君自分のバイクに“轟天号”って名前付けてるでしょ


 残金120c


 猿退治から戻って来てから二日後、錫乃介は修理の終わったジャイロキャノピーで件のウォルマートへ再び向かう。修理が終わったといっても、エンジンなどの駆動系と『ブローニングM2032』、『ADEN30㎜リヴォルバーカノン』の銃器だけだ。

 外装や装甲にはお金が足りずにそのままにしておいたのでまだ穴だらけだし、防弾ウインドスクリーンはヒビだらけで、エアコンも故障している。


 相も変わらず狂った様に照りつける太陽にーー変わらずに狂うというのならば、もはやそれが正常だがーー吹き荒ぶ強風に叩きつける砂。エアコン故障で暑くてもドアを開けると砂塗れになる。暑いのと砂塗れとどっちが嫌かと言えば砂なので、我慢してドアを閉める。

 汗をダラダラ流しながらも、錫乃介があまり気に留めないのは、そんな暑い職場が今まで多かったせいか、それとも、もうこの世界に順応してきただけなのかもしれない。


 

 このボロボロジャノピーで行く旅も風情がありますなぁナビさんや。


 “ジャイロキャノピーの名前本当にそれでいいんですか? あまりにも適当すぎません?”


 良いんだよジャノピーで。ナビだって適当にナビって付けたし。


 “言われて見ればそうですが……”


 こういうのは法則があるんだよ。凄い高いブランドのお皿とか買って愛着もって使うじゃん? これが、意外にすぐ割って泣きをみる。若しくは使わずに戸棚の奥で肥やしになる。

 ところが100均とかフリマとかで激安で買った皿が10年経ってもまだ現役で食卓に並んだりする。

 つまりこういう事なんだよ。


 “言わんとする事はわかりますが、論理的ではありませんね”


 なんの根拠も無いただの経験則だからな。でも、俺が10代の頃喫茶店でバイトしてた時にもらった皿とかカップなんてよ、この時代に飛ばされる直前まで家で現役でさ、一万円くらいするワイングラスなんて一年もたずにすぐ割れたぜ。

 だからそういうもんなんだよ。道具ってのは名前付けて愛情もつより、ちゃんとケアしてやる方が大事なんだよ。愛玩動物じゃねえんだから。


 “成る程と言いたくなりましたが、ただ考えるのが面倒臭くなっただけですよね?”


 あったりまえじゃん! だからこいつはジャノピーで決定! 良いじゃん、なんか“ピー”とか言って可愛いじゃん。



 ジャイロキャノピーの名前が正式に『ジャノピー』に決まった感動的な瞬間だった。



 “とか言ってるうちにもう着きましたよ”


 これでパクられてたらお笑いだよな。


 “自らフラグ立てるのやめて下さい”



 あ! 無い!


 なんて事はなく、瓦礫で隠した115本の尻尾はちゃんと残っていた。リアボックスに詰め込み、念の為ウォルマート内を探索するが、金目の物は無かった。


 この時代あらゆる金属製品、石油製品は資源として金になるため、前時代の廃墟にそれらが残っている事はまず無い。特に街に近ければ近いほどだ。

 壁紙や敷石さえも建築材料として引っ剥がされて回収されてしまう。コンクリートさえも砕いて再びセメントに戻されるか、コンガラとして築材になっているくらいだ。

 街から多少離れた廃墟にはまだ金目の物は残っているが、人が来ない場所=機獣の住処でもある。ならば機獣を退治した方が金になることから、機獣退治のついでに拾われるくらいであまり回収されていない。

 その廃墟専門で回収しているハンターもいるにはいるが、多くの人手や回収用の大きなコンテナが必要になるためコスパは悪い。

 

 

 なんもねえな。


 “街から近いですからね。もう一世代くらい前には無くなってたと思いますよ。さ、長居は無用です、早く戻りますよ”


 へいへい。





 その後何事もなくセメントイテンに戻ると、尻尾の換金を済ませる。



 「はいよ、確かに115本だな。一本50cだかから5,750c。受け取んな」


 受付のおばちゃんーーマリーに報酬が入ったデバイスを渡される。


 収支5,870c


 ようやくまとまった金が入って少しホッとするが、この金はポルトランドへ行く路銀で修理費には足りない。



 「ねえ、おねえさん。これから俺ポルトランドに行くんだけど、途中なんか手頃なリクエストなーい?」


 

 また何故かタメ語に戻っている錫乃介に、やれやれと、真新しい紙巻にガストーチで火を付ける。

 


 「また始まったよ……」



 フゥと紫煙を吐き出すと、キーボードを操作してディスプレイを睨む。



 「さて、今のところ野良犬退治も猫退治も入ってないねえ。毎度お決まり、カラシニャコフ、ボムチキン、ジャッカルカノ、ハイエナジーレーザーはあるよ。でも街道沿い行くんだったら無いねえ。バイクだから大型は無理だろ?」


 「バイクじゃ無くても大型はごめんちゃぶ台」


 「なんでだい?」


 「俺弱いから」



 マリーは錫乃介をチラリと見ると、馬鹿にするのとは、違った意味で“へえ”と呟く。



 ただの馬鹿じゃなさそうだ。自分の力量がわかってるみたいだね……



 マリーは紙巻を灰皿代わりのショットグラスに押し付ける

 

 「あ、今馬鹿にした目でみた!」


 「そうさね、馬鹿にされても当たり前だろ」


 「その通りでーす」


 「どれ、アタシもポルトランド着いて行こうかね。少し手伝いな」


 「え? 何を」


 「私の本業だよ。もう、デスクワークも飽きちまったからよ」


 「飽きたって、ユニオンの勤務ってそんな自由なの?」


 「ああ、二日酔いで休んだって誰も何も言わないねぇ。どうせ飲んだくればっかりだし」



 言われてみればポルトランドでもそれで大変だったな、と錫乃介はロボオやキルケゴールが二日酔いでよく休んでいた事を思い出した。



 「アタシは元々本業の方が性に合ってるんだよ。ユニオンの仕事は暇潰しの手伝いみたいなもんさ」


 「ポルトランドに何か用があんの?」


 「無いよ。強いて言うならアンタかね」



 そう言って、先ほど消した紙巻を再び口に咥えガストーチで火を付ける。



 「フッ、やはり惚れたか」


 「馬鹿な事言ってないで準備しな」



 やにわにデスクを立つと、シケモクを咥えた口から煙を吐き出し、大型のワンショルダーバッグを担いでユニオンの外に向かって歩き始める。



 「え? ちょっ、ちょっ、ちょ待ってよ。急、急、急じゃない? え? なに?」


 「10分後に街の前だよ」


 「え? 何これ、俺着いてかなきゃならないの? ってか本業って何?」



 その刹那、ユニオン内に轟音が響き渡り、錫乃介の足元の床には二つの大穴が空いていた。



 「サッサとしな」

 


 二つの目玉を大きく見開き、下の穴とニヤつくマリーを交互に見て口をパクパクさせている時には、既にオートマグⅢを左脇にあるホルスターにしまっていた。

 錫乃介が何かを言い出す前に周りからザワザワと声が出て聞こえてきた。



 “またブラッディマリーか……”

 “雷光のマリーだろ”

 “いやいやスローハンドマリーだろ?”

 “クィーンマリーだぞ”

 “有名なのか?”

 “知らないのかよ?”

 “廃墟残骸回収屋の女王だ”

 “あのおっさん何したんだ?”

 “マリーにタメ語で喋ってたぞ”

 “マジかよ”

 “オイオイ”

 “死ぬわアイツ”



 「ま、マリー? お名前マリーさんと仰るんですか?」


 「自己紹介がまだだったね。ハンターで廃墟回収屋のマリーゴールド・マリーだ。マリーでいいよ」


 「あ、改めて、宜しくお願いします。と、ところで、なんでユニオンでマグナムぶっ放してるのに、兵隊とか誰も来ないんですかね?」


 「ここの支部長はアタシの舎弟だからじゃないかね」

 

 「ふぇっ⁉︎」


 シケモクを左手の指で摘んで口から離すと、ピンと弾く。

 弾かれたシケモクを目で追う錫乃介。



 あれ? 絡んじゃいけない人に絡んじゃった?


 “元々ただモンじゃないって気付いてたじゃ無いですか”



 弧を描いて頭上を飛ぶシケモク。



 でもこの展開は予想してなかったよ?


 “私もです”



 弾かれたシケモクはそのまま空を飛び、先ほどまで座っていたデスク上のショットグラスにホールインするのだった。

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