砂漠と餓鬼と塵芥7

 アクタを飯に誘ったもののオジサンは村のどこになにがあるのか知らないし、アクタも飲食店の場所は知っていても入ったことがない。ピッカー用の屋台は多いがまともな店を構えている飲食店など限られていた。そのうちの一つである『居酒屋 ジャンクコレクション』で二人は今日の打ち上げを始めていた。まともといっても朽ちたコンクリ壁と積んだだけのコンクリ瓦礫にモルタルを塗ったくっただけの石壁で周りを囲い、正面の観音開きのドアはどう見ても海上コンテナに使用されていたやつを流用している。屋根はおそらく太陽光パネルを溶接したもの。当然発電なんぞできるはずもない。縦に割って寝かせたドラム缶の上にトタン板が張っただけのテーブル、椅子は一斗缶であればまだいい方、数本のパイプをただ半円に溶接しただけの椅子や一度プラ樹脂が溶解して不定形に固まった、まるで座ることを拒否する椅子が店内に並ぶ。幸いまともな部類の席に着けた二人は瓦礫壁に貼られるメニューを見廻す。畜産が盛んな村だけあって畜産物が豊富にあるかと思いきや殆どが富裕層が住む都会に送られているため肉は合成物らしい。卵や乳製品は多少余るのか比較的低価格といえた。このあたりで酒といえばトウモロコシで作った蒸留酒のコーンウィスキーを水やソーダ、ジュースで割るか、もしくはそのまま飲むのが一般的なようだ。

 オジサンの前に子犬が入りそうなくらいな口径の大砲の薬莢を輪切りにしたジョッキに氷を詰め、ダバダバと透明なウィスキーとソーダがなみなみ注がれたハイボールが届く。アクタには天然ミックスフルーツジュース(天然果汁1%)にした。

お疲れ! とオジサンがグラスを差し出すとアクタはキョトンとしてこちらの顔をのぞいたあと何かを察してグラスをカチリと合わせ、お疲れ!と周りの喧騒に負けない元気な声で叫んだ。乾杯をしたあとジュースを口にしたアクタはより一層目を輝かせ、大事に大事にジュースをチビチビと飲む。ジュースは今まで誰かが飲み残して路上に捨てた物を飲んだのがただ一回だけだったらしい。ふぅと一息両者は人心地が付いたあと、先に口を開いたのはアクタだった。


「オジサンはどうしてこの村に?」


「ん? ああ、量子コンピュータを探していてな……」


「量子コンピュータ?」


「ああ、昔使われていたコンピュータでな、電脳が出てくる前はそれが使われていた。それをオジサンは探しては破壊する仕事をしていてな。もしアクタが見かけるか、知ってる奴がいたら教えて欲しいんだけど、そう上手くはいかないよな」


「どんな格好なの?」


「ん、こんなんだ」


 手帳ほどのタブレットに映し出された動画にはまるでシャンデリアのように複雑でキラキラ光る造形をし、そこの幾本ものチューブのようなコードが繋がれた物体があった。


「これはコンピュータの本体でだいたい頑丈なケースに納められている。これが一台のときもあれば数十数百台並んでる場合もあるんだ」


 動画を見たアクタは飲んでいたジュース口からこぼしながら、これ知ってる…… と呟いた。


「マジですか⁉」


「タカタカ砂漠にあるゴミ処理施設…… 僕が生まれた場所……」


「またあの砂漠かよ! っていうか今頃もう他のピッカーに荒らされてるんじゃないか?」


 オカッパ頭をファサファサと揺らしウンウンと首を横に振る。


「無理だと思う。だってタカタカ砂漠の深い奥地だし沢山械獣出入りしてるし気付かれない様に入ったとしても、その量子コンピュータがある部屋は建物の地下でその道知ってるのたぶん……」


「そこで生まれたアクタだけってことか」


「うん、たぶん」


「どうしてそんな物を探してわざわざ壊してるの?高く売れそうだけど……」


「詳しく説明すると長くなるんだよなぁ。この世界っていろんな無線通信が使えないだろ」


「無線通信って遠くの人と話す方法でしょ? よく行くジャンクショップのオドパッキさんに教えてもらったことある」


「会話だけじゃなくさっきの動画とか画像とかデータに変換できるものならなんでもだ」


「えっ凄い! でもなんで今できないの? オドパッキさんも教えてくれなかった気がする」


「知らないだけさ。つい最近まで原因不明だったんだから。それも詳しく話すと長くなるなぁ。要はさっきの量子コンピュータがその原因の一つなんだ。だから世界各地にあるそいつらを破壊すればまた無線通信が復活する…… 可能性があるんだ。無線が復活すれば俺たち人間の社会生活はグッと向上する…… はずなんだ」


「へぇ〜、オジサンはじゃあ、世界のために冒険してるんだ!」


「え? あ、ま、まぁ、そういうことになるかな。世界の困ってる人のために旅をしてるんだよオジサンは」


「わぁ、なんか憧れちゃうなぁ……オジサン格好いいなぁ……」


「よ、よせよぉ〜照れるだろぉ」


“本当は世界各地に現地妻を作るためなんて口が裂けても言えませんよね……”


(黙りねぃ! ちゃんと依頼を受けてやってる仕事だろうが! 現地妻は、ほら、その、ご、ご褒美みたいなもんだろうが!)


 

 そんな会話をしつつもオジサンの目的地はまたもやタカタカ砂漠と決定する。

 うんざりした顔を見せるオジサンに、アクタはキラキラ輝かせ期待を籠めた瞳を向ける。


「なんにせよ、しゃあねぇな。じゃあ先生……」


「うん!」


「明日もよろしくお願いいたします!」


「やったぁ! 任せて!」


「その前に」


「うん?」


「前祝いだ! 好きな物食べろ! 全部俺の奢りだ!」



 シンプルなコーンクリームスープは皿を舐め取って綺麗にしたくなるほどコーンの甘みが出ており、芋にチーズと合成塩漬け肉を乗せてオーブンで焼いた物は生クリームであえられシチューのように濃厚な味わい。砂抜きして白ワインで煮込んだナマズのような川魚はホロホロと白身が柔らかく、ドライトマトの旨味とケイパーの程よい酸味とブラックオリーブがアクセントで口に運ぶ手が止まらず、貴重な本物の牛の肩ロースの肉塊に岩塩をこれでもかと振り掛けて直火でじっくりと焼いた、どっちが縦だか横だかわからないステーキは焼けた岩塩が香ばしく口の中で弾け、溢れる肉汁と混じり合いある種のスープとなって喉を潤し口内に残った肉を腹の中に流しガツンと胃袋から落下音をさせる。


「オジサン……」


「ん?」


「しあわせ〜」


「そりゃそうだ。美味い飯ほど人生を幸せにする物はないからな」


 過酷な世界を生き抜いてきたアクタの目は会ったときからいつだって曇ることはなかったが、今だけは蕩けて別の生物、いやマスコットのようになっていた。オジサンはその姿に数十年生きてきて初めての感情をまだ言語化できずにいた。



 オジサンの脳内に潜むAIはだまって優しくその光景を見守るのだった。



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 明日の出発はまた夜明け前と早いのでアクタはお腹と別の何かが満ち足りた表情で帰っていった。オジサンは酒場に戻りテーブルからカウンターへ席を移る。数個のドラム缶にステンレスの板を貼り付けただけの雑なカウンターテーブルに並ぶ、バーチェアがわりの脚立に座ると一人飲み始めた。先程まで飲んでいたハイボールは熟成も何もされていない透明な蒸留酒ベースであったが、今傾けているグラスを満たすのは数年間樽熟成された琥珀色のコーンウィスキー。手にするグラスは園芸用の手のひらサイズのブリキ製ミニポットだった。溶けゆく氷を見つめてはカラカラとグラスを振ってそろそろお暇しようとしていたときだった。


「おやまあ、 “オジサン” まだいたのかい」


 聞き覚えのある酷く癇に障るしゃがれ声はつい先程嫌というほど味わったばかり。コンマ数%でも自分のことではないことを祈りながらも、その希望は早くも打ち砕かれる。

 ヒョウ柄が目の端にチラリと入る。一つ空けた隣のカウンターに着いたようだ。


「ずいぶんと懐かれているじゃないかい」


「アンタにゃかなわねぇ。なんでこっちに座る」


「不幸そうにしてるやつの顔を見るのはアタシの大好物でねぇ」


「いい趣味してやがるな。残念ながらそう不幸でもないぜ俺は」


「そのわりにアタシにキレたこと後悔してそうな面してるけどね」


「……」


「ヒェッヒェッヒェッ…… その面だよ」


 返しがないことから二人の間に沈黙が流れる。酒場は酔っ払い達もひき始め、先程までの喧騒が静まっていく。オジサンは懐から取り出した長煙管に葉を詰め火をつける。それからたっぷりの間を置いてからズバールは口を開いた。


「馬鹿な男だね、黙って連れ去っちまえばいい、あんなガキの一人や二人。そんでどこかで売っ払っちまう、そんな算段じゃなかったのかい?」


「アンタこそさっさっとケツ持ち組織に売りゃいいだろうが。少しはまとまった金になるんじゃないか」


「さっき言ったこと信じてるのかい? そんなケツ持ちこんなババアにいるわけないだろう。この村にいるのは国都から来てる税金食いのやっかいな武装警備隊だけさ。残念だったね」


 紫煙をたっぷりと吸い込んだオジサンは、深く吐き出しながらズバールに目をやる。安いだけのアルコール臭い透明な合成酒をロックで飲んでいるようだ。


「アンタ、わざとカスみたいな小遣いしか渡してないだろ」


「他の店の売値知ったら嫌気がきてさっさといなくなっちまうと思ってたんだけどねぇ、なかなかしぶといよ」


「なんのためだ?」


「アタシが世話してやったんだ。それぐらいしてもらって当然だろうが」


 ズバールさんはボクの命の恩人なんだ───   


「あのガキは純粋過ぎる。どうせいつか騙されてロクな目に合わないさ。自分で酷い環境から抜け出す術くらい身に付けないと───とんでもない目に遭う───アタシみたいにね」


 他より全然少ないことだって知ってる───


「それが本音か」


「───さぁね」


 長煙管の火はもうとっくに消え、二人の間に再び沈黙が流れる。合成酒を呷りミニ鉢のグラスを空けるとズバールはなにやら語りだす。


「この村はね、一見のどかで平和そうだろ。でもね、村民にかかる国都の重税はなかなかのもんだよ。払えなければあっという間に家土地財産うばわれゴミ拾いに落ちぶれちまう。広大な土地を必要とする畜産は特権階級のやつらが牛耳ってるし、アタシ達は皆爪に火をともすような生活だ。弱いものは奪われる。あんななりのアクタが金を持ったところですぐに身ぐるみ剥がれるのが関の山だよ」


 ピッキングは恩返しなんだ─── 


「そうかもな。悪いが明日はアクタとのデートが早くてな、これで失礼する」


 カウンターに置かれたのは数粒の硬貨。


「置いとくぜさっきの迷惑料がわりだ」


「気が効くじゃないか」


「まだ会って二日だけどな、アクタは純粋かもしれないが馬鹿じゃない、むしろ聡明だ。それでもアンタを見る目はなにも迷いが感じなかった」


「それを利用してアタシは悠々自適させてもらうのさ」


「そうか─── ま、よく考えたら俺の国でも子供が故郷の家族のために働いてる時代があったな」


「なんのことだい?」


「なんでもねぇよ。あばよ」


「純粋、ねぇ…… それが嫌なんだよあのガキの目が───」


 だからそれでもいいの───



あの目

えぐられる

いままでしてきたことを

見透かすのか

物心ついたときには

野盗のカキタレだった

小さな集落を襲い

殺しあう毎日

女であったから

強い方に寝返っては

利用し利用され

何一つ信用できず

老いてからは

無駄飯喰らい扱い

金をもって逃げだし

追われ

行き着いたここで

ゴミ拾いに落ちぶれ

ゴミにまみれ生きてきた

拾っちまったのは

ただの気の迷いだ

なのにあのガキは

行き倒れてたあのガキが

輝いた瞳でアタシを見る

アタシをえぐる

いつも腹を空かせた餓鬼のくせに

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