お控えなすって お控えなすって
「なぁハサンよ、色々聞きたいことがあるんだが、この街で拐った奴はどっか別の街とかで売ってるんだろ?」
「そうですね、ポルトランドでは人身売買禁止ですが、他所は無法な街の方が多いですからそういった所では農奴や鉱山労働者、売春、施設警備用など普通に売買されています」
「成る程ね。他の街では君達みたいな組織は沢山あるの?」
「というより、我々の様な武装組織が中心となり街が出来た、というケースの方が多いかと。ポルトランドではユニオンや軍と共に“アパッシュ”が組織されましたが、元々我々も他の街でハンターの様な荒くれを統括していた組織の分派ですから」
「もしかして、ユニオン、軍とは別で、君達も他の街の組織とカルテルでも組んでるわけ?」
「そうなりますね」
シンディがハンドルを握り、ガタガタと揺れる車内。山下は不満そうに屋根に座り、マリーが見守る中子供達は安心したのかスウスウと寝息を立てている。
意外にも反社会組織独自にネットワークがありそうだな。
“そもそも反社会組織という概念自体があまりそぐわないのでは?”
確かにな。この世界は文明も国家も民族も一回リセットされている。となると村や街の形成も原始的なものから始まると考えるのが普通だわな。今までちゃんと考察した事も無かったが。
“機獣が跋扈する世界ですからね、部族間の紛争というより、機獣から身を守るためには一定の私兵や武力を持つ酋長の元にいる方が安全です。そして次第に人が集まり、村や街が形成されます”
ポラリスが組織したユニオンや軍がその後から街に組み込まれたケースも考えられるからな。その場合、先に存在していた有力者とうまく融合出来ればいいが、そういう訳にもいかないか。
“お互いを牽制し合えど深くは関わらないことで、両立したのがポルトランドなのかもしれませんね”
ポラリスならその両者が軋轢を生む事になるくらい予想できただろうにな。戦乱になる可能性もあったろうに。大和朝廷の熊襲・蝦夷征討みたいにさ。
“機獣の存在があったからでは無いですかね”
確かにな。戦争してる場合じゃないから協力体制が築けたか。
でも一旦街が出来ちゃえば勢力争いが始まるのが世の常だけどな。
“この辺りが比較的平和なだけで、他は違うかも知れませんよ”
仰る通り。
ナビと街の形成について考察をしていると、ユニオンに着いたのかコブラは止まると、マリーが巻き上げた金の分け前を皆んなに配ってくれた。表示を見ると10,000cも入っていたのでテンションがあがる。
喜んでばかりではいられない。街中で大騒ぎをしたのでこのままにしておくわけにはいかず、軍に報告をしなければならない。マリーは子供達を起こして孤児院まで連れて行ってくれるそうだが、どうせ報告が面倒臭いのだろう。
ハサンがいいかげん解放して欲しそうにしていたので、ここいらで勘弁してやることにする。
「なぁハサン最後にもう一つ、その君らのカルテルにはゴッドファーザーみたいなトップはいるわけ?」
「いるそうです。私は会ったことありませんが」
「どういうことだ?」
「実態が全く不明なのです。ただサンドスチームにいるとかいないとか……」
「サンドスチーム……か」
「噂です噂。それじゃ私はこれで……」
「じゃまたな〜」
「“また”が無いよう神に祈ります」
「そう言うなって」
ハサンを見送り報告に向かう。事情聴取係は思った通りキルケゴールであった。本来なら街中でドンパチやったのだから、まずは留置所に放り込まれるところであったが、街の軍のトップであるアイアコッカと山下は喧嘩仲間で昔からの馴染みでもあること、山下自身が大佐でもあることが幸いし、つつがなく場をセッティングされた。
キルケゴールに事情を話し、嘘偽りない事が判断される。孤児とは言え誘拐監禁したのが明白になってしまったのだからアパッシュもタダでは済まないはずだが、そこは法律が雑にしか無い世の中。実行犯や指示をした教唆犯を生贄に差し出すだけで、お咎めは無いと考えられるそうだ。そこは昔から癒着なのか共生なのかはわからないが、お互い上手くやっているのだろう。
というより、犯人はすでにアパッシュ内で制裁を加えられ、もうこの世の人間では無いような気もするが。
取調べと報告が終わり、三人が外に出る頃にはすっかり夜も更け、深夜帯になっていた。
ユニオン内の病院でアルの様子を聞いたが、容態は落ち着いたとのことで、ホッと胸を撫で下ろす。もう遅いので面会はしなかった。
砂漠の夜は寒い。ロクに準備もせずに出たものだから荷物はコートすらもジャノピーのリアボックスの中に置いたままであった。
山下達と別れた後はサウナに寄って、真っ直ぐに定宿『野積み峠』に戻るが、今日一日酒以外何も腹に入れて無いことに気付き、確実にどこかしらは開いている屋台街に繰り出す事にした。
屋台街では既に半分くらいの店は閉まっていたが、まだまだやってる店はある。早朝でも朝粥とかやってるで、なんだかんだで24時間何かしら食べられるのがこの屋台街の強みだ。
寒いので何か温かい物をと見廻すとその名も『羊の頭』という店があった。ドラム缶でなにやら煮込んでいるシチューだかスープの様な料理を出している。これ幸いと近づくと、ほんのり臓物臭とスパイスの香りが漂う。
なんだコレは?と太ったヒゲもじゃ頭ツルツルの中東系のおっさん店員に尋ねると、パチャという料理らしい。
前いた時代でも食べた事のない料理に興味が湧く。
余計な物を取った樹脂製ヘルメットを裏返した容器にモサッ盛られたのを受け取ると、店名通りの煮込まれて骨になった羊の頭にプカリと浮く目玉。
マジかよ、と内心怯むが、旨そうじゃねえか、と反応してやると、親父は大いに喜ぶ。ティシュリーブというパンに漬けて食べるそうなのでそれも購入。
ちょいとドラム缶を覗き込むと、まだ何頭分もの、頭がゴロゴロ煮込まれている。豪快なんてもんじゃない。魔女もビックリ腰を抜かすだろうよ。
なぁナビ、パチャってどこの料理?
“イラク・クルド料理の定番メニューです。元々はお祝い事に出されていた物ですが、時代を経てトルコをはじめとする中東地域ではドがつくほどの定番となりました。日本で言うラーメンや牛丼的な立ち位置ですね”
じゃあ何か?飲み過ぎた〆にコレ食べるのか?
“まさにその通りです”
あの辺イスラム教の奴が多いんじゃねえの?酒禁止だろ。
“日本だって肉禁止の時代になんだかんだ理由つけて肉ガツガツ食べてましたよ。それに仏教徒だって”
それ言われたら何も言えねぇな。
コレ、多少獣臭はあるけどメチャクチャ美味いな。ホルモン鍋食ってるみたいで身体があったまるなんてモンじゃねぇ。
“パチャは羊の頭だけじゃなく、肉、臓物、骨、皮、と毛以外の全部を使った滋養強壮煮込み料理です。中東辺りの人にとってはソウルフードとも言える料理なんです”
成る程な。ところで話は変わるけど、ハサンの言ったサンドスチームにゴッドファーザーがいるかも知れないって話どう思う。
“可能性は大いにあるんじゃないですか?内部に指導者的な人間が身を隠して、各地を監視してるとしても不思議じゃありません”
まぁそうだけど、ずいぶん働き者なゴッドファーザーだな。
“こうとも考えられます。少し突飛な話になりますが”
ん?
“《しらかわの きよきにさかな すみかねて もとのにごりの たぬまこいしき》です”
清廉潔白な世の中になっても、ポラリスがわざわざ人間の暗部が住める場所を用意したってことか?
“可能性ですよ可能性。人間は正義、正論、正動だけじゃ、生きられないでしょう”
まぁな。
“社会からこぼれる人間というのはどうしてもいます。五体満足であればハンターにでもなればよいでしょうが、致命的な障害があったりで、まともな仕事に付けない人間というのはどうしてもいます”
元々反社組織の存在ってそういった障害者や犯罪者とか社会のレールに乗れなかった人間を、人足業として拾いあげていた社会福祉的な側面があったからな。その時代では反社とは言われなかっただろうけど。
“反社ではないにせよ、昔はやはり博打や髪結、芸能などは下賤な仕事として認知されてましたよ”
芸能、髪結はあれだろ、風俗業としての側面もあったからだろ。
“そうですねそれらは切っても切れないものでした。ですが、それだけ庶民には認知されており、一部では英雄扱いや物語の主人公になったりしてました”
国定忠治、大前田英五郎、髪結新三、アルカポネなんかもギャングスターだな。根本は同じか。
“現実はともかく彼等はだいぶと物語の中で美化されていきました。髪結新三は違いますが、義侠心や人情に厚い侠客というのが共通した人気の秘訣です。弱きを助け強きを挫くって奴です”
俺の時代のヤクザはもう真逆だったけどな。俺一千万請求されたことあるぜ。
“何したんですか……”
店でワインかけちまったんだよ。アイツらすぐそういうとこ付け込んで来やがるからな。侠客なんて言葉が1番似合わないカスに成り下がってるわ。
“……話を戻しますと、学が無いもの、力無いもの、身体しか売り物が無いもの、それすらも無いものは必ず生まれます。そういった下賤の民と昔呼ばれた者達は、このぐちゃぐちゃになった世の中では、真っ先に死んでいくでしょう”
だからその受け皿として暗部である反社会組織をわざわざ用意し、暴走しないよう管理しやすい様にした。
“と考えます”
考え過ぎじゃ。
“ですかね”
収支 18,300c
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます