錫乃介 魔宮の伝説
ポルトランドから北へおよそ400キロ。大河は大きく蛇行しながら、北の山脈から流れており、その川幅は1キロから100〜200メートルと徐々に狭めていた。
ナビ、あの山脈の形状で、スクラッチ前のどの山脈かわからないのか?
“私もそう考え、少し分析してみたんですが、答えは出ませんでした。おそらく複数の山脈、無いし山脈とは全く別の大地が合わさったと推測しています”
地球の大地をジグソーパズルみたいに組み替えたって認識だったけど、それもちょっと違うみたいだな。
“ええ、まるで地球の再合成に失敗したかのようですね”
もしかしたら、当時俺以外のやつ皆んな1回死んだんじゃねーの?
“冗談のつもりでしょうが、当たらずとも遠からず、だと思いますよ”
マジ?
“その方が説明が付きやすい事ばかりですから”
そ、そうか。なんか切ないな。
“3Dプリンタってありましたよね?”
おう、俺の時代じゃ最新テクノロジーだった。
“超巨大な3Dプリンタで生命体も含めて地球もしくは太陽系そのものを作ったとしたら?その際地球の大地のコピーだけにエラーがでたら?と考えると、スクラッチの現象は説明しやすいのです”
その説だと、どっかにオリジナルの地球があるかもしれないな。
“ええ、もう無いかもしれませんが。無いのでこのコピーを何者かが作った。実験か、何かのために”
そんな事があるわけ……宇宙人なら可能かもしれないのか。面白い話だがよそうや、どうせ答えはでないし、出た所で今更どーしよーもない。そういうのは、ポラリスにでも任せておけ。
“ポラリス?クラリスではなく?”
ああ、あの時ナビは外れてたな。クラリスって、本名ポラリスなんだと。そいでもってデザイナーベイビーで人工のサヴァン症候群で、粘菌宇宙人が地球人の脳内に送った技術知識全て覚えてるんだと。
“ということは彼女だけ、凄まじいオーバーテクノロジーの持ち主なんですね”
ああ、そうみたいだ。そんで次の宇宙に行くとか何とか。俺にはついていけるレベルの話しじゃねーや。ベッドで学生みたいに日頃から1日中イチャイチャしてりゃ、それでいーじゃねーか。
“煩悩の塊ですか貴方は”
いーじゃねーか。頭が良くなり過ぎるのも問題だーね。そう思うよ。知識欲探究心ってのはわかるけどさ。
“我々には到底理解が及ばないレベルに行ってしまったんですね”
ああ、飛び級どころか、文字通りシャトルに乗って宇宙を飛び越える以上のレベルにな。
もう、行っちまったのかな……
“また惚れたんですか?”
惚れてたのは向こうだよ。この俺にな!
“そろそろ、着きますよ”
なんか、返せよ。
山脈の麓、ポッカリと穴が空いている洞窟が、その地下宮殿とやらの入り口だった。
洞窟と言っても、道は舗装道路が残っており、天井は半円型に朽ちかけてはいるが、コンクリで補強されている。
これはトンネルだな。だいぶと崩落してるが、オントスで通れない程じゃないな。
トンネルの道はセンターラインは無いが3車線以上には広く、充分戦車が通れるぐらいには幅があった。
オントスのヘッドライトを付けても中を照らしきることはできない闇が奥に続く。
“戦車では入れないと聞いてましたが、それはこの奥のことでしょうね”
だな。ナビ機獣の方は?
“カメラでは確認できません。オントスの音が反響して確認出来ませんが、奥に何かしらいるのは間違いないです”
警戒を怠らずにな。
“錫乃介様。それを私に言いますか”
ですよねー。
しばしの間進むと、巨大な赤錆びた門扉があった。トンネル全てを遮る鋼鉄製の門が道を塞いでいるが、左下の方に人が通れるサイズの通用口は開いている。
ここで降りろって事だな。どう見ても開きそうもないしな。
オントスから出る前に装備のチェックをする。
M110スナイパーライフル
シグ・ザウエルp320
ウージー
マチェット
手榴弾
クライミングロープ
携帯食
水
ライト付きヘルメット
暗視ゴーグル
タブレット端末
余計なものはオントスに置いていくと、錫乃介は通用口を潜って行った。
門扉の向こう側も変わらずトンネルは続く。闇の中をヘッドライトの明かりを頼りに、慎重に歩みを進めていく。
奥からはゴーッという音が聞こえる。風の音の様にも聞こえるが、重機のモーター音にも聞こえる。
1時間ほど歩いただろうか、速度はゆっくりと進んでいるので、たいして距離は歩いていないが、進行方向より微かな明かりが漏れているのが見えてきた。
ナビ、あれは…
“太陽光にしては、灯りの色が違います”
慎重に近づいて行くと、徐々に見えて来る明かりは、天井が崩落し塞がった瓦礫の隙間上部から見えていた。
“先程から聞こえて来た、音の判別がついてきました。この先間違い無く機獣がいますね。それも大量に”
ヤバそうな空気だな。此処からは進めないけど、あの梯子から上に進めるな。確認だけでもしておくか。
トンネルの側面には塗装も剥げ赤錆びた梯子がある。耐久性に不安もあるが、かなり太い鉄骨で出来ているため大丈夫であろうと、ビクビクしながら、一段一段登っていく。
登った先にある足場を進み、開きっぱなしになっている、分厚い鋼鉄製の通用口から横穴の通路に入っていく。
通用口は先人がこじ開けておいたのだろうか、鍵のデッドボルトとラッチボルト、ストライクの部分が爆破されている。(注 ドアをロックする時に壁側に入るカンヌキ部分の事をデッドボルトとラッチボルトと言い、壁側の穴の部分をストライクという)
人が2人程通れる幅の通路を進み、再び開けっ放しになっている明かりが漏れた鋼鉄製のドアの隙間からそっと中を覗くと、そこにはパルテノン神殿があった。
ギリシャ、アテネのあの世界遺産があったわけではない。
『首都圏外郭放水路』か……
“私が説明申し上げなくともご存知でしたか”
行った事はないけど、画像見て1発で虜になった所だったからな。
そこにあったのは、錫乃介がいた当時、春日部市の地下22mの位置にあり、長さは177m、幅78m、高さは18mの世界最大の放水調圧水槽であった
1本の柱は楕円形で、奥行き7m、幅2m、高さ18m、重さは約500トンの圧巻のサイズ。これが59本。天井からは青白いビーム光が、列を無して辺りを照らすその姿は、まるで地下にパルテノン神殿が有る様に見えるのだ。
錫乃介は余りの衝撃に言葉が出てこなかった。その衝撃は、ここに『首都圏外郭放水路』があった事もあるが、それ以上に、地面を埋め尽くす大小様々な機獣達であった。
機獣達は暴れているわけでも無く、騒いでいるわけでも無く、あるものはウロウロと蠢き、あるものは奥にある水路から出てきたり、あるものは向かったりと、思い思いの行動をしていた。機械音と時折聞こえる唸り声が、地下宮殿に不気味に響いていた。
なんだよ、『万魔殿』はこんな所にもあったのかよ……ナビ。
“皆まで仰らずとも、選択肢は一つしかありません”
だな。
錫乃介がいた場所は、放水路の天井付近の通路で見下ろす位置であったため、機獣達にはまだ気付かれていない。
ユニオンから借り受けたタブレットで、動画を10秒間撮影する。この10秒は錫乃介の人生で最高ランクに長い10秒になった。
撮れたことを確認すると、一目散に、しかし音は最大限立てない様に、死体よりも息を殺し、存在感を宇宙に存在するあらゆる存在より消し、ゴキブリやネズミよりもカサカサと元来た道を戻るのであった。
オントスが停めてある巨大な門扉まで来て、ようやく深呼吸をすることができた。
ほうほうの体とはこのことかね。
黄泉から逃げるイザナギも同じ気持ちだったのかもな。
“フラグは止めて下さい。黄泉醜女が追って来ても、此処には山葡萄も櫛もありませんよ”
おっと、いけないいけない。
幸いフラグは反応せず、オントスは無事発進する事ができた。
そこからの錫乃介は、もう一切荒地など気にする事なく、飛び跳ねるのも意に介さず、向かってくる好戦的な機獣も蹴散らし、休む事なく、アクセルは踏みっぱなしで、エンジンが焼き切れるのでは無いかとナビが止めに入るくらい、一目散に街に向かって全速力でオントスを走らせるのであった。
その為、来る時は野営を一回挟んだが、帰りはわずか半日でポルトランドに着くと、やっと生きた心地を感じるのであった。
もう朝日は出始めており、戦車から降りた錫乃介の真っ青な顔を、気遣う様に暖めてくれるのであった。
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