ジェントルメンの嗜み

 トイレがあるだけの留置所の室内で、ゴロンと横になり寝ている錫乃介。幅5〜6センチほどの鋼材が縦横の格子状になっている打ちっぱなしコンクリートの堅牢な部屋だ。


 ひと眠りして目覚めても、何も状況は変わらず腹は減ったままだったので、また寝た。

 

 そしてあくる朝。

 

 昨日は何も食べていない。考えてみればクラリスと飲んだ『万魔殿』以降水以外何も腹にいれていない。いい加減喉も乾いたし空腹も限界だが、防犯カメラのみで刑務官が見渡せる範囲にはいないので、無実を訴えることも、飯の催促すらできない。



 ナビよ、これいつまで続くんだ?せめて取り調べくらいして欲しいんだが。


 “職員たちも寝てたんでしょ。もう朝も8:00過ぎましたからそろそろじゃないですか?”


 だといいけど。あ……



 そういえば、朝のお勤めがまだと思い、室内に備え付けてある便器に跨る。




 うん○って何も食べてなくても出るんだよな。それも思ったより多く。


 “排泄物の8割は摂取したものではなく、古くなった胃や腸内の細胞、それから細菌の死骸だといいますからね”


 それすごくわかる。昔ホルモン屋で働いていた時は、大腸とか小腸とか洗うんだけど、ボロボロ皮が剥がれてくるんだよ。ようやく綺麗になっても、次の日はまたポロポロとれるんだよ。あれ見るとその説も納得だよ。


 “ホルモン屋もやってたんですか。いったいどんだけ仕事してたんですか?”


 全部書いたら職務経歴書は真っ黒になるくらいかな。


 “凄いですね”


 俺も凄いでしょ、と思ったけど結局は器用貧乏になっただけだ。コロコロ変えるもんじゃねーよってこの歳で知ったさ。



 “ん、誰かきたようですね”


 そうだな。


 ナビの指摘に耳を済ますと、何者か2名がこちらに近づいてくる。


 

 「錫乃介様おはようございます」


 入って来たのはロビタだった


 「ロボオです」

 「おはようさん」


 「錫乃介様、あなたには用水路整備と害虫獣の駆除をお願いした筈ですが、何をしでかしんたんですか?街中でカーチェイスした挙句重機関銃とサブマシンガンを乱射してたそうですが」

 「どでかいドブネズミ共が外に出てきてな、まあ、ちょっとしたヒーローごっこだよ。はしゃぎ過ぎちまったみたいだけどな。賊はどうなったんだ?」

 「死んではいませんよ。まだ治療中ですので、先にあなたから事情聴取です」

 「それにしちゃ事情聴取するの随分遅かったじゃないか」

 「肝心の専門家が昨日の飲み会で二日酔いになって休みでしたから」

 

 半分はおめーのせいか、遅くなったの!


 

 「さ、どうぞお願いします」

 「はい」


 と、ロボオの後から入って来たのは、白衣を纏ったベリーショートで丸眼鏡のまだ若い男だった。なかなか甘いマスクのイケメンだ。


「錫乃介様、ブレインハックとダイノーシスの専門家、キルケゴール様です」


 「どうも、こんにちはキルケゴールです」



 死に至る病で死にそうな名前だな。



 「何、俺頭の中見られちゃうの?」

 「ご心配なく、ブレインハックもできますが、これからするのはロボオの質疑に対してあなたの返答が嘘か否かを、見て診断をするだけです」

 「へ〜見るだけでわかっちゃうんだ」



 ドンキーホームにいたデイヴィッドもブレインハックできたな。たぶん同じようなこと出来るんだろうな。



 「嘘発見器よりも優秀ですよ彼は」

 「どうでもいいけど、ロボオが取調官でいいの?知り合いだよ」

 「むしろ、知り合いの方が真実を語り易く、一方で嘘もまた語り易くなります。つまり判別が容易になるんですよ。それでは始めて下さい」


 そんなもんかね。わざわざそんな事情まで教えてくれるって事は、嘘じゃ逃れられないよって事ね。ま、言うつもりも無いけど。


 “大法螺は吹きますけどね”


 まあな。



 「それでは錫乃介様はいつも通りに話して頂いて結構です。まず昨日何があったか説明して下さい」


 「夕方用水路整備の仕事を終えて、ハンターユニオンに戻ろうとしたら、工業区にいた子供が軽ワゴンに押し込まれている所を見たからバイクで追いかけた。そんで銃撃戦になったけど、子供達は隙をみて逃亡。攫われた子供は三人だった。

 そのまま俺は奴らを撃退して、金はバイクの修理代として頂いた。以上」


 「軽ワゴンの奴らと面識や関係は?」


 「全く無い」


 「彼らは犯罪組織のメンバーの可能性があるが、その組織と関係は?


 「全く無いしそんな組織が有る事始めて知った」


 「いくらとった?」


 「四人まとめて確か2,000くらい」


 「子供達とは知り合い?」


 「知り合いというほどではないが、昨日の午前中に一悶着あったから、三人のうち二人名前は知っている」


 「名前は?それと一悶着の内容は?」


 「メロディとピート。もう1人は顔は知ってるが名前は知らない。

 午前中の一悶着ってのは、俺がジョギングしてる時に余所見してて、そのメロディって女の子にぶつかって泣かしちゃったんだけど、それを見た名前知らない方の子供が怒って仲間を引き連れてきて、薪ざっぽで袋叩きにされて、乳首ドリルされて、ボッコボコにされた。その時メロディと一緒にいたのがピートだ」


 「……袋にされたのは、あなたの方?」


 「そうだ。悪いか」


 「どこの子達かは知らない?」


 「知らない」


 「子供達には手を出していない?」


 「当たり前だ。土下座して謝って落とした薬莢拾って泣いて詫びて許してもらった。なぁこれ事件と関係なくね?」



 ロボオはその問いには応えず、横にいる専門家の方を向く。



 「キルケゴールさんどうですか?」


 「最後の泣いて詫びてが誇張表現でしたが、それ以外は全く嘘も誤魔化しの端折りもありませんでした」

 「乳首ドリルされたのは本当なんですね……」


 「本当だよ」


 にしてもすげぇな、ちょっとヒレ付けた内容までわかっちゃうのかよ。


 「どうです、キルケゴールさん凄いでしょ」

 「ああ、びっくりした。ちょっとした誇張表現までわかっちまうのか。商取引の時いたら最強だな」

 「僕は腹芸が苦手ですから、商人には向きませんよ」


 

 キルケゴールは爽やかに笑う。少し張り詰めていた空気が緩くなっていくようだ。



 「後は治療中の奴らと、その子供達から話を聞きたいところですが、錫乃介様何か当てはありますか?」


 「当てってもな、家が何処だかも知らんし」



 ん?でもアイツら朝から晩までずっと薬莢拾いしてた。親が近くにいる様子もなかったな。孤児か?でもこの時代子供が働くのは当たり前だしな。



 「なぁ、この街って子供が薬莢拾いしてたり、鉄屑集めたりしてるけど、ああいう子供達には親いるのか?」


 「家庭がある子供達の大多数は家業を手伝っています。農業とか商売とか。遅くまで工業区で薬莢拾いしているとなると孤児が多いでしょうね」



 キルケゴールが顎に手を当て返す。



 「この街に孤児院はあんのか?」


 「あります。自警団に当たらせますか」


 ったく、ガキンチョ共の方から来てくれないかねぇ。面倒くさい。



 「錫乃介様、申し訳ありませんがもうしばらくここで我慢してて下さい」


 「構わねぇけどさ。宿賃タダだと思えばよ。それよか一昨日から飯食ってねぇんだ。いい加減なんか食わしてくれよ」


 「それはすみませんでした。何か持って来させましょう。それから錫乃介様、大変申し上げにくいのですが……」


 「何だよ今更」 


 「この留置所タダではありません、それから食事代もお金かかります」


 「んだよ、ケチくせぇな。払えばいいんだろ、払えば。どうせ払わなきゃでられねーんだろ」


 「はい、その通りです。それから……」


 「まだあんのかよ」



 「いいかげんパンツを履いたほうが宜しいかと」




 俺、便器に跨ったままフル○ンでこいつらと長々会話してたのね。




 「1番先に言え!

 おはようの前に言え!

 自己紹介の前に言え!

 せめて取り調べ始める前に言え!

 フルチ○相手と長々喋ってお前ら変態か!」


 「どちらかと言えば丸出しのままの貴方の方が……」


 「お前までツッコミにまわるな専門家!」




 

 その後飯が出て来た。鯖の様な魚の味噌煮定食だった。ご飯も味噌汁も付いていた。美味い。久々の白米に味噌汁だ、これはありがたい。


 飯の後する事も無いので、ナビに脳内映画を観させてもらうことにした。目を瞑ると夢の中で映画館で観ている感覚だ。作中にいる様なヴァーチャル風にも出来るらしいが、それは疲れそうなので遠慮しておいた。普通に観たい。


 頭使わないで観れる映画をリクエストしたら『プロジェクトA』『スパルタンX』『木人拳』『ポリスストーリー』『キャノンボール』『酔拳』『ラッシュアワー』

 っておい!ジャッキーチェンばっかじゃねーか!いや好きだけどさ。確かに頭空っぽで観れて興奮するけどさ。

 何回も観た映画ばっかだっつーの。


 仕方ないので、『レッドドラゴン』をリクエストした。



 それから8時間が経過した。



 あ〜4本立て続けは疲れた!

 

 『レッドドラゴン』の後『グーニーズ』を観て『ドーベルマン』を観て『天気の子』を観た。


 昔は3本セットで上映してる映画館とかあったけど、よく観れたよな。5〜6時間もぶっ通しで観れたんだぜ。羨ましいだろキッズ達!そして、羨ましくなるほど良いもんじゃ、ないんだぜ!2本目の途中から疲れて集中出来なくなってくんだよなアレ。ケツ痛くなるし。




 ってか飯!

 飯がこないー!

 どーなってんだよ!

 少しは様子見に来いよ!

 味噌煮定食の食器下げろよ!

 カッピカピじゃねーか!

 洗う人が可哀想だろ!


 もう、防犯カメラに向かってアピールしよう。


 「なぁ、もう17:00だぜ、朝飯食ってから8時間以上経ってるんだよ。なんか軽食でいいから出せよ。カツサンドがいいな。あとビールな。夕飯はラーメンとチャーハン餃子それからビールな!リッターで持ってこいよ!」

 

 ……。

 虚しいな。


 

 “アピールが効いたんじゃないですか?誰か来ましたよ”


 はやっ


 「いや〜ごめんごめん、昼飯用意したのに持ってくるの忘れててさ、ちょっとパサついちゃったけどコレと、あと夕飯も一緒に持って来たから。それとこれロボオさんからの差し入れね。それじゃ」



 ガチャリと入って来たチャラそうな職員は、料理の入ったお盆をいくつも持ってきて、さらに500mlの缶ビールを1ケース(24缶)を運んできて、味噌煮定食の食器を下げて出て行った。



 “カツサンドとラーメンとチャーハンと中華丼と餃子と春巻きですね。ビールも12リットル分ありますね”



 クソっ、中華丼と春巻きは読めなかったな。

 ちがうって。あのさ、昼飯夕飯いっぺんに持ってくるやついる?

 それに嬉しいけど仮にも留置所内にいるやつにビール差し入れすんなよ。

 それから量が多いんだよ。宴会でもしろってか?

 そんで、なんでなんの疑問も無くそれ持って来るんだよアイツは。

 ここの職員みんな頭にウジ湧いてるぞきっと。

 

 “冤罪の疑いが晴れて、お詫びの印じゃないですか?”


 それなら良いけどよ、先に知らせろよ。それより、これも俺の支払いだったら、ちょっと俺アレだよ、アレ、ピキッと来ちゃうよ。

 まぁいい食べよう。



 ラーメン、チャーハン、餃子、春巻きはどれも昭和の街中個人中華料理屋の味がした。そう、客が来るまで新聞読んでるかテレビ見てるかしてる白シャツの親父が、タバコ吸いながら作るあの味だ。

 素晴らしく美味い!と言うほどでもないが、幼心の記憶に染み付いた、懐かしい味だった。


 クソっ!

 地味に感動する味じゃねーか。

 何でこの時代にわざわざナルト入ってんだこのラーメンは。中太麺の正統派醤油ラーメン。ビロビロに伸びてなければさぞや美味かったことだろう。

 んで、チャーハンにも刻んだナルト入って、メンマも入ってる。チャーハン煮込んだ醤油で味付けしてやがって。

 中華丼はキクラゲ、タケノコ、豚肉、にんじん、ヤングコーン、玉ねぎ、正統派だね。ウズラの卵は無かったか〜。

 やたらでかい餃子と春巻きも、大量の醤油と、酢とラー油ぶっかけて食べてやる。

 ビールが進むな。




 4缶目のビールを飲み干したところで食べ終わった。

 

 早いけどもう寝るか。その前に。



 と、錫乃介は便器に跨った。


 

 “錫乃介様、誰か来ましたよ”


 もう、止めらんねーよ。



 


 「錫乃介様、子供達が見つかり事情聴取が終わりました」


 ガチャリと入って来て一報を伝えたのはロボオであった。


 「まだ、その格好だったんですか?」



 こちらを見てモノアイが呆れた様な目をしている。そんなはずはないのに。



 「ずいぶん強敵なやつでな。それより報告続けてくれよ」

 全く、言い訳するのも馬鹿馬鹿しい。


 「はい、職員を孤児院に向かわせたところ、件の子供達がいました」

 「矢張り孤児だったか」

 「そうですね。それで、誘拐に関して聞いたところ、攫われて軽トラに押し込まれ、数度の銃撃があってから、バックドアが開いたので、チャンスと思い逃げた。

 錫乃介様から聴取した内容と一致しましたね」


 「ま、そうだろ」


 「ただ、慌てていたので、助けに来たのが錫乃介様かどうかまでは見てなかったそうです。自分達が袋にしたおっさんが助けてくれたという事を話したら、あんな弱ぇー奴が?信じらんねー、と言っていたそうです」

 「クソガキどもが、それがヒーローってもんだ。それじゃ、釈放かい?」

 「すぐに釈放も可能ですが、もう遅いことですし、もう一晩いかがですか?」

 「……んじゃ、そうするわ」

 「冗談のつもりだったんですけどね」

 「良いさ、これから宿探すのも面倒くせーし、明日釈放の手続きやら、仕事の報酬頼むよ」

 「わかりました。ではまた明日」


 「ああ、あと、ビールの差し入れありがとうよ」


 「冤罪のお詫びみたいなもんですよ。私が逮捕したわけじゃありませんがね」


 「それでもだよ、んじゃな」




 「それから、いいかげんパンツは履いた方が良いですよ」


 「わかってるよ。ジェントルマンの嗜みだからな」


 





 次の日、オンボロになったジャイロキャノピーと荷物を引き取り、釈放の手続きを受ける。


 「錫乃介様、これが勾留費と食費の料金です」

 「なぁ別にいいんだけどさ、夕飯に大量に中華料理がきたんだが、アレなんだったの?」

 「何人かの職員が錫乃介様の夕飯を忘れていて、慌てて近所の中華料理店に同時に出前をお願いした結果だそうです。防犯カメラ見てて、当たったって笑い話になったそうですよ」

 

 見てたのか、クッソ無駄に叫ぶんじゃなかった。


 「人の事ネタにしやがって……まぁ、なんだかんだ全部食ったし満足したわ。食い過ぎたけどな」


 「それでは、お気をつけて」


 「あ、そうだ。信用できるバイクと銃器が修理できる店教えてくれよ」


 「はい、えーと、こちらです」


 「OK、『鋼と私』だな。そんじゃまた」


 「はいはいそれでは」



 2日ぶりに留置所を出た錫乃介は、取り急ぎ傷だらけとなったバイクとブローニングを直すため、工場区へ向かう錫乃介を朝日が眩しく顔を照らしていた。




 残金9,950c

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