折れたサバイバルナイフ

 分厚い雲が上空に沸き立つ雨季であるというのに、錆びたドラム缶を立て、養生用鋼板置いただけのテーブルに、ペコペコに凹んだ一斗缶と痛みすぎたゴムタイヤの椅子、傘が機獣の革で作られた日焼け用のビーチパラソルが立てられた、野外のフードコートような場所に引き摺りだされ、錫乃介は致し方無く席に着く。


 正面にはむさ苦しい脳筋ザウルスと隻眼の美しき暴力女。そして何故か途中で合流した回収屋の女王ことマリーゴールド・マリー。

 とりあえずと出てきた四つの金属製のジョッキには泡立ち溢れる黄緑色の液体。ビールではなく、合成アルコールに香料と着色剤を入れただけの、なんちゃってビール、その名もハッピー。

 メチルアルコールのような毒では無いが、飲み過ぎると次の日体調どころか頭が悪くなると言われる、この世界でも最低ランクの酒だが、どこで飲んでも一杯1cしかしないため、貧乏人御用達でアル中という名の大衆に愛されているドリンクである。


 

 「あのさ、酒を愛する俺としては、ガブガブ君だろうが、消毒用アルコールだろうが飲んできたけどよ、虫も逃げ出すこの酒は流石に避けてきたのよ。農薬代わりにも使えるってウワサだぜこれ」


 「こまけぇこたぁ気にすんなよ。俺の奢りだホラ乾杯」


 「なんでアタシまで……乾杯」


 「飲み会だってから着いて来たのにコレかよ……乾杯」


 「シンディちゃんテラカワイソス。ババアは勝手に合流しただけだろ。乾杯」


 

 愚痴りながらもゴッゴッと飲み干す四人は、直ぐにジョッキを空にする。


 「まっず!何これ。タヌキのションベンかよ。お代わり」


 「飲み干してんじゃねーか。お代わり」


 「なんでアタシまで……お代わり」


 「コレお代わりしなきゃいけないのかい……お代わり」



 すぐにお代わりが出てくる。泡がブクブク立つ黄緑色の液体が並々と入っている大きめの水槽に、ジョッキでガボリと汲むだけなのだから早い早い。


 

 「こんなん常飲してたら、あっちゅーまにあの世行きだぜコレ」

 と言いつつ2杯目をガブリ。


 「まぁ、否定は出来ねぇな」

 と山下もガブリ。


 「なんでアタシまで……」

 とシンディもガブリ。


 「自分で払うから次はまともな酒にしてくれないかね」

 とマリーもガブリエル。


 

 「で、なんだ? ただ飲み会したかったわけじゃないだろ?」


 「おうよ、なんて事はねえ、新宿の時の礼と、連帯保証人の……」



 山下がようやく本題に入った時、先程から怪しくなっていた分厚い雲、積乱雲よりにわかにゴロリゴロリと音がなっていたが、ここに来て鳴り響く雷鳴。

 ピカリと辺りを眩く照らしたかと思えば、ポツリポツリの前触れも無く、ひっくり返った風呂桶のごとくの豪雨。



 「詫びだ。それからマリーもいる事だしパンツァーイーター討伐の話聞かせろよ」


 「なんで普通に話続けられるんだよ、この雨の中でお前は」



 先程まで触れない程熱せられていた鋼板に肘をついて頬に手をやり仏頂面で山下に答える。



 「雨季の時はコレが当たり前なんだよ」



 かろうじて錫乃介達三人の上には革でできたビーチパラソルがあるため、直接雨はかからないものの、凄まじい雨の地面からの跳ね返りで、下半身は泥だらけになっている。

 というのにも関わらず、山下だけではなく他の客も気にしないのか、その場を離れず酒を飲み続けている。パラソルがないとこなどもう雨だか酒だかわからない。


 

 パンツ野郎はな……と、錫乃介が語ろうとし始めた時のことだ。

 目端に映った子供の姿。子供はヨタヨタフラフラと今にも倒れそうに豪雨の中を、歩んでいた。

 浮浪児の事などこの世界の人間は基本誰も気にしないが、見覚えのある格好に錫乃介は、話を打ち切り駆け寄った。

 

 アル、と呼びかけ両肩を強く掴み、その青く酷く腫れ上がった顔を覗き込む。



 「お……おっさん、ご……、み……な、まもれ……かた……」



 途切れ途切れに絞り出した声に、片手からは真中より折れたサバイバルナイフをドチャッと落とす。

 パシャリと泥だらけの地面に膝を突き、アルは意識を失った。



 「そうかそうか、よく頑張ったなアル。後はおじさんに任しときなさい」



  倒れ込みそうになるアルを抱き止め優しく呟いた。



 豪雨はより一層激しくなっていた。



……………………




 「全身打撲に内臓破裂の疑いもあります。絶対安静です」


 「賊に相当抵抗したようで、強かにやられたみたいですね」


 「患者は孤児とのことですが、貴方は……」


 「通りすがりの足長おじさんですよ。コレ当面の治療費です」


 「ありがとうございます」



……………………



 「ジョドーさん。申し訳ないんですが譲って欲しい酒が……」


 「錫乃介様。いったい何が……」


 「ジョドーさんが出張る程の事ではありませんから……」



……………………




 「そんなわけで、例の孤児達が拐われたようでな情報が欲しい。キルケゴール、お前さんなら借金関係で色々集まるだろうと思ってな」


 「あの、一応私には守秘義務ってヤツが……」


 「この時代になに寝言いってやがる。タダとは言わねえよ。欲しいのはコレか?」


 「そ、それは、スクラッチ前の『森伊蔵』!!…… いったいどこで⁉︎」


 「秘密だよ。それより人身売買組織あんだろこの街にはよ。前もガキども拐われそうになってたしな。なんで軍隊で潰させないかはこの際いいよ。裏社会ってもんとは色々あるだろうからな、否定はしねぇよ。綺麗事言うつもりもねぇ。それに訴えたところで、どうせ自警団も軍も孤児のためには動かせねえだろ? かと言ってこのままにするつもりはねぇ。教えな」


 「……ポルトランド居住区、24番街、5棟目の10階建『ポルポルトビル』。対空砲や重機銃で防備され、建物内部は護衛のハンターや戦闘用アンドロイドに警備されてるそうです。元々はこの街にハンターユニオンや軍が創設された時に、それとは別で有力者が組織したと聞いています」


 「おおかた荒くれ集めた組織として、街の防衛だとか人足にでも一役買ってたんだろ。その中で軍に組み込まれるのを嫌った半端者のはみ出しもんがそのまま残った、そんなとこだろ。なんて名だ?」


 「“アパッシュ”と呼ばれていますが、武装も構成員数も軍がそう簡単に手を出せないほど揃っています。どうするつもりですか?」


 「しれた事よ、俺のダチ公取り返しに行く」


 「何を無茶苦茶な事を、少し落ち着いて下さい。ちゃんと上に掛け合って、軍を動かせば……」


 「それが出来なかったから、のさばってるんだろ。いいって、いいって、これ以上迷惑はかけねぇから」


 「それ絶対嘘になりますよね」


 「かもな」


……………………




 キルケゴールとの話を終えユニオンを出ようとすると、出入り口には腕を組んで仁王立ちした三人の影が、錫乃介のことを今や遅しと待ち構えていた。




 あいつら着いて来る気?


 “まぁ、そうなるでしょうね”


 絶対勝つじゃん。


 “出番無くなるんじゃないですか?”


 また金魚の糞かよ俺。



 収支8,420c

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