昔の仕事を久しぶりにやるとテンション上がる現象について

 首都圏外郭地下放水路の奥、山脈の中腹にある工場は、グラウンドスクラッチ前は元々銃火器の生産ラインであった。

 この工場を持っていた某国は、無人兵器の開発として、バイオメカトロニクスの兵器利用を画策していた。

 当然この国だけではなく、G20に列する国々ですら、バイオメカトロニクスの兵器利用は、どの国も研究をしていた事は公然の機密事項であった。


 日本だけは猫耳やウサ耳、犬耳、キツネ耳、エルフ耳、猫の尻尾にフサフサ尻尾、ドラゴン尻尾まで、ケモナー向けの開発に全力だった。

 日本に忍びこんでいた軍事スパイ達はこれを謎の兵器と捉え、脅威に感じマスコミに垂れ流す事で日本の暗部を世界に知らしめようとした。


 “日本デンジャラス!”

 “未来に生きてるな”

 “早く開発しろ!”

 “俺日本に住む”

 “やってくれたぜ日本”

 “LGBTにケモナーも入れろ!”


 などと、自国民含め世界中の変態から支持される結果となった。

 


 閑話休題


 首都圏外郭地下放水路の奥、山脈の中腹にある工場の受電設備内では、1人の男がまだしてもいない勝利の美酒に酔いしれていた。

 白髪の剛毛、顔には深く刻まれたシワとキズ。数多の戦場を駆け抜けた証を身に纏い、迷彩服に身を包んだガッチリとした身体は大半が戦闘用に機械化されている。

 

 あの、アスファルトでの戦いを辛くも生き延びた、『ラスト・ディヴィジョン』総司令官ジャムカその人であった。

 ジャムカは敗戦の後、占領済みであったコンクレットの街に戻ると、残された物資と財産をかき集め、各地に点在していた兵站をまとめた後、自分の生誕の地であるこの機獣工場に逃げ延び、時折り大河を通る物資運搬船などを襲いながら再起を図っていた。



 「あの屈辱の日、忘れはせん。我輩の『ラストジェネラルアーミー』この最後の総軍によって、この世界を蹂躙し尽くしてやる。もうすぐだ、待っておれ……」

 


 ただの逆恨みもいいとこなのだが、彼の世界に対する反逆の魂は本物であった。

 カンガルーの機獣に生まれた時から高い知能を持ち、他の機獣を従える能力を持ったジャムカは、その時襲いかかったポラリスに返り討ちに合った。知能や自己認識能力、人間の言語を話す事に興味を持ったポラリスは、ヒューマノイドとの融合により、ジャムカを人間化。暫くは自分の部下として、ユニオンの創設や軍の編成を手伝わせていたが、ある日突然前置きもなく出奔。早い話が家出である。

 ポラリスは自分が生み出したとはいえ、自我のある者を縛り付ける気はサラサラないのでその事を黙認。

 その後行方知れずとなっていたが、武装組織『ラスト・ディヴィジョン』の総司令官として、世に再び出ることになったのだ。

 



 そんな待ち受ける者がいることを知ってか知らずか、錫乃介はギャリギャリと履帯を回転させ、砂埃を巻き上げながらオントスを走らせていた。

 いや、錫乃介は呑気に寝ていたので、正しくはナビである。ジョドーは隣で呆れていた。



 こんな振動のある戦車内で、よくもまあグースカ寝れますね、この人は…。



 ジョドーも長年軍人をやってきた。戦車はある程度乗り慣れているが、こんな激しく揺れる戦車内で寝れる訳がない。ここまでよく寝ている人物を見た事なかった。

 そんなジョドー。錫乃介に急かされて戦車に乗り込んだとはいえ、装備はきちっとしていた。バーテンダーのスタイルはままだが、防弾ジャケットを羽織り、コンバットナイフ、M16自動小銃、9mm拳銃、ヘルメットなどなど一通り持ってきていた。昔とった杵柄というやつか。


 

 地下放水路まであと20キロとなったところでナビに起こされ食事を取る。ここが最後の休憩場所となる。


 食事は出発前にユニオンからくすねて来たカレーであった。

 


 「錫乃介様、まだ作戦のようなものを聞いてませんが…」

  

 「俺達は斥候です。いち早く生産ラインと受電設備に到着し状況の確認。それから後から来る工兵達と合流して爆薬の設置サポートと退路の確保です」


 「また最重要なポジションですね」


 「なんか、ジョドーさんを会議に連れて行っただけで、俺の評価がバブル状態で、やる事になっちゃいました」


 「人材難なんですか、あの軍は…」


 「住民の避難準備も考えると無理も無いのかもしれませんが。そういえばジョドーさんの能力について確認したかったんですが、機獣を追い払う能力って、どんなもんなんですか?」


 「機獣であれば、大小関わらずその場から一時的に追い払えます。範囲は20メートル程。ですので、遠方からの狙撃などには無力です」


 「であれば、今回の任務にはうってつけですね。機獣生産工場での室内戦がメインになりそうですから。もちろん戦闘はなるべくしない方向ですが」


 「それでお願いします。もう私は引退した身のロートルですから」



 その割には、しっかりした装備でノリノリじゃないですかね〜、と言いたくなったが、その言葉は飲み込んだ。


 


 「さぁ、ドブさらいの開始といきますか」


 


 休憩を終えた錫乃介一行は深夜出発した。ここからはライトを付けず、低速で先を進む。

 調圧水槽へ至るトンネルは素通りし、山沿いを進んで行く。第一立孔、第二立孔と通り過ぎて行くが、機獣の姿は見当たらない。ナビ曰く、近場に数体こちらの様子を伺う様にしているが、オントスの侵入と共に逃げ出しているそうだ。逃げ出さない者や後方から接近する者は、サプレッサ付きのブローニングで片っ端から片付け、露払いをしておく。

 第三立孔、第四立孔、第五立孔とその後も多少の戦闘はあったが、オントスの主砲を使うまでも無かった。



 この様子なら後詰の工兵達も問題無さそうだな。


 “出現する機獣は全て小型のタイプ。火力もブローニングが最大、工兵たちは装輪装甲車で向かうそうですから問題無さそうです。15ミリまでの機銃にも耐えられるはずですから”



 第五立孔からはジョドーの誘導により進む。

 

 「全て小型機獣か…中型以上がいない所を見るとやはりジャムカか…」

 

 外の様子を暗視カメラが映すモニターを見ながらジョドーは呟く。



 「鬼が出るか、ジャムカが出るか、そろそろですか?」


 「ええ、ここからは歩きで行きます」


 小一時間進むと、錫乃介の眼前に、夜の月明かりにそびえる巨大な直方体の施設が現れてくる。 

 その姿は山の土手っ腹を打ち抜く様にその半身を埋め、山の中腹からは、受電設備と思われる尖塔が突き出ている。その様は、まるで魔王が住む巨城のようであった。

 正面入り口に物資の搬出場所があるが、シャッターは閉まっており、武装ヒューマノイドの見張りが多く立っている。

 

 錫乃介達は気取られない様、建物に小走りに接近すると、ジョドーは建物の脇の方へと誘導する。



 「山肌を伝って、上にある入り口から入れます。先導しましょう。そしてここからはハンドサインでいきたいのですが、今更ですがわかりますか?」


 「任せて下さい」


 な!ナビ!


 “ですから、出来の悪い営業マンみたいな事後承諾はやめて下さい。大丈夫ですけど”


 

 山肌を20メートル程登った地点に、非常口の扉があった。埋もれて無くなっているが、本来ならここから非常階段が外に伸びていたのだろう。

 ジョドーはなんの気概もなく、スッと非常ドアを開け、中の様子を確認すると、ハンドサインで錫乃介を呼ぶその姿は、元帥やバーテンダーというより、一流の特殊部隊であった。

 その合図に建物内侵入に成功する錫乃介。



 ジョドーさんやっぱノリノリじゃないですかね〜


 “血が騒いでますよ、あの人きっと”


 二人?に脳内でヤジられていることなど露知らず、ジョドーは音も無く通路を進むと、内部にある窓を指さした。見ろ、ということらしい。


 錫乃介がゆっくりと覗くと、そこには種類多くの機獣達が、オートメーションによって作られている工場であった。

 3Dプリンターで作られた祖型に、内部をちょこちょこ弄って出来上がり。

 何ともお手軽な兵士の作り方であろうか。



 ここが生産ラインの中枢な訳ね。こんな施設がまだ残ってたとはね。

 この勢いで兵力増やせて自在に動かせるなら、世界取れると勘違いするかもな〜


 “哀れなもんです。人形遊びと何ら変わりない”


 辛辣だな。まだ黒幕には会ったことないのに。


 “大した事ない奴なの丸わかりですよ”



 ジョドーはそのまま、これから受電設備へ行くと、ハンドサインをし、足を向ける。


 

 受電設備を止めて終えば、この工場は止まるのだから中枢中の中枢だ。おそらく警備も強固であろう。

 と誰しも思う事だろう。たしかに武装したヒューマノイドや機獣がうろついていたが、ジョドーの早業に錫乃介はする事が無かった。



 はっや。ヒューマノイドが引金触るよりも早く背後とったよあの人。忍者かよ。


 “いつぞやの暗殺者なんて、比べ物にならないですね”


 それに、機獣は腕を振ったり、睨んだりするだけで、あっち向いてホイするから、敵になりゃしねえ。


 “それを錫乃介さんが仕留めるだけの簡単なお仕事です”


 なっ。あの人だけでよかったんじゃねーの斥候。俺ただ金魚のフンみたいに着いてってるだけで、何もやってねーよ。祭りの射的の方がまだムズイわ。



 “まぁ、これでローンチャラになるなら、儲けもんじゃないですか”


 いいのかね〜


 

 管理システム室まで来て様子を見るが、中に誰かいる様子は無い。突然電源を止めたりすると何が起きるかわからないので、作戦通りそのままにしておく。


 この辺で戻りますか?工場内の様子見はこれくらいで良いかと、とサインが送られた。

 


 そーですねー。そろそろ合流の時間だし。


 なんか、1人緊張感に欠ける者がいるが、ジョドーの圧倒的な力によるもので、彼に責任は無い。拍子抜けしてしまっただけだ。

 無論ジョドー無しの任務だったら、非常口からの侵入も知らなかっただろうし、正面入り口は警戒されてるし、そもそも内部なんて、図面があったからと言って、警備などどうなるものでもない。


 

 錫乃介達は工場から出ると、正面口に居るヒューマノイドを仕留めて、見張りを無力化しておく。ようやく錫乃介も少しだけ働く事ができた。



 そして、調圧水槽から、第一立孔から第五立孔まで、時限爆薬の設置を終えた6部隊は、無事合流時間通り生産工場前に集結する事が出来たのだった。

 その時ようやく登り始めた朝日が、錫乃介達を照らしていくのであった。





 ここまでは作戦通り。さぁ、大詰めだぜぃ。


 “スムーズ過ぎて気味が悪いです”


 変なフラグ立てんなや!

 軍事行動はスムーズな程良いだろーが。


 “仰る通りです”

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