空きっ腹でお酒を飲むのは自殺行為だと、最近身に染みて思うお年頃

「早い時間にサーセン。錫乃介でーす」


 いねぇか?



 この時代屋台でも無ければ、お店を持つほとんどの人の店舗は住居も兼ねている

 この時代、賃貸アパートだの、分譲マンションだの無く、それらは宿屋がその下宿機能を果たしている。



 “いえ、物音がしたのでいるでしょう”


 「錫乃介様?」


 「そうですよー」


 「今開けます」



 扉の向こうから声が聞こえたかと思うと、扉はズズッと開いていく。



 「こんなお時間にご訪問されるとは、よほど喫緊な御用件で?」



 「ええ、ジョドーさんって元帥でした?」


 

 “えぇ……何の前置きも無く聞きますか……”

 

 まどろっこしいのは嫌でね。

 


 「薮から棒にも程がありますよ、錫乃介様」


 「腹芸は無しだ。世界一美味いクッキーが食えなくなるかもしれない一大事なんでね」


 「……かしこまりました。どうぞ中へ」


 「あんがと。あんな理由でいいんだ。理解が早くて助かるよ。」



 木目調の石のカウンターに座ると、私服姿のジョドーも隣に腰かける。私服姿といっても、ベストを付けていないだけで、白ワイシャツに黒のスラックスは変わらない。


 「まず私が元帥かどうかの前に、何があったかご説明を願います」

 

 「北にある地下放水路跡に大量の機獣、その数50〜100万。街の防衛、もしくは機獣の殲滅に打って出るか、こちら側に出来る事あれば、元機獣の立場から助言あれば願いたい。

 元帥については、守備隊の中将がこの件で弱音を吐いた時に出た言葉だ。ユニオンと軍の創設者で、片腕で機獣を追い払った逸話の持ち主。出来るものなら縋りたいってな。これでいいかな?」


 

 錫乃介の捲し立てるような説明を、ジョドーは真剣な面持ちで聞くと、そうですか……と、席を立ちカウンター内に入ると、ロックグラスを二つ用意して酒を注ぐ。氷は入っていない。注いだ酒はハーパーである。

 ジョドーは無言でグラスをこちらに寄越すと、自分のグラスをクィッと一飲みする。

 

 俺もハーパーに口を付ける。


 「真っ昼間からいい身分じゃない。これって奢り?」

 「ええ、どうぞ」

 「あんがと、で、その様子だと、最初の問いはイエスかな?」


 

 ジョドーは直ぐに言葉を返さずに、思案していたが、観念したのか口を開いた。


 

 「何故私だと?」

 

 「こんな世界でユニオンと軍を創設した、って情報だけだったらそうは思わなかっただろうけど、フライングオクトパスを火器も使わずに追い払ったなんて人間技じゃない。

 そんな事できるの、機獣を従えるって技術の持ち主のポラリスかアスファルトに戦争ふっかけた奴だけだ。俺が知る限りな。更に中将はこう言っていたんだ。

 “その時よいお歳だった”

 つまりそこそこ高齢に見えたってことだ。あの自意識過剰な女が、そんな姿を人前に晒すとは思えない。って事はその周りの者だ。会った事はないからアスファルトに戦争ふっかけた奴は除外した。ポラリスの運転手はまだ若いのか、そんな歳には見えなかった。だからジョドーさんに山勘で突撃したってわけ。あとまともに居場所わかるの、ジョドーさんだけだし」


 

 ジョドーはグラスを傾けて飲み干すと、再びハーパーを注いだ。



 「フライングオクトパスを従えるのは、アスファルトに戦争をふっかけた奴ーーおそらく“ジャムカ”の事だと思いますが、彼には無理です。彼が従えられるのは小型機獣までですから」


 「そうか、やっと名前が知れたわ。いちいち“アスファルトに戦争ふっかけた奴”って長くて面倒なんだよ」


 「それにしても大した洞察力です。いえ、推理とでも申しましょうか」


 「だからただの勘だって。白を切られたらそれまでだし、そうだったとしても、ジョドーさんには聞きたい事があるんだ。でもその前に元帥の件は?」


 「YESでもありNOでもあります」


 「面に立った実働部隊はジョドーさんだけど、システムとか構築した実質的指導者はポラリスってことかい?」


 「左様でございます。滅亡の一途であった人類社会を立て直すために、猊下は奮闘しておりました。受電設備を中心に守備隊を編成し、経済活動を復活させる為に暗号通貨を産み、雇用の為にハンターユニオンを創設しました」


 「神かよ」


 「まさに現代の神と言っても過言では無いでしょう。敬意を込めて、我々ポラリス様より産み出された者は猊下と尊称しております」


 

 錫乃介もグラスを空にすると、ジョドーにグラスを差し出して無言のおかわりアピールをする。



 「ジョドーさんも機獣を従えられのか?」


 「いえ、私は追い払うことだけです。そういう電波の様な物を発する機能を猊下に付けて頂いてます」


 錫乃介のグラスにハーパーを注ぎながら、ジョドーは答える。

 

 「話を進める。ちゃっちゃといかないと。地下放水路跡に大量の機獣が発生したことについて、何か知ってる事は?」


 「あの放水路を進んだ先には、バイオメカトロニクスの実験場と細やかな生産ラインが山脈の中腹にあります。そして受電設備も。私はそこでネズミ型機獣として生み出されました」


 「まだ稼働してたってことか」


 「いえ、設備の機能は猊下が随分昔止めたはず。何者かが直して稼働させたか」


 「でも、機獣達にだって知恵のある奴やら技術ある奴がいるんだろ?って事は機獣達が自らって事は?」


 「もちろんその可能性も」


 「だけどな、俺が一次調査したんだけど、大量の機獣は喧嘩する訳でもなく、暴れる訳でも無く、様々な奴らが大人しくしてたんだ。何か考えられる事は?」


 「ジャムカは戦争で死んだのですか?」


 「知らん」


 「彼が生きてて、再びこの地で再起を図っているとしたら、彼の可能性が考えられます。あの設備を彼も知っていますから」



 そこで言葉を区切り、2人はグラスを呷る。



 「その場合、確実に街は襲われるって事ですよね」

 

 「そうですね。彼は野心が誰よりもありましたから」


 「野心があるのは悪いことじゃないんだけどね、方向が間違ってるんだよな。ポラリスの教育が不味かったんじゃないの?」


 「なんとも返す言葉がありませんな」



 クク、と笑うジョドーを見るのは初めてかもしれない。



 「さぁ、ようやく建設的な話ができる。俺たちはどうすればいい?ジャムカの仕業としても、そいつぶっ倒せば終わりじゃないだろ?」


 「ええ、統率がなくなり、より大変な事になるかと」


 「だから、地下放水路にいる間に、艦砲射撃みたいな事したり、爆薬しかけたり、航空爆撃したり、そんな事できる?」


 「デザートスチームの80サンチ砲をはじめ、200mm以上の大砲を100門以上用意して一斉射撃、これが一番現実的ですな」


 「そうなるよな。俺も思った。でもな、もう一つやってみたいことがあるんだよ。これはジョドーさんの力が必要なんだ」


 「私の?」



 ニヤリと笑うと、錫乃介はまたハーパーのおかわりを求めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る