砂漠と餓鬼と塵芥29
ヤーテ大丈夫か!
隊長が自分を心配する声が聞こえた。どうやらまだ生きているらしい。いつの間にか地べたに頭を抱えて座り込んでいたらしい。立ちあがろうとするがフラフラする。頭なのか目なのか身体なのかそれさえもよくわからない。顔面が炭火で炙られたようにひりつく。以前上役と行った焼肉屋を思い出す。海鮮料理屋の名店と聞いて連れてかれたのに、焼肉を食わされ支払いも割り勘だったので良く覚えている。やっと視界が戻る。眼の前で巨大なロボットが炎上している。さっき上空から落ちて来た奴だ。
スッと意識がはっきりする。まだ戦闘の途中だった。地面に無造作に落ちている小銃SAR21を拾い、固まった脚を引き摺るようにして隊列に戻ろうとしたが、自分のいた部隊はもうバラバラになっていた。駆け寄る隊長が後に下がれとダミ声を飛ばしてきた。
やった、これでもう撤収かな? と淡い期待を抱くが、そうじゃなかった。先程まで前線で倒していた、マスコットキャラクターのようなどこか可愛らしさが残っていたセキュリティロボ達はいなくなり、戦車のようにでかいセキュリティ兵器に代わっていた。いや戦車のようにどころか、ロボに変形するM1エイブラムスがすでにいる。敵の戦力が一気に上がったので、衛士隊の歩く装甲車の異名を持つパワードスーツ隊が前に出てきていた。いや、もうこんなの衛士隊のキャパを超えている。元来衛士隊は街の治安維持だ。もうこれはセキュリティじゃなくて械獣だ。対械獣用の装備を持つ軍じゃないとどうにもならなくなっている。いくらパワードスーツが装甲車並といってもそもそも数が少ないから、このままでは押し切られてしまう。
ひーこら言いながら後列の部隊となんとか合流するも、今度はパワードスーツ隊援護のために前に出るそうだ。やつらの火力や装甲は見た目ほどじゃないって部隊長が言ってる。
いやいや勘弁してくれ。
弾に当たったら死んじゃうよ。
キャタピラに轢かれたら死んじゃうよ。
あの足に踏み潰されたら死んじゃうよ。
もう寝不足で死んじゃうよ。
そんな俺たちの前に立ちはだかったのは、ミイラやゾンビの軍団だった。思わずなんのキャラクターなのか電脳に聞いたら『ハムハムトラ』のシリーズだって。古代エジプトを舞台にミイラやゾンビが自分達を餌にしようとハムハムしてくるトラと戦う映画でスクラッチ前には10作品も作られたほどの人気シリーズだったんだって。何が面白いんだよそんな映画。
あ、突撃にかかるっぽい。え? 倒したら部品や素材はボーナス代わりに持ってけ?
うおぉぉぉぉぉ! 妻よ子供達よ! 父さん頑張ってくるぞ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あのさ、もう俺たち用は済んだんだからもう逃げても良くね?
“ですが、そんこと言える雰囲気じゃないですよこれ”
だよな。
監禁部屋では複数あるモニターを各々見つめ、沈黙の時が流れた。実際にはほんの数分にも満たない時間だったのだが、その間何をすべきか皆思考していた。もしかしたらオジサンと同じ様な考えの者もいたかもしれない。その空気を破ったのは──
「ねぇオジサン、衛士隊の人達助けに行かなきゃ! なんかどんどん大変なことになってるよ!」
「ん、ん、ん、ん? うん、まぁ、そうなんだが、なんだ、ほら、あれだ、どうやって、助ける? それを今、考えてた」
しどろもどろになるオジサンに皆の注目が集まる。
「なんだ、おっさんのことだから、とっとと逃げる算段でもつけているのかと思ったぞ」
鋭いな、タコ坊主のくせに……
「そんことないよ! だってオジサンは世界の困っている人の為に冒険してるんだもん! ね!」
「ああ! そうさ! もちろんだとも!」
くっそ! そんな設定だったなぁ俺!
ガーヴィレッジで初めてアクタとメシを食べていた時に話の流れで言ってしまった一言を思い出す。
〜回想シーン〜
無線が復活すれば俺たち人間の社会生活はグッと向上する…… はずなんだ」
「へぇ〜、オジサンはじゃあ、世界のために冒険してるんだ!」
「え? あ、ま、まぁ、そういうことになるかな。世界の困ってる人のために旅をしてるんだよオジサンは」
「わぁ、なんか憧れちゃうなぁ……オジサン格好いいなぁ……」
「よ、よせよぉ〜照れるだろぉ」
〜回想終〜
アクタはもちろん、タコ坊主もフェイウーもリシュもなぜかレシドゥオスでさえオジサンの次の一言を待っていた。
ナビ、助けて。
はぁ~、という大袈裟なため息が脳内で聞こえる。なぜ身体も持たない電脳がため息を吐くのか理解に苦しむし、なぜかため息をつくその光景が脳内に色濃く鮮明に映し出される。
“ジャミングをかけているっていう固定砲台をニュートラルに戻してターゲットを機獣に変更。これだけでも戦局はそうとう変わるでしょう”
なるほど。
「リシュ! 固定砲台のターゲットを械獣に変更し、衛士達の援護を!」
「はーい、そんなのスグよ」
それで次は?
“城内のセキュリティロボをかき集めてもらって突撃させましょう”
「それから城内の支配下においたセキュリティロボを突撃させる!」
「はいはい」
そんでそんで?
“オドパッキ様と背後から強襲し挟撃しましょう”
え、もう? なんかこう、出撃しないで済む方法ないの?
“ありません。大丈夫ですよ。あの械獣達は元がセキュリティで本物の兵器じゃないので、装甲は薄いし火力も大したことありませんから”
本当? 絶対? 大丈夫だよね? 痛いのやだよ。
「よおしオド! 出るぞ!」
荒事は苦手なんだがな……と言いつつ、満更でもない様子のタコ坊主。
「俺だって苦手だよ」
「嘘をつけ」
「いや、本当」
「僕も行く!」
部屋の外に向かう二人の後をアクタが追おうとする。
「駄目だ。こっから先は大人の時間だ。子供にはちょーっとばかし刺激が強いからな、アクタはそこで応援しててくれ」
「フェイウー、アクタを頼むぞ」
「任せて。ホラ、こっち」
「むぅ〜」
監禁部屋に残されたのは四人。フェイウーはアクタを優しく抱くように保護し、リシュは作業に没頭していた。
そして一人、モニターを見続けていた男がユラリと立ち上がり、フラフラと外に出ようとする。
「何処へ行くの? 今さら逃げても行く場所なんかこの街にはないわよ」
「僕も出る。ガレージにある緊急用の車両に多少だが武装されている」
釘を刺すフェイウーに振り返ることなく応える城主は、少しずつではあるが背筋が伸びていった。
「あら、どういう風の吹き回し?」
「極刑は嫌だからな。少しでも減刑できるかやってみるさ」
「そう──」
「頑張ってね! レシドゥオスさん!」
なんの曇りもないアクタの呼びかけに、少しだけ振り返ると、そのまま部屋を出て行くレシドゥオスであった。
頑張ってね──か。生まれて初めて言われたような気がするな──
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