終わる終わる詐欺 大人って汚い編
世界最大の魔境が日本にあるって知ってた?
「え?リクエストのノルマ?チャラじゃないの?」
錫乃介はユニオンで激しい憤りを感じていた。
ジャムカが起こした機獣によるポルトランド侵攻未遂は、『機獣津波』と命名され、未然に防いだなんやかんやは『ポルトランドの奇跡』と呼ばれる様になった。
住民に対しての表向き発表としては、行方不明になっていた元帥が颯爽と現れ、即席の工兵部隊を急造し、大発生していた機獣の住処を爆破。漏れ出た機獣達を謎の力で殲滅した後、何処ともなしに去って行った。と、かなり無理がある内容であったが、住民達は元帥を英雄として、讃えるのであった。
英雄に祭り上げられたジョドーはありがた迷惑と、徹底的に自分やお店の存在を秘匿とし、錫乃介やキルケゴールには固く口止めをした。
さて、影の英雄である錫乃介はというと。ジャイロキャノピーのチューンが終わるまで仕事もないので、トレーニングは欠かさなかったが、数日は美味しいお店を探したり、ジョドーのお店に行ったりと、ぶらぶらして久しぶりの休暇を満喫していた。
残金16,800c
そして、明日にはチューンが終わると、『鋼と私』に立ち寄った際にサカキのおっさんから言われたある日、ならばリクエストの様子でも見るかと、ハンターユニオンに行った錫乃介は白衣を着たベリーショートのメガネ男に呼び止められた。
以前ローンを組んだ部屋に案内され、挨拶もそこそこに話し始めた。
「え?リクエストのノルマ?チャラじゃないの?」
「はい、ローンとリクエストのノルマは別物と、錫乃介さんそう言うことなんですよ」
「確かにさ、ローンはチャラって言ってたけどさ…なんかズルくなーい?」
申し訳なさそうな表情のキルケゴールに、錫乃介は不満タラタラな撫然とした表情で反論する。
支部長からは確かに“ローンの支払いはチャラ”と言質はとっている。あの時はハンターユニオンと軍の幹部が勢揃いしていたから、流石にその件を反故にされることは無いと高を括っていたが、まさかそう来るとは思わなかった。
しかし、こういうのは文章に残っている方が効力が強い物で、あの時ローンの支払いと共にリクエストのノルマもチャラかどうが、確認をとるなりして文章に残さなかった錫乃介のミスなのは間違いない。ちゃんとローンがチャラになってるだけでも良心的と考えなければならない。それが契約ってものであり、錫乃介も重々承知していた。
あの狸ヤロー。
大人って汚いよな。
“組織のトップに着く人間が搦め手をしてこない訳無いでしょ”
俺が脳内で愚痴ると、すかさず電脳ナビゲーションアプリのナビが突っ込みを入れてくる。
まぁ、そうだけどよ。
だけどさ、俺この街救った立役者だぜ〜。
“仕方ないでしょ、英雄だって金返さなきゃ
ただの借金持ちですよ。その英雄の肩書もジョドーさんに譲っちゃいましたし”
向こうは元々元帥だからそーいうの適役だからな。全然喜んで無いけど。
むしろこれから、自分が英雄だなんて絶対に言わないだろうね。あ〜もったいね。
“静かに店やりたいって言って、キルケさんにも場所を強く口止めしてましたね”
もったいねーな〜、女両腕に侍らしてウハウハ出来んのに。
“絶対やりませんよね、あの人のタイプからいって”
ナビと脳内で会話していると、キルケゴールは話を続けていた。
「もちろん錫乃介さんの功績も鑑みて、リクエストノルマは残り7件あったんですが、あと1つだけで終了ということで手打ちにします。いかがでしょうか?」
「イカがもタコも、ハンターユニオンが出来る最大限の譲歩がそこまでってことでしょ?となりゃ、やるっきゃ無いんでしょうが」
「ご理解が早くて助かります」
意外に揉めるわけでもなく、スッと引いてくれた錫乃介にキルケゴールは少し安堵の表情を見せる。
「んで、その最後のリクエストってなあに?」
「廃ビル13号棟の調査です」
錫乃介はしょうがないなぁと、リクエスト内容を聞く。どうせ、用水路掃除レベルのリクエストだろうと思っていたからだ。それくらいなら駄々を捏ねずに、ササっと終わらせた方が話も早い。
そしてキルケゴールから返ってきた応えは、今まで錫乃介が受けたリクエストの中でも最高ランクのやつだった。
「まてまて、ジョーダンはヨシコちゃんよ。俺今まで100cとか200cの最底辺のリクエストばかりやってきたハンターだよ?地下宮殿調査だって3,000cって下級なやつだろ。なんで突然万単位のリクエストよこす訳?俺まだハンター1年生だよ?」
「それが、その地下宮殿調査は蓋を開けてみれば、この街を揺るがし存亡を左右する内容だったわけで、上級ベテランクラスのリクエストだったんですよ。それを難なくこなした錫乃介さんの評価は上がりまして、それで白羽の矢が立ったわけです」
キルケゴールは苦笑いをしながら述べる。
「なんか、煽てて言ってるけどさ、割に合わないから、本当の上級ハンターがやらない仕事回したかっただけじゃないの?」
「まぁ、否定はしません」
「少しは誤魔化せよ」
2人の間に数拍の間ができる。先に口を開いたのは錫乃介だった。
「んで、その廃ビル13号棟って、どんな感じ?「受理いただき。ありがとうございます」
錫乃介の言葉に、一拍の間も無くキルケゴールは答えた。
「もとから、こっちには拒否権ねーだろーが」
錫乃介の言葉に、キルケゴールはリクエストの内容を説明する。
「西へおよそ1,000キロ。エーライトという小さな集落から南に500キロ。砂漠を抜け山に囲まれたそこには広大な緑の敷地に、苔むした高層建造物群があります。100メートル以上の廃ビルが凡そ50棟。200メートル以上は15棟。その中の13番目の高さのツインビルディング、13号棟が今回の調査対象なんですが…」
そこで一回言葉を切るキルケゴール。
「なんだよ、続きを言えよ」
「今回のリクエストは調査というよりも、戻ってこないハンター達の方がメインでして…」
「行方不明のハンターの捜索なんてするんだな。珍しい」
「それが、今まで確認できただけでも、ソロ含め20組50人以上のハンターが、このビルの捜索で帰ってきてません。植物タイプの機獣が多いのですが、その餌食になっているか、それとも別の理由か…」
「言葉を濁す理由はそれか。割に合わないといえども、受理するハンターはまあまあいる。機獣のせいかわからんけど、皆んな帰ってこない。そのうちそんな安い報酬じゃ誰も行かなくなった。金目の物がある保証は無い。かと言って行方不明のハンターが多いからユニオンとしてはそのままにはしておけない。だから13号棟の調査よりも、行方不明の原因と、出来ればハンター達の死体でもいいから確認する。そんなとこですかい、キルケさーん?」
キルケゴールは錫乃介に目を合わせづらくなっている。
「わかってるよ、別にキルケが悪いわけじゃ無いって事くらいよ。アレだろ、上層部の奴ら俺を買い被り過ぎてんだろ?」
「錫乃介さんがやった事は実力だと思っています。でも、神がかった事までも錫乃介さんがやってのけたと、思っている様子が少なからずある様でして……」
「ポラリスのやったことか……ったく、何にせよ迷惑残して行きやがったなあの女」
「説明が足りなかった事がこの様な件を舞い込んだ要因かと」
「回り回って結局俺のせいじゃねーか」
「まぁ、コメントし辛いですが」
「わーったよ。やりゃーいーんだろ、やりゃあ。とりあえず情報くれ」
頭をボリボリかきながら、投げやりになる錫乃介。
「はい、ではこちらのタブレットに少ないながらですが、今までの走破された地図とデータが入ってますので」
と、渡されたタブレットは手のひらより少し大きいサイズであった。
「少しは戻って来てる奴がいるじゃん。んで、どこまでやったらリクエスト完了になるわけ?」
「その地図は今のところ5%程しか埋められていないので、20%まで到達したら完了とみなされます」
「ふぁーーーーっ。結構ノルマきついね〜。広大な廃墟ビル2割って大変だよ〜それプラスハンターの捜索もあるんしょ?ずいぶん欲張りセットのわがままプライスじゃない?」
「ですので、期限は1年あります。ここだけの話、それで20%到達しなくても、今回は温情措置で完了とされると思います」
「そーいうの、なんか俺にとって美しく無いんだよ。ま、やれるだけやったるわ。見てろよー」
「ありがとうございます。それではお気をつけて」
「なんだっつーんだ全く」
ブツブツ文句を言いながらハンターユニオンを後にする錫乃介は、その足でマーケットに行き、明日からの旅に備えた買い出しをするのであった。
“防毒防塵マスクを買っておいてください。今回の任務は屋内戦闘が多くなるでしょう。もしかしたらガス系の攻撃をしてくる敵もいるかもしれませんので”
オッケー!
手榴弾
携帯食
水
弾薬
着替え
燃料
防塵防毒マスク
小型のサバイバルナイフ
などなど。それから財布用の安いデバイスも1つ買っておいた。
残金15,500c
その晩、ジョドーの店『万魔殿』に夕食と情報収集を兼ねて赴いた。
「ってな訳で、しばらく遠出するんですよ。そんでもって、廃ビル13号棟の情報ってあります?
ユニオンで仕入れたのをまとめますと、
あちこち苔むしてる。
機獣のタイプが植物より。
100メートル以上のビルが凡そ50棟。
200メートル以上も13棟。
行方不明のハンター捜索。
期限は1年。
こんな感じなんですけど」
今夜のジョドーのスペシャリテ、ブーダン・ノワールとブーダン・ブラン(作注:2つともソーセージのことだよ)にフライドポテトを添えた物を摘みながら、ギネスをグビグビ飲みながら話をする。
「私もあの地は行ったことはありますが、探索も表層しかしておりませんので、あまり有益な情報は無いのですが…」
白髪混じりの長髪をオールバックに後ろで纏め、白のフォーマルなドレスシャツに黒のベストにスラックス。深く刻まれた皺が渋く光るロマンスグレー。
グラウンドスクラッチ後の世界で、街を守る守備隊である軍と、治安や職安を兼ねた組織、ハンターユニオンを設立したポラリスの手足となって動いた男だ。元々はネズミの機獣だったとはとても信じられないが。
いつの間にやら黒い長髪は白髪混じりになっていた。
「ジョドーさん髪染めてたの?」
「ええ、染めてたというかそもそも自前の髪では無かったんですよ。この身体はヒューマノイドが元ですからね。
それで、見た目の年齢を考えると、白髪があった方が良いかなと思いまして。
……あの、話が逸れ過ぎじゃ無いですかね?」
「あ、すいません。そんで13号棟はどんな感じで?」
「植物系の機獣が多いのは確かですが、それよりも、あそこのビル群はどれも高層建築で、それだけでも探索はウンザリします。そしてそれ以上に問題なのが地下街です。
果てしなく広く、何階層あるのか想像もつきません。鉄道の名残も多く見受けられましたので、元々はターミナルだったのでしょう」
「何の駅かはわかります?」
「確か日本語で、“新しい宿”を意味する文字があちこちで見受けられました」
「それって新宿じゃねーか」
「ご存知で?」
「ああ、俺のいた時代からすでにラビリンスな駅で、魔境な街でしたよ」
こりゃ一筋縄じゃいかねーぞ。いきなりラストダンジョンに行くようなもんだ。1年で足りるかね〜
“文字通りラストダンジョンですよ。新宿の地下街は延面積10万平方メートルで、世界一の広さを誇ってますから”
それプラス高層ビルって、エクストラダンジョンじゃねーかよ。
「既知となれば、もはや私から助言できる事はあまりありませんね。あるとすれば、植物系の機獣は小口径の銃弾は効き目が薄いので、高火力の散弾系銃器が良いでしょう」
「ショットガンか〜、今は持ってないからなぁ、買うかしかないか。出費が絶えないね〜」
「ご出発は?」
「明日には出ますよ。そんじゃ、また帰ってきたら寄りまーす」
「どうぞ、ご武運を」
「はーい」
万魔殿を後にした錫乃介は、サウナで汗を流し、ハンターユニオンの敷地内に勝手にテントを設置し就寝を始めたのだが、ちょっとだけ気になる事があった。
なぁナビ、新宿の高層建築物でしかもツインビルってなると都庁ぐらいしか思いつかないんだけど、都庁は少なくとも新宿で1番デカイ建物だったはず。13番目のツインビルってなんだ?
“錫乃介様がタイムスリップした9年後の2029年に新宿では新たなツインビルが竣工しております。『ウルトラスーパーデラックス新宿ビル』と命名されましたが、それですと、高さ260メートルなので、都庁を抜きますね。いずれにせよ13番目は不明です”
ひっでーネーミングだな。そんなものが、俺が居なくなってから新宿に出来てたのか。ますますラビリンスっぷりが捗ってたんだな。
でもそうなると、そのビルの線も薄いのか。
“グラウンドスクラッチでグチャグチャになってますから、全く関係ないかもしれません。行ってからのお楽しみですね”
全然楽しみにならねーよっての。
まぁいいや。
寝るわ。
おやすみ。
“おやすみなさいませ”
この日の夜、空に浮かぶ月はたいそう明るく、錫乃介の寝ているテントを、妖しく青白い光で包み込むのであった。
残金15,350
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