砂漠と餓鬼と塵芥28

 雄叫びをあげた小城の城主に対してキラキラと輝くスパンコールのボディコンドレスをなびかせ歩みを進める夜の蝶は、優しく妖しく艶やかな笑みを浮かべる。


「私を家に連れ込んだこと後悔するっていったでしょ。どうレシドゥオス、これで貴方はテロリストの黒幕よ、後悔した?」


「クハハ……死なばもろともというわけか。やってくれる。だが衛士隊やそれ以外も全てを買収してやる。監獄送りは貴様だけだ!」


「買収はもう無理じゃない? これだけの騒ぎだし。それになにも衛士隊が動いたのはリシュの通報だけじゃないわ」


「私がママの指示で通報したのは、身元引受人がテロリストの黒幕ってことと、その証拠に店の壁を調べろということ。あと弊社の外部折衝担当にもちょちょっとね」


「クアドラプル・オーが動いているというのか⁉」


「そういうこと。この国の経済基盤の一角を担う大企業。じゃなきゃタレコミだけでこんな迅速に衛士隊が急襲してくるわけないでしょ」


「だからこの娘には手を出さない方がいいって言ったの。なにしでかすかわからないんだから」


「ママの指示じゃん」


「でも、こんなに城のあちこちからモニターだのデバイスだのソファだの、果てはワインだのお菓子だのをセキュリティロボに持ってこさせろ、なんて指示は出してないわ〜」


「そのせいで長居しちゃったね!」


 オジサンも部屋突入当初から、女子二人が監禁されてるわりにやけにのんびり茶菓子なんぞを摘みながらワインを傾けてるなぁと思っていた。まあその疑問を払拭する前にリシュが “あ、パパこの人と結婚するの! 知り合いだったんだ! なら話が早いね!” なんて言うもんだから、どんどん話が拗れていって今に至るのだが。


「あと、監獄送りは嫌だから、私は何も知らされてなくて、ただ店で働いていた情婦って体だから、よろしくねレシドゥオスさん」


「アホかぁ! 誰がそんな事を言う通りにするか!」


「そうね、嘘か真かはっきりさせるためにブレインハックして電脳の記憶調べられるでしょうね。そうすれば嘘だとバレちゃう。でもそんなことされて大丈夫なの? 色々と黒い噂が絶えないレシドゥオスさん」


 ぐっ! と言葉がつまり息を呑む。


 た、確かに現状ならばテロ準備とはいえ一人で店に武器を隠していた程度ですむが、フェイウーを使って準備していたとなると組織犯罪の疑いがかかるかもしれん。そうなると極刑は免れない…… 馬鹿な! 最初の通報は私の手の者だぞ! なぜテロの準備をしている本人が自爆通報などするのだ! 意味がわからん! なぜ私が冤罪でぶち込まれなければならないのだ! いや、しかし否定してブレインハックされたら──アレも──コレも──公になっていないアノことも──まずい──まずすぎる! 逃げる!? いや、どこに⁉ 今から護衛部隊用意して国外脱出なんぞできんぞ!? クソッ! まさか詰んでいるのか僕は!?


「わかったかしら? 一つ言っておくとテロ等準備罪は極刑かよくて国外追放よ。貴方が隠してるそれ以外の犯した罪は何かしら?」


 もはやフェイウーの一人舞台であった。もしレシドゥオスが冷静になり電脳にでも会話を分析してもらえば穴だらけな論理なのは間違いない。自力で逆境を跳ね除ける経験の一つでもしていれば、対策案のいくつかは浮かんだのだろうが、孤独な城主にもはやそこに知恵を回す精神力は残されていなかった。


「さ、お話はこれくらいにして、衛士さん達のお手伝いでもしましょう。リシュ、外でドンパチやってるセキュリティロボはどうにもならない?」


「あれは自律思考型だからね。接近して直接触れればどうにかなるけど、ちょっと現実的じゃないね」


「レシドゥオスさん、何か方法はあるの? これ以上衛士隊に被害を出すと本当に極刑になっちゃうわ」


 顔面蒼白の青年はおもむろに顔を持ち上げると、なにやら戸惑った様子で口を開く。


「セキュリティロボがドンパチ? 何故だ、セキュリティシステムはもう止めたのだろう?」


「だから有線でリンクのカメラとかセキュリティシステムは止まってるし固定砲台にはジャミングかけた。でも自律思考型のロボットがじゃんじゃん出て来てるの」


 リシュはモニターをクルッと回し敗北を自覚した男の眼前に置く。その映像を凝視してレシドゥオスは目を見開く。


「なんだ、これは…… こんなセキュリティロボ知らないぞ──そもそも侵入者を捕らえる機能くらいはあるが、こんな重武装させるわけないだろう。それこそテロ準備だと思われる」


「え? だってこんな──これって軍用ヘリMH-53ペイブロウじゃん。こんなやつが、変形して……」


「あ! これヤーテさんだ! 潰されちゃう!」


 一目で電脳を介さずヘリの型式を言い当てるリシュの横からを映像を覗き込んでいたアクタが叫ぶ。元米軍ヘリMH-53ペイブロウがロボットスタイルへと空中でトランスフォームし今降り立とうとする、その真下にこの世の不幸という不幸とあらゆる厄日を背負い込んだ男ヤーテが、絶叫しながら変形途中のロボに小銃を乱射している。が、奮闘虚しく男ヤーテは──

 踏み潰されるその直前、一筋の光と共にトランスフォーム中のロボットが爆発し、ヤーテはふっ飛ばされて、踏み潰されるのだけは回避した。どうやらパワードスーツ衛士が撃ち込んだ対戦車ミサイルで難を逃れたようだった。

 

「見ろこっちのモニター。古代エジプトエリアででっかいのが動きだしてるぞ」


 今まで傍観に徹していたタコ坊主が指摘する映像では、アヌビス神を象った巨像が歩行を始めていた。


「こっちはジュラシックアースの恐竜だわ。めっちゃ強そうなんだけど」


 オジサンが他のモニターを指差す。


「レシドゥオスさん、本当に心当たりないの?」


 モニターを見つめたままフェイウーはたずねる。


「あるわけないだろう! あんな巨大ロボット兵器持ってたら、こんな所に隠し持たずに今頃街中で大暴れさせてるわ!」


「なんか納得ね……」 


 納得しつつもあきれた表情になる。この男なら自分の不利を悟った時に本当にやりそうだ。

 


 なぁナビ、レシドゥオスの奴が言ってることが本当なら、これって──


“セキュリティロボの機獣化──ですね”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る