砂漠と餓鬼と塵芥38

 暗闇で不明瞭な視界の中を走る武装バイクは、退避中の衛士達と真逆に更に挨煙の濃霧によって閉ざされた世界へ突入する。ヘッドライトに照らさられる瓦礫を回避しながら四叉路に辿り着くと、目の前には行動を停止している暴君が粉塵の霞の中で屹立していた。


 106ミリが生きてりゃここでぶちかまして話は終わりだってのによ。


“まるでこうなることを予測していたかのようですね”


 四叉路での警戒を見ればあながち偶然でもないだろうな。 



 おい、そこのやつ──活動を停止している竜王の影に目を奪われていると、粉塵まみれで変色した真紅のキューバシャツに砂埃で白髪のようになった青年が近付いてくる。


「お、ボンボン。薄汚れて格好よくなったじゃねえか。今ならフェイウー口説けるぜ」


「うるさい。それより早くこっちに来て手伝え。衛士が一人埋まってる。その車で瓦礫をどけるぞ」


「殊勝じゃねえか。フェイウーに詰められてる時の奴と同一人物とは思えないな」


「早くしろ!」


 煽りを一喝してレシドゥオスは踵を返した。その背中を見ながらオジサンは思う。



 へへ、最初見た時は雑魚オーラ丸だしだったのに、良い面構えになったなアイツ。


“本当に別人ですね。何がここまで変えたのでしょうか?”


 アイツの事はよく知らんがロクでもない奴だっていう話なのにな。やっぱ死刑は勘弁なんじゃね?



 オジサンが向かうとタコ坊主と数人の衛士が手作業で運べるサイズの瓦礫をどかしていた。その中には見覚えのある衛士がいた。ヤーテである。一瞬目が合うがスッと気付かなかったふりをしているのを見て、オジサンは察する。お互い知らない振りをしていた方が波風が立たないであろうと。


 だが声をかける。


「よぉアクタから聞いたぜ、小遣いにならなかったみたいだな! ワリィワリィ」


 ただの嫌がらせだ。

 周りの衛士が何ごとかと二人を見る。

 

「な、なんのことだ! それより早く手伝ってくれ!」


 イェッヘッヘッ、といやらしい笑いをしながらロープを取り出し瓦礫にかけていく。106ミリ無反動砲を搭載した際に換装したエンジンは小型であるにも関わらず、濁ったオイルでも60トンの戦車を引っ張る馬力をだす悪食だ。パワードスーツを挟んでいる重量級の瓦礫であったが、この悪食エンジンのパワーの前ではなんの障害にもならかった。

 中の衛士は気絶こそしていたが軽傷で、タコ坊主にスーツから引っ張り出され数人の衛士によって運ばれて行った。オジサンはバイクからおりロープをほどきながら何かに気付きヤーテに声をかける


「ん? なぁ賄賂さん」


 その呼びかけに高速移動術 “縮地” を発動させたかと思えるほど一瞬の間に、額が付く距離までヤーテは顔を近づけていた。


「おっさん、なんか恨みでもあるの? ねぇ、バレたらお互いヤバいってわかってるでしょ? ねぇ、なんでそんな危ないことするの? ねぇ?」


「大丈夫だって、もう周りには知ってるやつしかいねぇって。ビビってんじゃねえよ」


「レシドゥオスは知らないだろ? なぁ、ワザとやってのんおっさん? ん?」


「あ、そうか。そんなことは置いといてさ、そのパワードスーツまだ動けるっしょ。操縦できる?」


「む? まぁ衛士隊の電脳があるからな、頼れば出来んこともないが……」


「そいつの武装なかなか強力そうじゃねえか。いっちょアイツにぶちかましてやろうぜ」


“ベルト給弾式のグレネードランチャーですね。Mk.19に似ていますがおそらくパワードスーツ携行式にした改修品でしょう”


「はっ? あの恐竜にか!? 馬鹿言うな! 倒しきれなくて目覚めて暴れられたらもう終わりだぞ!」


「まあ、聞けや」


「聞かん! お前の話は絶対に聞かん!」


 ボソッと。わざとらしく、そしてわざと聞こえるか聞こえないか、いやそれでも必ず男に聞こえる程度のギリギリの小さな小さな小声で呟く。英雄──と。


「⁉」


「英雄って──憧れるよな──」


“あ、また始まった”


 おさまりかける粉塵の濃霧の中、見えるわけのない星空を眺める仕草で語り部は天を仰ぐ。


「な、なにを……」


 語り部は衛士に視線を向ける。


「男なら誰しも一度は英雄になりたいよな。そうは思わないか?」


 視線を逸らす衛士に一歩あゆみ寄り、耳元で囁く。


「聞かん! 絶対に聞かん!」


 言葉は拒否を。しかしその聴覚は男の意志に反して音を拾う。


「でもな、そんなチャンス一生に一度あるかないかだよなぁ……」


 語り部の言霊は強制的に鼓膜震わす。


「あるよ、いつだってあるよ!」


 失態。言葉に言葉を返す失態。


「その英雄になれる貴重で得難い千載一遇の一度が巡ってきた幸運な男がいるなんて。しかもこんな大舞台で──羨ましいな……」


 その失態を語り部は捉えて離さない。口調は途端に仰々しく演技じみた調べへと変化していく。


「う、羨ましい……だと?」


「だが、みんな聞いてくれ。その世界で一番幸運な男は自らそのチャンスを足蹴にしようとしている。俺が代わりになりたいくらいなのに! 俺が英雄になりたいってのに! 俺では悲しきかなその資格がない(操縦法がわからないだけ)── 哀れなるこの幸運な男はお前にしか掴むことのできない星を見捨てようとしているんだ!」


 空虚に口を開いたままのタコ坊主とレシドゥオスの二人を予告なく己の舞台へとあげる語り部は、狂言回しか道化師か──まるで独裁者の演説の如く力強く語り、再び衛士へと向き直ると、トーンと熱を最低レベルに落とし、迷える子羊の琴線に触れるよう、静かに口を開く。


「──それが、許される行為だろうか」


 いつの間にか、語り部は背後に回り肩に手をかけていた。


「許される! 許されるよ! もう俺は充分頑張ったんだよ!」


 わけの分からない語りに即答する男は──もはや墜ちている。即答はただの悪足掻き──


「なら、君には英雄の称号を得る資格がある。いや、英雄にならねばならないんだ──それだけ頑張ったんだろう?」


「そうさ……俺はここまで頑張って来たんだ。三ヶ月500チェップで弁当も持たされずに。仕方ないさ、妻は四人の子供の育児で忙しいんだ。両親も義両親もいて交代で育児してるけどそれでも四人は大変なんだ。家計はキツキツだよ。あれ、でもこの前俺抜きでみんな出掛けてたな。そう言えば見慣れないバッグとか服とか……」


「もういい──もういいんだ。君は今日から──生まれ変わるんだ」


 背中を優しく押すと男はマリオネットのように、ギクシャクした足で強化外骨格の前へと一歩一歩距離を縮めていく。そして、顔をあげると──穏やかな笑みをたたえたオジサンがいた。


「おめでとう英雄」


 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇


「なぁ、お前やっぱり詐欺師だろ」


 これ以上ないくらいの訝しげな視線のタコ坊主。


「詐欺師だったらこんな最前線こねえでもっと割の良い稼ぎしてるわ!」


「戦場の詐欺師か。格好良いではないか、女にモテるぞ」


「シャラップ!」


 レシドゥオスもまた己のやってきたことを棚上げしてオジサンに先程煽られた仕返しをするのだった。

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