砂漠と餓鬼と塵芥37

 やっばいなぁ、ホントヤバい。どうするよ。最高火力もがれちゃったよ。ホント打つ手無しになってないかこれ。


“とりあえずティラノが動きを止めている隙に瓦礫に埋もれてる人を助けに行きましょう。あの一撃は自身にとっても負担が相当なもののようですからしばらく動かないでしょう”


 そら、あんなの連発されてたら、この世界とっくに終わってるわ。


“受電設備と直結してたら可能でしょうけど”


 だからそういうフラグになりそうなこと言うなって。ってかティラノ動き止めてる? ほんと? 全然様子わからないけど。


“あれほどの膨大なエネルギーを一度に放ったのですから、すぐに動けるほうがありえません”




 大通りも横道も路地も瓦礫に埋まる。そして今は深夜。例え夜間工事用の150ルクス以上の照明があったとしても、伸ばした先の手すら見えないほどの粉塵と埃煙に包まれた不可視な世界が広がっていた。

 ティラノ械獣は動きを止めている。まるでうたた寝でもするかのように。この隙に攻撃できればそれに越したことはないのだが、衛士隊はそれどころではない。ハリウッドを模した街の20メートルほどの建築物がちょうど半分くらいの高さで切断されずり落ちて来たのだからたまらない。パワードスーツ隊といえど巨大な瓦礫に埋もれたらただでは済まない。あるものはメイン通りに、あるものは建物内に、あるものは乗っていた車をスーツを捨てて逃げ出していた。



「なんだ、瓦礫に挟まれなかったか。残念だ」


「その変わり僕の武装トラックが犠牲になったけどね」


「一緒に潰されてろ」


「残念ながら瓦礫に塞がれて動けないだけで車体は無事だ」


 瓦礫が散らばる大通りで憎まれ口を叩き合う二人と、おーい誰か手伝ってくれ──と声をかける者がいた。どうやら助けを求める衛士がハンドライトを振っている。

 濁りきった濃霧の世界を生き残っている僅かな街灯の明かりを頼りに手探りで向かう途中、タコ坊主の足の触手に誰かが落としたであろうハンドライトが当たる。まだ生きていた。

 どうにか辿り着くと数人の衛士が瓦礫を持ち上げようとしている。どうやら挟まれて身動きがとれないパワードスーツの衛士を助けようとしているらしい。中は無事なようだ。

 問答一つ挟む間もなくタコ坊主は重さも形状も全く判明しないブロックに触手をかける。レシドゥオスもまた同様に。しかし掛け声と共に全力を出すがビクともしない。


「誰か他のスーツ隊の奴らを呼んできてくれ」


 何名かの衛士が動く。 


「僕も行ってくる、ハンドライトを貸せ」


 隣で踏ん張るタコ坊主はわずかに逡巡したが、ソラッとレシドゥオスにハンドライトを渡した。


「そのまま逃げても、誰も文句は言わねえぜ」


 煽る言葉に、ふん──と鼻を一息鳴らすとボンボンは粉塵の濃霧に消えて行くのだった。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



「なんなのよあの恐竜モドキは…… セキュリティだかアトラクションだか知らないけど武装が過剰すぎでしょ!」


「メイン通りのカメラが大半やられたみたいね。様子がほとんどわからなくなってる……」


 フェイウーが数あるモニターを見ながらチャンネルを変えていくがどれも黒い画面が映るだけだった。


「ねぇママ、あっちのモニターは?」


「見てみるわ」


 部屋の隅にあるモニターの様子を見ようとフェイウーがアクタから手を離す──


 二人に気づかれぬよう、ウサギやリスのような小動物を思わせる素早い走りで部屋を出て行ってしまった。

 それに気付いたのはほんの数十秒後、城内のモニターに走り去るアクタの姿が映った時だった。


 

「アクタちゃん!」


 映像を見た瞬間叫び顔に手をあて天井を仰ぐフェイウー。


「あっちゃー、あの子自分が行ってどうする気なの。まあ気持ちはわかるけどさ」


「そうね、心配で仕方なかったみたいだし──私と話してるときも必死で気にしないようにしてた。いい子だわ」


 そう言いながらしゃがみこむ女主人の足元にはタコ坊主が突入時に渡してきたカバンがあった。そしてすくっと立ち上がると、お仕事用のピンヒールから荒い紐で縛り上げるコンバットブーツへと履き替わっていた。


 追いかけるわ──白金ロングのワンレングスヘアーと白銀スパンコールドレスの胸元を無造作に掴むと、一気にそれを剥ぎ取り投げ捨てた。


「大丈夫?」


「まだ心配されるほど衰えてないわ。それにこのままじゃオド達危ないし」


 フェイウーの姿は白金ロングのウィッグの下に漆黒のベリーショート。スパンコールドレスの下にブラックレザーのフロントジッパーベアトップで締まったくびれを大きく露出し、ボトムもブラックレザーのホットパンツスタイルへと変身を遂げていた。


「久しぶりに見るわ、ハンターバージョンのママ」


 カバンの中から自動拳銃クーナン357マグナムを出してチャンバーチェックしレッグホルスターに。コンバットナイフはサイド、いくつかの手榴弾を身に着けると──行くわ、と一言残し走り去る。

 その夜の蝶という名の殻を棄てた女の母性溢れる地母神のような目は、獲物を狩るジャッカルのような鋭い目付きへと変貌しているのだった。

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