がっぺむかつく
今日のディナーは魚と決めていた。
とは言っても、オアシスで採れるからもちろん淡水魚なんだろうけど、美味しいのだろうか?味にいまいち不安だが、ここのところ油っこいものばかり食べているので、偶には魚が食べたい。
そして臨時収入があったから、お酒も飲んじゃおう。さっきビール飲んだじゃん?ビールは水なんですよ。
そんな事を思いつつ、先日徘徊している時にチェックしていた料理屋に訪問する。根拠はないが俺のグルメセンサーが此処は大丈夫だと訴えている。
アスファルトの隔壁を利用した壁に建造されたバラック小屋は、細長くカウンターのみ。8人程度は座れそうだ。カウンターは剥き出しの鋼材そのまま。椅子も鋼材が積んであるだけだ。奥に生簀がある。おそらくオアシスで獲れた魚の泥抜き用だろう。錫乃介が店内に入ると、鼻を突く刺激的な芳香がしてきた。
店名は『不言色』“言わぬ色”か、洒落た名前しやがって。
外までするアニスの微かな香り、アブサンかペルノだな。これはいよいよ俺好みの“当たり”だな。
アブサンやペルノはニガヨモギとアニスの、その強烈な激臭に顔を顰める人も多いが、一回癖になると病みつきになるお酒だ。特に芸術家に愛された事で有名である。
錫乃介はもちろん芸術家などではないが、このお酒が大好きであった。
「サーセン、1人なんすけど、いいっすか?」
店内に入ると、カウンターには2人。両者とも離れて座っているので別組だったのだろうが、今は談笑している。若目の黒髪短髪の男と、白髪混じりの太ったおじさんだ。
“どうぞこちらへ”と言ってカウンターの真ん中に案内される。
店主であろうスタッフは、この街にはそぐわない上品なオールバックの男だ。焦茶の髪に黒シャツ黒エプロンをした、独特な雰囲気を持っている。
談笑をしていた男達の声が少し止み、年配の方がチラリとこちらを見た後、再び会話に戻る。
「何飲まれますか?」
「この香り、アブサンかペルノあるんですか?」
「はい、アブサンございますよ」
「おーし!じゃソーダで」
「かしこまりました。」
スッと出されたグラスには氷は入っておらず、中身は黄色く濁り、シュワシュワと発泡する香りが存在感をアピールしていた。
初めて飲んだ時はクッソ不味くてクッサイ酒にしか感じなかったのに、何でこんな好きになってんだろ?不思議だわ。と思いつつグッと煽る。
美味い。ロートレックもゴッホもその作品は好きだが、愛した酒が一緒とは親近感を感じる。
と、勝手に自己陶酔に入っていると、“お料理はいかがなさいますか?”と声をかけられる。
「えーと、魚が食べたいんですが、なんか白身でボリュームある感じで、グリルかローストを」
「かしこまりました。魚を捌きますので少々お時間を」
と言って生簀に手を突っ込み、ワシ掴みで取り出した40cm程のオオナマズはビクンビクンしようとしているが、それを何の事でも無い用に抑え付け、中華包丁の様な大きいミートチョッパーで一太刀の下に頭を叩き切る。ハラワタをチャッと取り出し、身をバツンバツンと輪切りにして、水で洗う。
その手付きに一切の迷いは無く、誰が見ても一目でプロとわかるものだった。
きたぁ、やっぱり当たりよこの店。拘りに拘ってるな。注文受けてから捌くなんて普通は面倒臭くてやんねーもんな。
それを見ながら、今日の事を振り返る。
3人の受付嬢はどうやら、俺の取り合いをしているようだ。嬉すぃが、3人の仲を割くわけには…馬鹿ちげーよ!
“変な妄想してないで、これからの事を考えましょう”
わーってるよ!ちょっとくらい、いいじゃねーか、おっさんの楽しみなんだから。
命懸けとは言えハンターはいい稼ぎになるな。1日でドンキーホーム5日分以上稼げた。情報料も含めたらもっとだ。ドンキーの仕事も悪くないが、この収入はおいしい。何より生活に余裕ができる。
“ですが、錫乃介様の今の体力では長続きしませんよ?歳も歳ですし”
年齢を言い訳にしたくはないが、認めなければならない事実だな。
“鍛え直しましょう。かの有名なコメディアンも、「年齢を言い訳に行動しない奴は駄目だ!」って言ってますし”
ああpppの時ね。あん時だけはマジ顔だったな、あの人。
よし、明日からトレーニングするか!
“それでしたら、私が綿密なトレーニングのプログラムを組みますよ”
お、頼めるかい。
“覚悟しておいて下さい”というナビの言葉を、錫乃介は聞き逃してしまった。目の前に料理が提供されたからだ。
「『オアシスオオナマズの香草詰めロースト、ワイルドエシャロットのガロニとレモンクリームソース』です。フランベにはアブサンを」
といって、大皿に丸太切りにされた、ぶつ切りの身の周りにアブサンを垂らし、店主が皿の近くで指パッチンをしたら火がついた。
「うっうぉい!なんじゃこの演出!ちょっと俺みたいなショボいオッサン1人にやり過ぎちゃいますか?」
「ファーストドリンクがアブサンでしたからね。このお客様は一癖も二癖も、いえいえ一筋縄ではいかない、いえいえ、個性的な方とお見受け致しましたので」
「おーい、コラコラ」
軽く受け流してあげる。わざわざ2回も言い直しているところに、意図的な客との距離の踏み込みを感じさせる。料理だけでは無く、接客もプロか…。
「では、早速」
「ごゆっくり」
ナイフとフォークはスッと抵抗も無く身に入っていく。
うんめぇ! 泥臭さは全く無く、腹に詰められたディルとタイムの香りと、アブサンがフランベされた事で残った爽やかな香りが合わさって、食欲を唆る。軽く粉をはたいて焼き上げたのだろう、身は脂がしっかりのっており、白身でタンパクそうに見えながら、パンチのある味わいだ。付け合わせのエシャロットとレモンクリームが、脂を中和させ旨味だけを残してくれる。
アブサンを飲み干し、白ワインの辛目でシトラス、青リンゴ系のやつをボトルで注文。ガブリガブリと飲んではいるが、ナマズとのマリアージュは最高だ。
フォカッチャがあるそうなので、更に追加注文。
皿に残るソースを全て綺麗に拭いさったらご馳走様。
「かーーー!美味かった‼︎」
「ありがとうございます。一心不乱に召し上がってましたね。作り手として最高の賛辞をいただきました」
「キザだね〜マスター。こちらも最高だったよ。また来るね!」
「お待ちしてます」
ドリンクと料理で80cか〜、今の俺には贅沢だが、クオリティを考えたら安過ぎるな〜。この料理を定期的に食べる為にも、稼がなきゃな!
新たな決意を胸に、いつも通りサウナへ行って、ゲルで就寝した。この日は幸せそうな寝顔だった。
明日からは地獄すらも生温い、『ナビ監修肉体改造集中トレーニング』が始まるとも知らずに。
残金1,793c
錫乃介がお店を出た後のことである。
「今の彼凄いね。言葉はアホっぽかったけど、あの巨大な魚を1人で平らげちまったよ」
「誰か連れの女性でも待ち合わせていたのかと思いましたよね」
「な」
そんな会話を、錫乃介が入る前から居た客がしていた。
「マスター彼は良く来るのかい?」
「いえ、初めてですよ。でも、料理にはかなり拘りがありそうな人ですね」
年配の客がマスターに聞くと。若い客の方がマスターに問いかける。
「さっきのお客さんが飲んでいたアブサンってこっちまで匂いしてたけど、ちょっと味見させてもらえます?」
「いいですよ。どうぞ、サービスしますので、一息で飲んでくださいね」
その言葉に年配の客が、あっと口を開きそうになるが、マスターが口に指を軽く当てる仕草に、言葉を発するのをやめる。
出されたショットグラスには9分目くらいアブサンが入っている。先程の客が飲んでいたのは黄色く濁っていたのに、透明だった。
「こんなに入れてくれて、ありがとうございます。原液は透明なんですね」
「はい、水と合わさると黄色くなる、不思議なお酒なんです」
“じゃあいただきます”と言って、マスターに言われた通り若い客は一気した。
直後
「ヴォエェェェッ‼︎」
若い客は盛大に吐き出した。
それを見ていた年配の客は結果がわかっていたのに、大爆笑していた。
マスターも“お客様、店を汚さないで下さい”と言いつつも笑いを堪えていた。
また1人アブサンの洗礼を受けた男がこの夜生まれたのであった。
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