馬糞の味わい

 

 ジャノピーがメンテ中は狩りに行く事ができないので、日がな一日やはり暇そうにしてる店主と、雨が降ったら将棋や囲碁をさし、晴れてる時は街の中心部を流れる川で釣りをしていた。

 将棋や囲碁は結局はお互いの電脳勝負になってつまらなくなったので、将棋は小壺に入れた駒を鷲掴みしてとれた駒だけを使う、囲碁は三度に一度はサイコロを振ったり、数字を書いたカードを引いて出た目のとこにしか打てないルールにして夕飯を賭けたりしたら大いに盛り上がった。

 宿の炊事場では釣ったアロワナのような魚を錫乃介が捌いている傍ら、店主は米を炊き茶の準備をするという日もあり、穏やかな日が続いた。


 そんなある日二人は釣りをしていた。といっても隣り合ってしているわけではなく、お互いおもいおもいのポイントで糸を垂らしていた。

 錫乃介はナビに脳内音楽を流してもらいながらのほほんとしていると、隣に店主がやってきた。

 

 「バイクのメンテが終わったそうですよ」


 川べりの手頃な岩に腰かけ、錫乃介に報告をしつつキセルを手にしている。外出する時は普通サイズのキセルらしい。



 「お、そうか。じゃあ今日で休暇も終わりだな。明日からまた機獣狩りだ」


 「錫さんはサンドスチームに用があるそうですが、あと2〜3ヶ月もすればこの街に来ますよ。そう急がずとも良いのでは?」


 「俺が1,000万の連帯保証人なのは耳に入ってるでしょ。そんなもん背負ったままだと心の底からのんびりできないんだよ。こうして釣りしてる間もさ。ま、小心者なんだよ」


 「断じて小心者ではないと思います」


 「そうか? 今までバタバタしてたせいで、もう保証人なんていいんじゃねえ? くらい思ってたのは事実だけど。でも、ここ数日のんびりする時間が出来ると、どうにも頭をチラついてかなわないんだよ」


 「ええ、わかります。僕もいいかげん釣りなんかしてないで宿を建て直さなきゃいけないのに、面倒で後回しにしちゃって……」


 「お前は早く建て直せ」


 「そうするとしばらく泊まれなくなりますよ」


 「それは困るからやっぱ後回しにしてていいわ。さてそれじゃジャノピー引き取りに行ってきますかね」


 「いってらっしゃい」


 残金954c




 ジャノピーを引き取ると、次の日から雑魚機獣狩りに再び励んだ。

 早朝から狩っては昼に戻り換金して休憩し、また狩りに出て日が沈む前には戻って換金、夕食、風呂、お茶、というサイクルが出来上がっていた。驚くべきことに、この間錫乃介は一滴も酒を飲まずに節約に徹していた。やる時はやる男なのだ。



 ある日


 “お酒飲まないんですか?”


 今飲んだら負けな気がしてさ。


 “ありますよねそういうの”

 

 「錫さん、良い老酒が入りましたよ。どうです? モクズガニの紹興酒漬けも一緒です」


 「飲みます! 食べます! いや〜うめぇなぁ! フギ君、君っていい奴だなぁ」


 “……”


 「あ、食べましたね。20cいただきます」


 「……」


 

 そんなアクシデントもありながら、失った生活物資や銃器を買い揃えていく。



 毎度思うがこの世界はコンビニの傘より手軽に小銃売ってるな。新しく何買えばいいかな?


 “今までの傾向からスナイパーライフルはもう必要ないでしょう。対人よりも対機獣で口径は7.62、小回りきいて耐久性も汎用性も高くて、砂漠でもジャングルでも使える程丈夫で修理も容易な奴が良いですよ”


 それってAK一択な気がする。面白味がないなぁ。


 “世界で最も作られたのには訳がありますからね。あ、でもアレなんかどうです?”


 ん? コレ?


 “AK308といいまして、AKシリーズなんですが、国際規格用に開発したんでNATO弾が使えて耐久性や命中制度もアップしてます”


 いいじゃーん。でも値段AK47の3倍するけど……ええい、ままよ!



 そんで、拳銃はどうしよう?


 “装弾数重視で”


 安定のグロッグ?


 “そうですねぇ、18cならマシンピストルの代用にもなりますよ。でも錫乃介様はそんなに手が大きくないので、この前のグロッグ19とかシグザウエルP320あたりの小型が良いかと”


 なんか一緒ってのもな〜芸がないというか。


 “使い慣れなた奴の方がいいですよ。どうしてもというならグロッグ19とスペック似てるロシアのPL-15Kなんかどうです?”


 それにしよう。


 “この前までは米国系で揃えてたのに、今回はロシア系攻めてますね”


 結果的にな。


 

 

 そんなある日タバコ用の薄紙が無くなったが、フギから買うのは癪に触るため、自分もパイプかキセルを買うべく、あまり気が進まないが宿の向かいにある無愛想なババアがいるタバコ屋を訪ねる。

 薄暗い店内で相変わらず番台で長パイプを加え、煙をプカプカ吹かし、奇妙な香りを充満させている。見通しの悪さを中国提灯の鈍い赤い光が照らしているのだが、それがより一層店内に不気味さを与えている。



 「サーセン。キセルかパイプ欲しいんですけど」


 

 錫乃介の問いかけに無言で長パイプを突き出し陳列棚を指し示す。


 

 愛想よくしろとは言わんが、もう少しこう……なんかあるだろ。



 と、言いたい事はあるが人相が怖いので心に留めておき、パイプやキセルが置かれている陳列棚を眺める。

 金銀螺鈿細工の物、黒檀の木を彫り抜いた物、エッチングで模様が刻まれた銅製の物、象牙の物、トルコ石の物、紙巻と違い職人が一本一本作り上げたパイプやキセルはまさに芸術品といえる。

 大量生産の安価な物ももちろん世には沢山あるが、この店にはそういったものはなさそうだ。このババアのこだわりなのかもしれない。

 店内の怪しい雰囲気の演出効果もあるのか、どれも貴重な骨董品のような味わいを放つ。

 暫し見惚れていると、背後から聞こえる布ズレの音。

 振り返ることなく横に飛び、片手を土間につけて身体を捻りながら先日購入したばかりのPL-15Kを引き抜き、ゴロリと一回転して膝を突いてピタリとターゲットに向けて構える。

 錫乃介が立っていた向かいの陳列棚には三本の千枚通しの様な武器。いや、キセルの形を模した暗殺道具が刺さる。

 


 「無愛想なだけじゃなく、手癖も悪ぃな婆さん」


 ヒョヒョヒョと、初めて見た笑顔は狐狸か魔物か妖怪か、これなら無愛想な方がまだマシな表情だった。

 

 「なるほどの、ひと筋縄ではいきそうにないのぅお主」


 「争うつもりは無いんじゃなかったのかよ」


 受け応えはしているが、油断することなく銃口はまだ向けたままだ。



 「さてな。じゃがフギの奴がずいぶんお主を買っててな、少しばかり試してみたくなったのよ」


 「あわよくば仕留めれば儲けもの、ってか」


 「否定はせんよ。それで死ぬならその程度の奴というだけの事」


 そこまで聞いて、ようやく銃を下ろして立ち上がる。



 「フギの母ちゃんじゃなかったら、撃ち殺してたぜ」


 「やってみぃ、その瞬間お主も蜂の巣じゃ。それにな、奴がなんと言った知らんが、フギは孤児じゃぞ」


 「だろうな。どう見てもこんな妖怪からあれが……いやアイツも狐の妖怪みたいな感じがするな……やっぱりあんたら肉親だろ」


 妖怪ババアはヒョヒョヒョと再び笑うと、長パイプで陳列棚を指す。


 「詫びじゃ、好きな物持ってけ」


 「そうか、遠慮なく頂いてくぜ。コレとコレとコレとコレとコレと……」


 棚からヒョイヒョイ懐に入れようと手にすると、1発の銃声が店内に響く。足元を見れば銃痕が残っている。



 「何しやがる!」


 「こっちのセリフじゃ! 一個に決まっておろうが!」


 叫ぶ妖怪ババアの手には銃弾が放てる仕込みキセルが握られていた。


 

 「最初から言えよ、妖怪ババアが」


 「空気ってもんを読まんかい!」


 「やなこった。そんじゃコレ貰うぜ」


 「青二才の癖に目だけは肥えとるの」


 「ガキの頃から『なんで○鑑○団』見てたんでな。それから青二才は俺にとっちゃ褒め言葉だぜ」


 「よく回る口じゃのう」



 錫乃介が手にしたのは特殊な茶褐色の合金製で40センチ程と長く太めのキセルであり、吸い口を引っ張ると羅宇(管の部分)の中から細身のナイフが出てくる仕込み型の喧嘩キセルであった。


 貰うもんを貰ったので、とっとと出ようとすると妖怪ババアに呼び止められる。


 「一服これを吸え」


 「なんでぃ、マリファナなんか吸わねえぞ」


 「違うわ! よいから吸え」


 渡されたのは普通の紙巻タバコだったので、致し方なく吸ってみる。



 「まっず! 何これ! 路上で天日干しした馬糞を焼いた味がする!」


 「お主今まで何食べてきたんじゃ……」


 ゴホゴホと煙を吐き出すがその煙はとても濃い色をした紫煙であった。



 「手相人相の占いがあるように、人が吐き出す煙を視て占う煙相というものがある。お主、なかなかこれまで波乱な人生歩んでるようじゃの」


 「あんだけゲホゲホやればそう言う結果にもなるだろうな」


 「そこを視てるわけではないんじゃがのう」


 「そんで、そんだけか?」


 「いや、この先も凪になることなく、その波は周りを巻き込み一層と激しくなる。じゃが、波が引いた後は実りの大地を残す。そう出ておるよ。これからも落ち着いた人生は歩めそうもないの、お主」


 「占いは朝の12星座占いだけで十分だ。たまにしか見てねえが。俺が見るといっつも最下位だけどよ。もう行っていいか? 話し相手が欲しけりゃまた来てやるからよ」


 「さっさと行け。口の減らぬ男じゃ」



……………………




 そして、出発の日。

 まだ日も登り切らぬ早朝。

 シャオプーを象徴する平遥古城の門に二人はいた。

 


 「フギ、世話になったな」


 「いえ、こちらこそ」


 「今だから聞くけど、お前、俺の事殺すつもりじゃなかったのか?」

 

 「そうですね、最初は確かに監視だけでなく、争う必要はないが隙あらば殺そう、という話しにはなってましたね」


 「隙ならいくらでもあったように思うが?」


 「そうでもなかったですけどね。それより錫さんがこの街に来た次の日、外で大暴れしたじゃ無いですか」


 「ああ、あれな」


 「あれで、手を出さない方向になったんですよ。奴はマフィア潰しが目的なんかじゃないただの馬鹿だ、とね」


 「ひでぇ言われようだ」


 「この先の街にも流しておきますよ。それでもうマフィアが無駄に関わることはないでしょうがサンドスチームではお気をつけて」


 「なにがあるんだ?」


 「さてね。

 我々マフィアの元締めがいるとかいないとか、詳しくはわからないんですよ」

 

 「行ってみてのお楽しみか。ヨシ、行くわ」


 「道中お気をつけて」


 「ああ。フギ、宿直しておけよ。それじゃ、あばよ」



 アクセルを回す錫乃介。

 軽く手を振るフギ。

 振り返る事なく立ち止まる事なくジャノピーは砂を巻き上げ走り去る。

 暫し見つめるフギは先程から背後に感じていた気配に語りかける。

 


 「いたのかいシャオプー当主、烟(やん)のオババ。僕はどうなるのかな? 男一人暗殺できない役立たずは」


 「全会一致じゃ」


 「死罪かい?」


 「シャオプーの次期当主に決定じゃ」


 「それは……死罪よりやだなぁ」


 「だからじゃよ。宜しく頼むぞよ」

 


 はぁ、フギが吐き出すため息は、いつもの紫煙よりも青かった。

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