あ〜俺昨日寝てねーわつれ〜、と言えるうちはまだ余裕。オッサンになると言葉もでない。
その日錫乃介は忙しかった。
早朝街に戻れたはいいが、時刻は朝日が出たばかりのまだ5:30。ポルトランドのユニオンが開くのは7:00。
しかし、そんな悠長な事は言ってられない緊急事態である。
幸いユニオンは役所だけでなく、警察や軍事施設も兼ねているため、職員用の通用門には24時間守衛がいた。撮影した動画を元に説明すると、守衛は驚き担当に連絡をとってもらった。施設に入れてもらい、入り口受付付近のベンチで待つように言われる。
待ってる間水と携帯食を思い出したかの様に口にすると、少しは気分が落ち着いて来た。
考えてみれば昨日野営明けに、携帯食食べてから丸一日何も食べていなかった。
食べ終わったタイミングで、白衣のキルケゴールと迷彩服を着込んだいかにも軍人と言った感じのマッチョがやって来た。
「おはようございます錫乃介さん。一大事とか?」
「おはようございます。ええ、そうなんですよ」
「おはようございます。私はポルトランドの守備師団長アイアコッカです」
アイアコッカと名乗った男は握手を求めてきたので、それを返す。身長は180くらいだが、ガタイの良さがより身体を大きく見せている。白髪混じりのブラウンヘアは短く刈り込まれている。
「初めまして錫乃介と申します。て、え?師団長?って事は将官殿って事ですか?」
「はい、中将をさせていただております」
「腰低っ!いきなり偉い人出てきた!」
「まだ、ざっとしか聞いてませんが、早く手を打たないと、取り返しのつかない事態になるとか。詳しい話をお伺いします」
「錫乃介さん、それではこちらで」
と、連れて行かれたのは前にハンターにっこりローンを組んだ部屋だ。ほっこりだったか?まぁ、どうでもいいか。
「昨日、キルケゴールさんから受けた、ハンターローンのノルマであるリクエストの地下宮殿調査をしてきました。その際に撮った映像がこちらです」
向かいの2人にタブレット端末で撮影した動画を見せると、みるみるうちに2人の表情は、険しくなっていった。
「この柱は確かにリクエストの地下宮殿…ですがこの機獣の数は…」
「この動画に見えるだけでも2,000〜3,000体はいますな」
「仰る通り、私が見た実際の機獣の数はこれ以上です。此処から更に奥の通路まで機獣は溢れていました。お二人はこの地下宮殿は何かご存知で?」
錫乃介が問うと、2人は無言で少しだけ首を傾げた。
「何かの工場跡とか倉庫とかと捉えていましたが」
中将が答える。
「私も同様です。それか何かの宗教施設か。錫乃介さんはご存知で?」
「ええ、ここはスクラッチ前に日本の首都圏にあった地下放水路なんです」
「なんと、あの山の中にあった巨大施設が放水路だったのか。このポルトランドの用水路も、緊急時は放水路になっている構造だが、この放水路の大きさは正に桁違いだな」
中将は顎に手を当て唸る。
「当時の世界では、最大級の大きさです。小型ダム程の貯水量60万m3を超えます。もちろん現代でも最大級でしょうが」
「しかし、問題はあの宮殿の正体ではありませんよね」
キルケゴールがすかさず本質を突く。
「そうです。問題はこの動画にあった場所は調圧室といって、放水路全体のほんの一部でしか無いんです。此処の奥には、立孔と呼ばれる直径20〜30メートル、深さ60〜70メートルの巨大な孔が5孔まであり、それを繋ぐトンネルは総距離6.3キロメートルあります。その全てが、この場所に残っているとも限りませんが、もし残っていたとして、仮にそこに機獣達が動画の如く密集していたら?その数は2,000〜3,000どこの騒ぎではありません」
2人は無言になる。言葉が出ない中、思案していた中将が口を開いた。
「トンネルの幅は?」
「凡そ10メートル」
「ふむ、少なく見積もっても、ざっと50万から100万体───か」
「中将、仮に奴らがその数で進軍してきたとして、この街の防衛力をフルに発揮してどれくらい持ちますか?」
キルケゴールが張り詰めた不安な様子で問う。
「もって半日。周囲を囲まれた状態で進軍されたら、数時間ってとこですね」
「はは、今のうちに全住民避難しますか…」
冗談めいた口調でキルケゴールは笑う。
「それが、最適解かもしれません。守備隊は1秒でも時間を稼ぐか…」
「冗談のつもりだったんですけどね。にしても、何故この機獣達は同士討ちをしないのか?それに機獣は基本的に種類ごとに群を作って行動するはず。こんな様々な機獣が密集して、争いも起こさず、いや、そもそも何故こんなに発生しているのか?」
「はい、わからない事だらけです。それにコイツらが街を襲うとは、まだ決まった訳ではありません。
機獣達の中には、人の様に知恵を持ち、社会性を重んじるものも居るそうです。であれば、自分達を産み出すことも可能なのでは無いかと」
「うむ。そもそも何故機獣は減る事ないのか。スクラッチ後の混乱で偶々産み出されたものなら、減る事はあれ、増える事は無いはず。どこかで生産されているか、自己増殖しているか、その可能性は昔から指摘されていました。その生産工場が偶然此処だったのかもしれません」
「ですが中将。ここは10年前に発見された時は何も見つからなかった筈では?」
キルケゴールは再び中将に問う。
「そうです。10年前に此処の最初の探索は私が軍を使って指揮しました。もちろん現場で。その時は機獣はおろかネズミ1匹居ませんでした。奥にある立孔とやらへの道は完全に崩落して塞がれていたと記憶しています。その後もハンター達が幾度も調査しましたが、何も見つからず、だったはずです」
「ここ最近、うちの依頼で行ったソロハンターが何人か行方不明で帰って来ませんでしたが、気まぐれのハンターが帰って来ない事など、ままある事なのであまり気にしませんでしたが」
「その時から異常は起きていたか…」
中将の呟きに、ふと思い出した事で俺は中将に聞く。
「そう言えば中将、初めて探索をしたと言いましたが、その時電気は付いていましたか?」
「いえ、一筋の光も無く……この動画、灯りが付いている!機獣に気をとられていましたが、これは一体……」
「電気が生きている。発電所や受電設備がこの近くに?」
「私は聞いた事ないです。だが、もし山脈の上や中にあるとしたらわかりません」
「僕もです。ハンターからも職員からもその様な報告受けた事ないです。しかし、あの山脈はまだほとんどが未調査だ。未発見の設備があっても不思議ではない」
「受電設備があったとして、それを使えるほどの知恵をもつ機獣ないし人物が居る可能性。そしてこれは、アスファルトで実際にあった話しですが、他の機獣を従える能力を持つ者がいたとか」
「ええ。ロボオよりその報告は受けています。機獣達を戦争の最前線に置き、地雷処理や使い捨ての歩兵に使ったという」
「私もその報告は聞いたが、とんでもない戦術だ。使い捨ての兵を用意できるなど、アドバンテージがありすぎる」
そこで一回言葉を切ると、中将は息を深く吐きながら呟く。
「こんな時に元帥がいてくれたら」
元帥?
「この世界のユニオンと軍の創設者で不思議な力を持つという方ですね」
「ええ、私は1度しか会ってませんが、ご存命なのか、亡くなられているのか…なんせ最後に会ったのは30年前。私がまだ軍に入りたての10代の頃だ。野営中突如現れたフライングオクトパスを火器すら使わずに、腕を払っただけで追い払ったその姿は未だに忘れん。だが、その時すでによいお歳だったはず。それから、すぐ他の街に行くと言って、それっきりであったが」
なんだ、そのチート野郎。
「ま、嘆いても仕方ありません。キルケゴール君、現実的な対策会議を開きたい。ユニオンの支部長に伝えてくれますか?」
「ええ、もちろんです。錫乃介さん命懸けの任務になってしまったみたいだ。ありがとう。これで今月の支払い分としておくよ。それからこれは重大な報告をしてくれた事によるボーナスだ。受け取ってくれ」
そう言って出された財布デバイスには、5,000cと出ていた。
お!太っ腹!
「ありがたく頂戴します。それでは俺はこれで」
「ああ、また何かあったら力を貸して下さい」
「軍からもお願いするよ」
「俺の力なんかで良ければ、いつでもどうぞどうぞ」
収支7,680c
ローン2回目終了
残り118回
ユニオンを出た錫乃介は、オントスを返却した後、マーケットに向かった。
さ、ズラかる準備だ。
“さっき、俺の力ならいつでもどうぞ、って言いませんでした?”
良いんだよ、社交辞令だ。こんな滅亡寸前の街なんてトンズラするに越したことはねぇ。
“そんな事言ってアスファルトでは戦いましたね”
あの時とは次元がちげぇよ。どーやったって勝算が見えねぇ。さっき色々考えたさ。
1番良いのは航空絨毯爆撃だ。それからサンドスチームに積んであったような、主砲あったろ。あれで有無を言わさぬ艦砲射撃よ。他には人海戦術で爆薬しかけて、地下放水路ごと生き埋めにするか。他には蛇行した大河の水を引き入れて水責めにするか。とにかく奴らがあの地下放水路から出てきたら終わりだ。地下に居るうちに仕留めないと。
“勝算あるじゃないですか。結構対策案が出てきましたね。それ話してあげれば良いじゃないですか”
それもそうだな。いやいや何言ってんだよどれも時間がねーよ。いつ襲ってくるかわからないんだぞ。
それにこのくらいの事、あっちは戦争のプロだぞ、思いつくに決まってるだろ。それに今の実行する軍隊あるなら俺いらねーし。素人なんて邪魔邪魔。ローンは他の街のユニオンで払えば問題ないし。
“でもバイクどうするんですか?”
あ
“足がありませんねぇ”
ちくしょう
“買うにしても、この街の物価では持ち金で買えませんしね”
う
“じゃあ、機獣どうにかするしか、道無いんじゃないですか?”
歩く
“子供達を置いて?”
……。
それは不味いな。あの美味いクッキーが食えなくなるのはちょっとな。
んじゃ、いっちょ頑張ってみますか。
“チョロいですね”
でも、何もできんぞ俺。
“嘘おっしゃい。他にも思いついているのでしょう?この道『万魔殿』に行く道じゃないですか”
大した事じゃない。元機獣のジョドーには色々聞いておきたい事があってな。
それにしても、昨日から寝てねーな俺。寝み〜
まだ陽射しも高い時間に、眠い目を擦りながら、『万魔殿』のドアを叩く錫乃介であった。
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