An Officer and a Gentleman

 “キショーーーーー‼︎”


 「おぅえゃぁ!なんだぁ⁉︎」


 脳内に盛大に響くナビの声と共に、身体中に電気ショックの様な物が打たれる。



 “朝です。2分で支度して下さい”


 馬鹿言うな!


 と言った瞬間にまた全身にショックがくる。


 「ぼぇっ!」


 “パズーは40秒でしたよ"


 ちょっ、俺には拐われたシータがいないんだけど。



 軽口を返しながら支度を済ます。



 “それでは、朝のトレーニングを開始します。まずはエシャロットの群生地までランニング後100個採取して街に戻る。タイムリミットは6:00です』


 朝のトレーニングって、え、いま5:00…



 と言った瞬間に全身ショック。



 “トレーニング中に教官に対する口答えは一切認めません”


 わ、わかりました、教官。


 そしてまた全身ショック。


 「がげぇっ!」


 な、なんで…


 “わかりましたではなく、“了解”です。懲罰を受けたら、ありがとうございます。でしよう?”


 りょ、了解です。ありがとうございます教官。


 ”です、はいりません。それでは行きますよ。駆け足!”



 訳もわからず、いや、そろそろ気づき始めたが、昨夜の夕飯時にナビがプログラムを組むって言ってたな。

 確かに“頼む”とは言ったがなー。



 ぶちぶち思いながら、キャンバスバッグを持ってゲルを出る。



 “ゲオルグさんに預けている荷物とM110も引き取りますよ”


 了解、教官!

 え〜〜マジですか。荷物引き取るって持ってくって事じゃん!

 

 「爺さん!朝早くすまん!」



 と言って、“なんじゃなんじゃ”と言ってるゲオルグを叩き起こし、荷物を半ば奪うように受け取り、駆け足を始める。

 


 教官殿!これは些か唐突ではありませぬか⁉︎


 「にゅげぇ!」



 やはり全身ショックだった。



 “いいですか、敵は、非常事態は、いつ何時来るかわかりません。その想定も加味した訓練です”


 了解、ありがとうございます。

 あかん、コイツマジや。

 


 諦めて駆け足する事に専念する。いつもは30〜40分はかかるワイルドエシャロットの、産地に15分程で着いた。

 既に5:20。

 一息もつけず、エシャロットを収穫するため、荷物を降ろそうとしたところで全身ショック。



 「ギョウン!」



 “荷物は背負ったまま作業してください。降ろすのは収穫物を入れる時だけです”


 了解!ありがとうございます!

 クッソ!もうヤケクソじゃ!


 どうにか収穫を終え、群生地を飛び出したのが、5:45


 あかん、ギリギリだ。遅れたら、どんだけ全身ショックを受けるか…



 来た時よりも早いスピードで駆ける。荷物は銃器合わせて20キロはある。

 きつい。



 5:58街に到着



 ま、間に合った〜、と足を緩めた途端に、全身ショック。


 「ハピッ!」

  

 “まだ朝のトレーニング終わりとは言っていません。そのままオアシスを一周します。8:30と言いたいところですが、今日は初日のため、8:35まで伸ばしてあげます”


 了解!ありがとうございます!

 

 先に言え!ってか5分だけかよ。と、言いたい言葉を錫乃介はグッと飲んだ。


 教官!質問があります!


 “発言を許します。但し少しでも否定的な言葉の場合は、わかってますね?”


 大丈夫であります!あの、オアシスはざっと見た感じで、どのくらいの広さでしたでしょうか?


 “面積はおよそ5平方km。周囲長8km。これは、北海道の倶多楽湖(くったらこ)とほぼ同じですね”


 くったらこ?思い浮かぶのは、女騎士とオークですが。


 “それは『くッコロ』です”


 教官どの!“くったらこ”とはどのような湖でしょうか!


 “お見せしましょう”



 と言って出された画像は実に風光明媚な湖であった。



 “支笏洞爺国立公園の一部であった倶多楽湖は活火山の上にあるカルデラ湖で透明度が高く、日本では摩周湖に次いで2位の水質を誇り綺麗な円形をした美しい湖でした”


 ほっほー、これは美しいですね教官!


 と、余裕そうな感想を述べるが、既に顔は生気が失われている。



 大体周囲長8キロって結構あるよね。そもそもオアシスまでが遠いし。ってことは8:35まであと2時間半、何も背負って無ければまだ大丈夫だが、こちとら20キロ持ってますからねぇ。とはナビに言えないのであった。



 “そうですね。それではこのまま頑張って走って下さい”


 俺、今日で終わりかも。


 昨日に次いでそう思うのであった。




 そして、8:32ゲル到着

 

 “3分前に着くとは、やるじゃないですか。では10分休憩後、ハンターユニオンへ向かいますよ。荷物はもちろん持ったままです”


 りょ、りょ、うか、い。



 錫乃介はもう半死半生だ。



 “この早朝トレーニングは基礎トレとして、毎日やりますよ”


 り、りり、りょう、か、か、い。



 このランニング、普段の錫乃介だったら当然こなせなかっただろうが、意識を失いそうになると、全身ショック。足が止まりそうになると、補正を受けて無理矢理身体を動かされた。気絶することさえ許されなかった。



 水をガブのみし、ゲルの前で人目も憚らず倒れていたが、すぐに10分が経過した。

 全身ショックで喝を入れられ、ハンターユニオンに向かう。

 ユニオンではいつもの挨拶もできず、手を軽くあげるのが精一杯であった。



 「おはようござ、い、ます?どうしたんですか?錫乃介さん」


 エミリンに聞かれるが、“ハハッ”と力無い笑いを返すだけに終わった。

 リクエストカウンターで、ロビタにエシャロットを納品し、50cを受け取る。


 「錫乃介様、ずいぶん早い納品ですが、これは昨夜収穫しておいたのですか?」

 「いや、さっき」

 「日の出と共に行かれたんですか、精が出ますね」

 「ああ、命も出ていきそうだ」

 「ご冗談を」



 軽く受け流され、仕方無くリクエスト壁を見る。多く貼られた依頼に出来そうな物は、


 

 ランドマインアント 駆除1体50c

 (地雷機能生きたままなら200c)



 だけだったので、これを受理してもらう。



 「ロビタこれを宜しく」


 受付ロボの名前はロビタでは無いのだが、勝手に命名してしまう。


 「かしこまりました。はい、受理しました。それから錫乃介様、私はロビタではなく、ロボオです。宜しくお願いします」



 たいして変わらないじゃ無いかと思いつつ“宜しく”と返す。



 “それでは朝食にします。朝食は屋台市場にあった朝粥の店に行って下さい”



 了解、と返してユニオンを出る。相変わらずの受付には“じゃあ”と力無く挨拶して屋台市場に行く。

 屋台市場は朝から深夜まで、どこかしらの店は空いている。眠らない街とも言える。

 朝粥のお店は既に客が数名おり、中々の繁盛ぶりだ。

 『朝粥 鳥と共に去りぬ』はインディカ米を鶏ガラスープで煮込んだトロトロの粥に、ホロホロの鶏肉が沢山入っているのが人気を博している。これに肉醤をかけて食べる。

 


 “大盛りを注文してください”



 疲れてヘトヘトで食欲なんぞ無いが、食べないとこれからどれだけ大変なのか想像も付かないので、無理矢理流し込む。ここは普通盛りでもラーメン丼くらいのサイズなのだが、大盛りは鍋みたいな入れ物で出てきた。

 ここは屋台なので、ドラム缶をテーブルに立ち食いをする。鶏ガラスープに生姜が効いていて身体に染みる。それにしても量が多いが、流し込めるので食欲が無くても食べられる。

 ものの数分で食べ終わったが、もう1日終わった感じだ。このまま寝たい。

 まだ9:00だが。



 朝粥大盛り8c


 残金1,785c



 “では、9:45まで休憩とします”


 へ?いいの?


 “これからリクエスト達成の為には体力を回復させないといけませんからね。それにランドマインアント駆除とトレーニング用の道具を買い揃え無ければなりません。マーケットは10:00からですので。トレーニングしたければ続行します”


 休憩しまーーす!



 速攻でゲルに戻って荷物を降ろそうとする前にナビに聞く。



 教官どの!荷物は降ろしてよろしいでしょうか?


 “許可します”

 


 速攻で荷物を降ろして、またもや大の字に倒れる。



 “まだまだこれはオードブルですよ、錫乃介様”


 意識が落ちる前、ナビに姿は無いのに悪魔もゾッとするような笑みが見えたのは、錫乃介の幻覚だったのだろうか?


 

 そして9:45


 全身ショックで起こされる。


 「フニャッ!」


 “40秒で支度しな!”


 あ、ドーラだ。やって見たかったのかな?



 着の身着の儘だったので荷物を背負うだけで済むので、10秒で終わる。

 特に指示されて無いのに、ピシッと直立不動で、次の指示を待つ。



 “それでは、ハンターマーケットにいきましょう。買い物リストです”



 軍用背嚢 迷彩服 水筒 携帯シャベル メディカルキット 7.62x51mm NATO弾 9x19mmパラベラム弾 スラッグ弾 雨具 金属探知機 クライミングロープ 携帯食



 教官どの!弾薬はまだまだ沢山あるかと思われます。


 “この弾薬は使用する為ではありません。重りですから”


 きょ、きょう、かんどの…


 “ウージーとショットガンは預けていきましょう。装備はシグザウエルとM110で行きます。全ての買い物を済ましたら、一旦ゲルに戻り迷彩服に着替えたら、すぐ出発です。出発時間は11:00。遅れないで下さいね”


 了解!



 全力で叫びたい気持ちを押し殺し、ハンターマーケットへ飛び出して行く。

 あれやこれやと買付ける。ゴダイゴ銃砲店でも弾薬を購入。店主に“最近どうだい”世間話をされそうになったが、“ぼちぼち”と一言だけ呟いて、その場を駆け足で過ぎ去る。その姿をテツローはポカンと見送った。



 残金850c



 10:57ゲルに戻り、着替えを済ましたら丁度11:00。一息付く間もなく、ゲルを飛び出す。

 駆け足で街を出て、ランドマインアントの蟻塚が出来たと言われる、西に2時間程進んだところにある丘へ向かう。流石に距離があるので走らされはしなかった。

 ウージーとショットガンを置いてきたとは言え、荷物の総重量は30キロを超える。更に照りつける太陽は錫乃介の体力をガンガン奪う。

 1時間程進んだところにあった廃墟のビルで、水分補給をする。と言っても休憩では無いので、荷物を背負って立ったままである。

 水もガブガブ飲むことは許されず、口を濯ぐのに毛が生えた程度だ。

 更にそこから1時間進み目的の丘にたどり着いた時には足が小鹿のようだった。この後帰らなければならない事を、考えただけでも絶望感に打ちひしがられる。



 丘には縦長の岩が無数にある不思議な場所だった。3メート以上もある岩や、腰ほどしか無い岩が乱立しているその姿は正に奇岩群と呼べ、チェスの駒を無造作に立てている様だ。



 きょ、きょうかん、どの、ここが目的地でありますか?


 “そうです。しかし、この光景はオーストラリアの『ピナクルズ砂漠』によく似ています。世界にもいくつもあった景色ではありませんでしたから。もしかしたらそうなのかもしれませんが”


 ぴ、ぴなくるず?


 “こちらです”


 お、また脳内に映像が。今日は走り回って世界遺産を観光してる気分だな。

 それにしても、今いる場所と映像のピナクルズそっくりだな。



 “景色に眼を奪われ過ぎてはいけません。金属探知機を用意して下さい”


 了解!


 “ここからは移動する前に金属探知機で安全を確認して下さい。ランドマインアントは対戦車地雷の機獣である特性上、人間が踏んだだけではそう簡単に爆発はしませんが、しない訳ではありません”


 りょ、了解!


 こっわ!地雷があるだけでも怖いのに、彷徨いてるなんて、おっそろしい。


 “あちらの岩場の陰で栄養補給をしておきます。携帯食と水分をとっておいて下さい”


 了解!



 ピッピッなる金属探知機で足元を確認しながら進む。まだこの辺りには蟻ん子はいない様だが、どこで潜んでいるか想像も付かない。そういえば蟻塚があるそうだか…あれか?一際でかい岩があるが…



 岩場の陰で携帯食を口にし水分の補給をする。15分休息をとり、再び岩場を進もうとすると、



 “錫乃介様、背嚢はここに置いて行きましょう。重量を軽くし、少しでもセンサーに感じにくくしましょう”


 了解‼︎

 

 この言葉に心の中で小躍りして喜ぶ錫乃介は早速背嚢を下ろす。

 装備は拳銃シグザウエル、マチェット、それに金属探知機だけだ。



 “あの1番大きい岩が怪しいですね。蟻塚かもしれません”


 岩は周りの倍くらい高く、5〜6メートルはあるだろう。

 金属探知機をかざしながら、一際大きい岩を目指す。近寄っていくと岩の周囲を蠢くものが視認できた。ランドマインアントだ。

 頭部と胴は蟻だが、胸部がお掃除ロボのルンバの様な形をしている。あれが地雷なのだろう。

 と、その時探知機の音が変わった。

 緊張感が一気に増したが、冷静になる事を心がける。



 “こちらが動かなければ、いきなり爆発する事はありません。ランドマインアントの爆発力は間違いなく危険ですが、向こうから攻撃してくる事もまず無い平和的な機獣です”



 地雷が平和的とはこれ以上無い皮肉ですね、教官。



 “わかりましたか?地面から出てきた所を狙って頭をマチェットで叩き切って下さい。

 間違っても胸部に衝撃を与えてはいけませんよ”


 教官!それはフリでしょうか?ダチョウ的な?


 “命をかけてギャグに走りたいのであればお止めはしませんよ”


 観客がいないので、今回は遠慮しておきます‼︎

 


 アホな事を言っていると、地面からモゾモゾ蟻が出てきた。近くで見るとでかい。柴犬くらいはありそうだ。



 “さぁ、今です”


 了解!恨みは無いが、あらよっと!


 振り下ろしたマチェットは一撃で蟻の頭を叩き割る。ビクビク震えながら体液を流し、束の間で動きを止める。



 “はいもう大丈夫です。これで車で踏みつけでもしない限り爆発はしません。では胴と脚を切って、1体目の収穫です”



 おお、これなら地雷機能が生きたままってやつですね、教官。



 “そうです。これで1体200cです。今日は5体を目標にしましょう。あまり狩っても荷物が重くなりますからね”



 なんか、ナビがウィンクした感じがする。


 これに浮かれず、慎重に探知機をかざし、蟻を見つけては頭を叩き割る。



 5体目を狩ったところで、ナビが荷物の所に戻る様指示をした。



 了解!


 荷物置場の岩に戻り、背嚢にランドマインの地雷を詰めるが、これが1体3キロくらいあるので5体で15キロ。荷物の量は携帯食や水が減ったとはいえ、大して軽くなったわけでは無い。

 地雷込みでフル装備45キロはある荷物を持って、足を引き摺る様に街へと帰る錫乃介であった。

 流石にナビもここからは尻を叩く事は無かったが、気絶しそうになったら、全身ショックを与えていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る