鼻をくすぐる香りはロシアンレザー

 「なんで着いてくんの? 攫われた浮浪児助けたところでお前ら一銭の得にもならんよ?」



 ユニオンの出入り口で待ち構える三人。気を失ったアルを抱きかかえて一目散にユニオン内にある病院に運び込んだ時から、飲み会は中座した形となり三人とは別れていたが、いつ頃から待っていたのか、出入り口で錫乃介が現れるのを待ちながら、腕組み仁王立ちの姿でいた。側を通る他のユニオン利用者には威嚇以外の何者でもなくこの上なく迷惑だ。



 「そう、固い事言うんじゃねぇよ。マフィア相手にドンパチやろうってんだろ? この前の新宿の雑魚どもじゃ不完全燃焼なんだよ俺は。てめぇが嫌がっても勝手に着いてくぜ」


 「アタシは元々そういうやつらに売られ買われしてきたからね。この手でぶっ潰したいと常々思ってたんだ。良い機会だよ」


 「アンタには借りがあるからねぇ。利子が膨らむ前にここで返させてもらうよ」



 ニヒルな笑みを浮かべる三人。その姿にフッと錫乃介も口端を上げ、馬鹿ばっかりだぜ……と呟いた。


 

 ガキどもを助ける戦いが、今始まる



 はずだった……



……………………





 「おい、まさか降伏だとか言うんじゃねぇだろうな? こちとらまだ弾倉の一個も無くなってねぇんだぜ」


 「申し訳ございません!! まさか“鬼神”山下さんと“クイーン”ブラッディマリーさんのご関係者に危害を加えたとは存じ上げませんでした!!」


 「オイ!! まだ闘争が始まって30分も経ってねぇんだぞ!」


 「イダダダ! 勘弁して下さい!! あなた方が敵だと知って相手する奴はこの街には居ませんよ!!」



 堅牢なコンクリート製のポルポルトビル10Fの一室。5メートル以上はあろう高い天井にアールデコ調のターキッシュなシャンデリア。壁には印象派、ロマン派、写実主義、抽象画など様々な時代の絵画が飾られ、これまたアールデコ調の黒光りする木製家具。ウィルトン織の豪奢な絨毯が敷かれた床の上では“アパッシュ”のカポ(ボス)であるハサン・ウソヤンが四人の前で悲痛な叫びを上げていた。

 山下によって頭を鷲掴みにされ持ち上げられたハサンのコメカミには、マリーのオートマグⅢが当てられている。

 広々とした室内には銃痕の跡すら無く、ただ呻き声をあげる構成員ソルジャーが散らばっていた。


 

 「ほーら見ろ、俺やることねぇ」


 「あの2人がいちゃあね」


 「取りこぼしのチンピラ片付けたのシンディじゃん」


 「アタシだってそれくらいしかやる事ないし」

 

 「俺なんてこのビル着いてから銃どころかパンチすら出してないよ」



 ここへ来る前、敵地へカチコミするのだから錫乃介は諸々の準備をするべく、ユニオンを出た後『鋼と私』に置きっぱなしであったジャノピーをとりに行こうとした。ところが山下は行こうする錫乃介の肩を掴み止め、自らの愛車であるコブラに放り込む。訳もわからず目をシロクロさせていると、マリーもシンディも乗り込んできて、そのまま車を出発させた。

 何の準備もせずに行く気か⁉︎ 正気か⁉︎ と叫ぶが聞き入れてもらえず、ビルに到着するや、20ミリM61バルカンと40ミリボフォース機関砲を乱射しながらコブラはそのまま門扉に突っ込む。

 頭と足が上下逆さまになって車を走らされたため、錫乃介には外の様子も見えず無数の銃声と車に銃弾がガチンバチンドカンと当たる衝撃と、突入時のインパクトしかわからない。

 一つ忘れてはいけないのが、マフィアのビルとはいえこのビルが建つのは仮にも居住区である。その居住区で行なっているコレは、事情を知らない人からみたらカチコミというより唯のテロ行為と言えよう。



 車が止まると三人は飛び出す。自分もマリーに引き摺り出され、ようやく外の景色が目に入ったかと思えば、周りはアパッシュの構成員に取り囲まれている。

 “いかん!蜂の巣にされる!”と頭を抱える頃には、山下のミニガンとマリーの抜き撃ちで一掃され、取りこぼした奴らはシンディがノシていた。

 そのまま堂々と手榴弾をそこかしこに巻きながら階段を駆け上がる。途中2メートルを超える巨漢のサイボーグだかアンドロイドだか警備兵が立ち塞がる。右腕は機関銃と榴弾砲。左腕には超振動サーベルと、警備用というより軍事用な奴だ。これは流石の山下とマリーも苦戦するかと思ったら、抜く手も見せずにマリーがウィンチェスターM1892とオートマグⅢでアイカメラとセンサーをピンホールショットで破壊、刹那の間に山下が最高出力の蹴りをお見舞いすると、壁を突き破って機関銃を乱射しながら外に飛んでいった。

 あまりの連携プレーの速さにと見惚れるほどの呼吸の良さに、シンディは少し嫉妬してるのか、横から逃げようとしていたチンピラを捕まえて、たった今空いた穴から外に蹴り飛ばしていた。テラカワイソス。

 カポであるハサンの部屋の前にはガードロボが機関銃を構えていたが、手榴弾で吹き飛ばして、部屋に突入。護衛の構成員をマリーとシンディが片付け、土下座をするハサンの頭を山下が掴みあげ制圧完了。


 コブラで突入してから制圧まで僅か27分の出来事であった。

 錫乃介はただボーッと着いて来て、手榴弾!と言われた時に渡すだけの簡単なお仕事だった。


 

 「なんなんコイツら、プロのテロリストより手慣れてるっしょ」


 「何度か二人で組んだ事もあるらしいよ」


 「あ〜それは納得。でもテロのプロの答えになってない。

 それはいいとして、あの〜ハサンさんですか? 昨日今日あたり孤児を拐いましたよね。あの子達返してもらえますか。そしたらこれ以上何もしないようにこの猛獣達説得しますんで」



 ツカツカと頭を鷲掴みに持ち上げられている、ハサンの前に近づきながら話しかける。



 「あ、あ、ア、アタがぁ……」


 既に白目になりかけてうめき声をあげているハサン。



 「ホラ山下さん、話にならないから下ろして差し上げて」


 ゴフーと口と鼻と耳から白い煙を出すと、ドサリとハサンを下す。マリーもゆっくりとオートマグⅢをホルスターにしまい、床にうずくまる構成員に腰掛ける。ウギョッと声が聞こえたような気がする。


 グレーの髪を七三にかろうじて分けた禿げ頭に、真ん中はちゃんと剃ってあるがカモメの様な太い眉。ちょびっとした顎髭口があり、体は分厚い脂肪に包まれている。紺のシャツにジャケット、赤紫のベルベットのパンツを履き歳は50〜60くらいか。なかなかオシャレな装いだ。



 「もう一度聞きますね、昨日今日あたり孤児を拐いましたよね。あの子達私のダチ公なんで返して欲しいんです。次いでに他の誘拐した人達も解放しておきましょうか。借金の肩で他の売り飛ばす予定の人達まで全員解放しろとは言わないんで」


 「ずいぶんお優しいじゃねえか」


 「だってその人達の面倒まで見れないでしょ。軍からしたら誘拐はまだ何とかしなきゃいけないでしょうけど」


 「その通りだがよ」

 


 胡座をかいて床に座り込むハサンは、生気を目に取り戻すと、やっと話を聞ける体制になったようだ。


 

 「ゆ、誘拐の件ですが、私ではわかりかねます。お、恐らく末端の構成員がやった事だと思います。しょ、正直に、申し上げまして、私では下っ端のした事などいちいち把握してませんで。ですが、売る予定の奴らは地下の監禁室に……」


 「そりゃマフィアのボスですからね、仰る通り。そんじゃ地下行きましょうか。念のため着いて来てくれます? 後ろからズドンとされちゃかなわないですから……あと、今回の誘拐指示した人は?」


 「それでしたら、そこのマリー様の椅子になってる若頭(アンダーボス)が知っているかと……」


 マリーの方を指差しながら丁寧に答えるハサン。


 「ではマリーさん、ちょっとそこの人起こしてもらって良いですか?」


 「何で敬語なんだよ……ホラ立ちな」



 オールバックの黒髪をむんずと掴み立たせれば、40がらみのヒスパニック系。



 「誘拐の指示は貴方が?」


 「い、いや俺もそんな細かいことはしていない、他の幹部の誰かだが、おそらく以前アンタに邪魔されたと言っていた奴だ」


 「私の事をご存知ですか……」


 「そりゃ、な。情報は俺たちの生命線だからな。誘拐を邪魔された事はもちろんだが、『ポルトランドの奇跡』に立ち回った一人のくせに付いてる異名は“ドブさらいの錫乃介”。街の地下排水路全てを清掃した事から付いたのは知っている。だが、まさか裏家業として掃除屋(スイーパー)の顔もあったとは情報には無かったぜ」


 

 そりゃ買い被り過ぎよ、俺今回何にもしてないしね……


 

 「まぁその話は置いといて、複数いた子供達の内わざと一人だけ逃して、自分達の面子のために私への報復と見せしめにしようとした可能性があります。実行犯と指示した奴らはそっちで始末して下さい。それから今後一切あの子達には手を出さない事」


 「わ、わかってる。アンタ達を敵に回すヘマを犯す奴は組織にはいらねぇ」



 次は無いぜーーと言い残し、地下室へ向かおうと振り返る。



 「これ、治療費やら迷惑料やら諸々の請求書宜しく頼むよ」


 横からデバイスを持った手が伸びたかと思えば、マリーであった。


 「え!高っ⁉︎」


 「組織潰されるよりマシだろ。大人しく払いな」


 「はい……」


 

 流石はマリー。抜け目ねぇ……




 ……………………




 「おーい、拉致監禁ごっこ、は終わりだぞ〜」


 「おじちゃーーーん」

 「おじさんーーーん」

 「「「おっさんーーーん」」」


 地下室では扉を開け声をかけると、部屋の隅で固まっていたメロディ、ピート、薪ざっぽ三人衆が駆け寄り腰回りに抱き付いてきた。



 「はっはっはっ! 怪我は無いか? おじさんが来たからもう大丈夫だぞ。さ、お帰りのお時間だ、皆んなで帰ろうか」



 地下室は打ちっぱなしコンクリートの部屋に簡易トイレだけで椅子も何も無い無機質な空間だった。顔馴染みの孤児の他には拐われた者はいない様子だったので、そのまま地下室を後にする。




 またもや不完全燃焼になった山下と、ぶっ潰すまでには至らなかったが少しスッキリしたシンディ、何食わぬ顔して小銭を手に入れたマリーの三人と子供達五人はコブラに乗り込む。

 錫乃介は乗り込む前にハサン・ウソヤンも車に押し込む。


 「出ようとしたところを対戦車砲でドカンとやられちゃ困るからねぇ、ちょっとそこまでドライブ付き合って下さい」


 「もう、そんな事しませんって!アンタらに喧嘩売ったら命いくつあっても足りませんよ。だいたい屋根におわすラオウ山下さんには、既にうちの支部一個潰されてるんですから!」



 コブラの屋根ではボフォース40ミリ砲を即撃てる準備をした山下がいる。



 「あ〜モールタールでシンディ拾った時のことか、懐かしいなぁおい。あそこと同じ組織だったかぁ」


 「なら、今引き返して潰そうよ」


 「ちょ、ちょ、勘弁して下さいよ!」



 シンディの一言に必死になって命乞いするハサンを他所に、ポルポルトビルを後にする。錫乃介が危惧する通り、後ろから対戦車砲でボス諸共狙い撃ちされるか警戒したが、その様子もなく無事に居住区を出ることができたのだった。




 「え、もう私解放されてもいいんじゃないですか?」


 「いいからいいから、たまには拐われる身にもなろうぜ」



 ニヤニヤ笑いながら不安がるハサンの肩を抱き寄せる。

 

 少しだけロシアンレザーの香りが錫乃介の鼻をくすぐるのであった。

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