来たんだろ?その間どれだけ機獣に襲われたよ?」
無謀か勇気かと言われればたぶん前者です。
「か、数え切れ無いです」
「ならば錫乃介、お前もこの荒野を生きる益荒男だ。何に乗ってようが関係ない。むしろ誰よりも誇らしい事をしているぞ」
「俺達はあの戦闘車だけどさ、あれで旅できるのはハッキリ言って当たり前なんだよ。完全武装してるわけなんだから。その点おめーのジャイロキャノピーは火力もねぇし、装甲もねぇし、威圧感もねぇ。そんなので旅するなんてすげぇことだぞ。別に馬鹿にしてる訳じゃねぇからな」
と言ってモチローが指す方向には、キャタピラではなく。タイヤが8個付いた戦車があった。“16式機動戦闘車ですね”とナビが補足してくれる。
「ついでにお金も無いですけどね」
と言ったら2人は大いに笑ってくれた。
「そうですよ、錫乃介様は昨日もオウガを討伐されたばかりではないですか」
「ああ、飲んだ時に話したな」
「なに、賞金首ではないか」
と、ハローワークは軽く驚いている。
「あいつは戦闘力もさることながら、こちらが装備を固めれば固めるほど姿を表さなくなる。どうやって倒した?」
「廃墟に誘い込んで、ブービートラップで建物ごと……」
と言うと、ハローワークはこちらに更に覗き込む。眼力が強くて目を背けたくなる。
「恐ろしい奴だな……」
「は?」
「何が恐ろしいって、おめーそれ1人でやったんだろ?」
「はぁ、まぁ、電脳のナビゲーションには助けてもらったけど」
「そりゃそーだろうけどな、ハローワークやれるか?」
モチローの問いに、ふむと顎に手を当て少考し応える。
「数日間の準備をして、シミュレーションをした上でならばな」
「は、半日でぶっつけ本番でした……」
モチローとハローワークはまた顔を見合わせている。
「すみませんが、そろそろ出発を…」
と、ロボオが切り出したのをきっかけに
「そうだったな。錫乃介、また詳しく聞かせてくれ」
「そんじゃな〜また次のポイントで会おうや」
と、2人は戦闘車に乗り込んで行った。程なくして、キャラバン一行はポルトランドへ向けて移動を開始したのであった。
なんか、褒められたな。
“少しひいてましたね”
だな。でも、良い奴らみたいだ。
「ハローワーク、どう思う?」
「本当ならば底知れぬやつだ。最低限の装備しか無い中で、知恵と度胸で乗り切っている」
「あの様子じゃ、オウガ倒したのも嘘じゃねーだろーな」
「あぁ、そうだろうな。どことなくモチロー、お前に似てるな」
「んだな、俺程じゃないが、チビでブサイク、親近感感じるわ。ワハハ」
錫乃介と2人はお互い、おかしな奴と知り合ったと思いこの旅の先に胸を弾ませるのであった。
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