砂漠と餓鬼と塵芥42
衛士隊、軍隊の一斉射撃が始まった。口径のサイズ問わずに、撃てる、届く、弾がある兵器の全てが吠えていた。
軽戦車37ミリ砲、40ミリグレネードランチャー、20ミリ、12.7ミリ弾ガトリング、5.56ミリ弾、なかでも圧巻だったのは携帯対戦車火器の一斉砲火。昔見た花火大会のフィナーレを飾る速射連発をオジサンは思い出していた。
これはいけるか? 一発一発の火力は足りねぇが、これだけの集中砲火だったらさすがのトカゲキングも……
“爆煙で全く様子がわかりませんね。迎撃による爆発なのかどうかも……”
銃弾と砲弾の暴風雨はピークを過ぎその勢いを弱めていく。
シーズファイア──射撃を止める号令がかかる。
衛士隊も軍隊も舞台を降りて観客となった者達は全員その場で立ちつくしていた。
倒したのか? まだなのか? なんにせよ増援を呼びに行かせた今できることはあの酷く視界を妨げている煙が晴れるのを見守るだけだった。地上に発生し膨張する塵芥の積乱雲を眺め、その場にいた全観客がこのグダグダなB級映画の閉幕を期待していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
粉塵の雲海の中に佇む絶対王者と思われた恐竜王は満身創痍であった。特殊合金装甲といえど、駆動部に直撃した機関砲で両腕はもげ、高濃度の挨煙によって迎撃が逸れ対戦車榴弾が被弾した頭部の上半分は吹き飛び、急所こそ外れたものの胴体の風通しも程よくなっていた。しかし、まだ肝心のコアと呼べる部分は無傷であった。地面に再び突き刺した尾から身体に精気が満ちていく。
まだだ
まだ、終わらない
この作品の主役は俺だ
この舞台──人間達には譲らない
ゆっくりとおもむろにジワジワと開く下顎
奥に灯るぼんやりとした光
舞台袖から覗く者がその光景をただ一人目撃していた。そして──
行って、アイツの正面に
“そうこなくてはな”
アクセルがかかる
瓦礫を乗り越え竜王正面に横付けされる武装トヨタハイラックス
魔王ダーは全リソースを射撃統制に
旋回する75ミリ無反動砲
外部カメラの視野が脳内に映る
濃霧の中で淡く輝きを増していく口腔
トリガーに両手の人差し指をかける
狙いは、あの光──
“撃て”
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっとアクタが心配だ、行ってくる」
射線上からずれているとはいえ方向は同じ。オジサンはいてもたってもいられず、再び砲撃の嵐が始まるおそれもあるなか、車に乗り込みアクセルを回した。
だが、走り始めてすぐに正面から一発の砲撃音。それは間違いなくアクタが乗る武装ピックアップの75ミリ砲。無事なのは間違いないのだろうが、まだ倒しきれてなかったのか──後方でざわつく観客達は再度残っている武装を構え始める。
だがその杞憂は必要なかった。煙幕の中から顔を出したのはレシドゥオスのハイラックスだった。黒光りしていたボディは砂と煙と塵芥で見事に灰色へとペイントされ、長年戦場を駆け抜けてきたテクニカルトラックのように変貌していた。
オジサンは車を降り歩み寄る。アクタは車を降りると猛ダッシュでオジサンに向かって飛びついた。
「おっと、またこんなに汚れやがって──やったのか?」
「それ、フラグっていうんでしょ? ダーに教わったよ」
フワフワとした琥珀色の髪から覗くヘーゼルカラーの瞳が悪戯っぽく笑う
「え? まだやばい?」
「ううん、大丈夫。倒せたよ」
「倒した? ホント?」
「うん、頭吹っ飛んだもん」
それを聞いて深く息を吐いたオジサンは全身から力が抜けていく。
「ねぇ頭ナデナデして」
「その前にちょっとごめん」
抱きついていたアクタを地面に下ろすとその場でばったりと大の字に倒れこんだ。
「終わったーーーー、疲れたーーーー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
塵芥の雲海が晴れていく頃合いを見計らったかのように夜空は白み始め、やがて朝日がさしていく。
その場にいたオジサンとタコ坊主にアクタら三人は聴取ということで衛士隊屯所に連れて行かれた。リシュとフェイウーは面倒ごとに巻き込まれないよう何処かへ逃げた。レシドゥオスは最重要容疑者として拘束された。
疲労困憊のなかの取り調べはもはや拷問に近かった。それは衛士にとってもオジサン達にとっても。互いに船を漕ぎながらも聴取は進んだ。
この度の騒ぎの原因はレシドゥオスが全て仕組んだこと、ではなくマスコットキャラのロボットやセキュリティシステムの械獣化それによる暴走が原因であると、オジサンはこれまでの経験を元に語った。そのために機獣化したウイルスによる機械の生態変化の可能性があるという、以前変態ア美肉天才二重人格科学者の元で仕入れた資料も提出した。
取り調べを担当した衛士にはチンプンカンプンであったが専門家に回すということで、この場はお開きとなった。
ホテル『ホールディングハウス』に戻ろうと車に乗り込むとき、106ミリ砲は失い戦闘でボロボロになった車体を見て、修理費の捻出が頭をよぎりため息一つすると──
「おい、おっさん。車体くらい直してやるからうちの工場にもってけ」
「へ? いいの?」
「仮にも娘を助けようとしてくれたわけだからな。それくらいの礼はしてやる」
「ラッキー!」
そして二日後、直ったとの報せを受けて工場に赴いてみると車体だけでなく106ミリ砲まで新品同様の物が搭載されていた。
「え! マジで!? ここまでパーペキにしてくれると思わなかったんだけど!」
タコ坊主は車体をバンバンと叩き、なぜか不服そうな表情でこちらを睨む。
「受取書だサインしろ」
なにかしたか? とはてなマークを頭に浮かべながらタブレットにサインして返す。すると笑いを押し殺している女主人フェイウーが物陰からでてきてタコ坊主からタブレットを受け取る。そしてなぜかウキウキした表情のリシュも。
「あ! リシュさんにフェイウーさん!」
「どしたの? ってかなんで三人揃ってお出迎え?」
「はいこれ」
リシュからアクタに渡されたのはテニスボールサイズの銀色に輝く玉であった。
「マム……直ったんだね」
受け取った電脳を愛おしく眺めて大切に抱きしめる。もう決して離すことはないかのように。
「パパがね本体は直せたけどデータのサルベージが難しいからしてくれってさ、こんな旧式の電脳どうしたの? って聞いたらアクタちゃんの大切な電脳だって言うから頑張ったよ。元々はこのためにオジサンがオルドゥールへ連れて来たって言うじゃない。私ちょっと感動しちゃった。だからその106ミリ砲は私からのプレゼント」
「そしたらこの子、やっぱり結婚相手オジサマでいいじゃん、って言い始めてね……」
「貴様のような詐欺師、心の底から甚だ全くもって遺憾ではあるが認めることにした」
「はい? 君たち何言ってんの? ワンナイトラブとか現地妻なら良いけど、本気の結婚はちょっと……」
「きっさまぁぁ!! 俺の娘を侮辱してるのかっ!!」
「そうよ、結納品だって送ったのよ!」
「結納品? なんのことだ?」
それ、とリシュが指差す先は連装106ミリ無反動砲の姿。
「106ミリ砲!? バカかよ! どこの世界にこんな兵器結納品にするやつがいるんだよ!」
「でもオジサマ、もう婚姻届にサインはもらってるのよ」
「は!? いつそんな物に俺がサインしたってんだ⁉」
ホラ、とフェイウーが見せたタブレットは受取書の画面が切り替わり婚姻届になっていた。
「オジサンのことだからそうくるかと思ってね、私がちょっと細工しといたの」
「おめぇ! それ詐欺じゃねえか!」
「似た者同士でピッタリじゃん?」
「一緒にすんじゃねぇ! アクタ逃げるぞ」
それからの身のこなしはオジサンの生涯で最も早い行動だった。俊足の移動でアクタを小脇に抱えると、一足跳びに車に乗り込み座面に座るよりも早くキーとアクセルを回す。この間わずか三秒で急発進を成し遂げ、工場の隔壁が閉まるよりも早く猛スピードで脱出するのであった。
「あっ! ちょっと待っ──ま、でも婚姻届はできたしこれでいっか。じゃパパ、私のCTO(最高技術顧問)はこれでお役御免ね。あとよろしく」
「認めるわけないだろ!」
「えーーー! そんなーーー!」
怒りのタコ坊主、ケラケラ笑う女主人、策略が失敗に終わり嘆き悲しむCTO。三者三様の反応がこだまするO・O・O・O (クアドラプル・オー)の工場であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「このまま街を出るぞ」
「ねえ、オジサンいいの?」
「いいんだよこれで。だいたいあのリシュって女はやばい臭いがする。ぜってぇ地雷だ」
「え、とっても良い人だったと思うけど」
「甘いな、あの若さで結婚だとか恋愛とか屁とも思っていねぇ。いいように利用されるのがオチだ」
「そんなことわかるの?」
「もう何度も経験済みだからな」
「ふーん」
「それにな、なんつうか…… あの三人良い家族じゃないか。俺みたいな邪な奴が入り込むにはちょっと眩しすぎるんだよ」
「オジサン」
「なんだよ」
「カッコつけ過ぎ」
「うるせぇ」
「でもそういうとこ僕は好き!」
「わかるか、これが男のダンディズムってやつよ! 覚えておけ!」
「うん!」
“男のダンディズムって用法的に被ってますが……”
黙りねぇ!
オルドゥールの街中を逃げるように爆走して着いた先は鉄橋の関所。
「よう、英雄のなりそこない。おしかったな!」
「貴様と関わったのが運の尽きだったわ! とっととこの国から出て行け!」
「なんでそんなに怒ってるの? 頑張ったボーナスとか出ないの?」
「出るわけないだろ! 結局あの時現場にいた者の総力戦で倒したことになってるんだぞ。しみったれたウチの組織からボーナスなんてあるわけないだろ!」
「あらーそれは残念ね。でも大半は俺のせいじゃないからね。そこんとこよろしく」
「黙れ! 貴様のような詐欺師もう二度と入国させんからな!」
「へーい。ってかこっちから願い下げだわ! もう二度とこねぇよこんな街! くたびれ儲けもいいとこだったわ!」
中指たてて走り去る武装車両を憤懣やるかたない態度で見送り、部屋に戻ろうと振り返ると。
「ヤーテ君、しみったれた組織とはウチのことかな?」
「ち、長官! なんでこんなところに!」
「定期監査と此度のUSSセキュリティ暴走案件の労いを兼ねて来たんだかね──ヤーテ君。君は慰労金いらないみたいだね」
「ち、ちょーーーかんっ!!!」
オジサンが走り去った後、関所でもまた嘆き悲しむ者が一人追加されるのであった。
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