楽な近道と遠回りで険しい道

 夜が明ける間際の朝靄にコンテナターミナルに数機のガントリークレーンが影を映す。その姿はあたかも古代に生息していた巨大な竜脚類が草を食む光景に見える。

 錫乃介は前の世界に居た時、京葉線から見える東京やレインボーブリッジを渡る時に見えるコンテナターミナルのガントリークレーンを見ると、“恐竜のようだなぁ”と常々思っていた。

 昨夜居酒屋で飲み過ぎて宿を取るのを忘れ、仕方なく空いていた適当な敷地でテントを張った錫乃介は明け方尿意で起きた。朝の散歩も兼ねて海まで歩き桟橋から手頃な場所で、海に向かって放ちながらコンテナターミナルを眺めそんな事を思い出していた。


 マカゼンは港町である。スクラッチを生き残ったタンカーや漁船が出入りし、海から運ばれる多くの物資を大陸内部に送り込む入り口として機能している。街の規模はポルトランドに匹敵し、この世界における主要都市の一つと言えよう。

 海には海の機獣がいるのだろう、湾岸周辺に築かれた堤防には大小長短様々な砲身が沖へ向かって伸びており、その後方より巨大な要塞砲が覗く。おそらく今まで訪れたどんな街よりも、防衛に力を入れているのだろう。


 

 冷たい潮風にその身を晒しながら朝のお勤めが終わった錫乃介は、ランニングや自重トレーニングをし、ハンターユニオンへと足を運んだ。

 やはりここのユニオンも受電設備を兼ねているのか堅牢なコンクリート製の建物に、蜘蛛の巣の中心部の様に丸太の様に太い電線が集中している。屋上には鉄塔とその上にある巨大なパラボラアンテナが無機質に空を見上げる。

 大きい街だけあってユニオン内も人が多く、複数のAI受付が効率よく並ぶ人を捌いているが、それでもまだ10人以上は待たなければならない。



 次の街はどこだんべっと。


 “次はショーロンポンという街です”


 中華風な名前だねぇ、今度は中華料理だな。ちょいと楽しみだわ。


 “陸路もあるようですがだいぶ大回りで道も険しそうです。サンドスチームの巡回路は真っ直ぐに海を抜けていますね”


 険しいのはゴメンだし、タイミング的にまだ無いと思うけど、大回りしてる間に入れ違いになったら最悪だし海路一択か。


 “それが無難ですね。海難事故があるとはいえ”


 海路か〜昔のRPGじゃ海とか船とかってさ、そのゲームの序盤終了的な?そういうイメージなんだよね。一気に行けるとこ広がってさ、ワクワクするしどこ行っていいかわかんなくてソワソワすんの。あーいう気持ちって、ネットが発達して攻略情報が簡単に手に入る様になると、なかなか味わえなかったんだよ。


 “ネット見なければよかったじゃないですか”


 それはわかってるんだけど、簡単な方法があると人間ってどうしてもそっち行っちゃうじゃん? でもそれって趣味や遊びの世界を極端につまらなくする諸刃の剣だなんて、歳いってから気付く事だし。

 攻略情報絶対見ない縛りプレイってのもあるけどさ、ゲームってそもそもそれが当たり前なんだよね。事前に知ったら面白さ半減なのは何もミステリー作品だけじゃないんだよ。

 ところがさ。製作側も次第に攻略情報見る事前提で作品作り始めたのか、情報見なきゃ絶対わからないような要素をあちこち入れるようになってさ、あれって悪手だよなぁって思ってたよ。余計に事前に攻略情報見るプレイヤー増えちゃうじゃん。


 “確かに楽な近道と、遠回りで険しい道があったら近道行きますね。

 この話の流れでいきますと、ワクワクソワソワしたい錫乃介様は海路では無く陸路に変更するというフリで「いや、変更しないから。俺楽で平坦で近くていいから。もうワクワクもソワソワも欲する様な歳じゃないから。ってかこの世界に来てる時点で、ワクワクソワソワどころかヒヤヒヤゼェゼェだから。もう息切れしてるから。仮にこれがゲームの世界だったら俺今すぐ裏技チート使いまくってクリアするから」


 “え、しかしポラリス様の次の宇宙へ一緒に行こうという申し出断ったじゃないですか”


 あれクリアだったの?でも次の宇宙ってここよりハードモードかもしれないよ?


 “まぁそれはなんとも言えませんが”


 でしょ?行ったらマトリックスもビックリな人間ミジンコ以下の概念な世界かもしれないよ。


 “それはそれで興味深いですが”


 純然たる観測者として、ならな。



 「ちょっとアンタ、用があるなら早くしてくんない?みんな待ってるんだけど!」


 「す、すいません‼︎」



 ナビとの話に夢中になり受付に並んでいる事を忘れ、列が錫乃介の所で完全に止まっていたため、前方よりダミ声のオバチャンの声で怒鳴られる。

 もしやと思い後ろを見ると、アメリカプロレスのWWEのヒール、アンダーテイカーやスティーブオースティンみたいなイカつい顔してカウボーイハットを目深に被った巨人が、こちらを睨む、というより身をかがめて顔を近づけ無表情で錫乃介見つめていた。



 「ひぇっ! ごごご、ごめんなさーーい!!!」

 


 ナビ!アレまじヤバイ奴らだよ!


 “大丈夫ですよ、怒鳴りもしないでちゃんと大人しく並んでるじゃないですか”


 何言ってんの⁉︎ ああいう奴ら程いきなり素手で心臓貫いて握り潰してくんだよ!無表情で無言で。その後軽く手の血糊を払っただけで、コンビニのサンドイッチとか食べ始めんだよ!


 “馬鹿言ってないで早く受付済まして下さい”


 んだよもぅ。この世界来てからトップクラスの恐怖を味わったって言うのに。



 愚痴愚痴言いながらも受付カウンターに進むと、モニターの中に表示されているのはゆるふわパンチパーマに眉毛が無く、鋭く目が吊り上がった、大仏の様なオバチャンだった。



 「用件は?早くしな!」


 ぶっきらぼうに面倒臭そうに吐き捨てるように、そして他の受付は敬語で音声が出てるのに、錫乃介にだけはタメ語だ。



 「あ、あの、すいません、えっと、ショーロンポンへの海路での行き方と、この辺りの機獣の情報を……教えていただきたいな……と」


 「もっとハキハキ喋りな!玉ついてんのかい!」


 「ひっ!す、すいません」


 「すぐに“すいません”言うんじゃないよ!謝り癖ついて相手につけ込まれるよ!」


 「は、はいぃ!」


 「電脳持ってるなら、それでモニタータッチしな!」


 「はいぃ!」


 「あいよ!情報は転送したよ!さっさと失せな!」


 「はいぃぃぃ!」


 

……………………




 何なんアレ? 何でどうとでもなるモニターのキャラクターが鶯谷に居そうな汚ねぇババァなの?テンション下がるわ。だいたい列待たせただけで、えらい大罪人扱いじゃない? 何したっての俺。


 “アレですよ、自動改札機通る時Suicaのチャージが無いだけなのに、エラーと勘違いして次々ほかの改札機入って封じていく人いるじゃないですか。その場に遭遇した時の心境を考えてみて下さい”


 なん…だと……大罪人だわ……俺。

 ってかなんで、お前そんな細かいネタ出てくるの?


 “駅でイライラする行為ランキングに必ず上位に入ってますので”


 そうか……ってそんな事はどうでもいいんだ、仕入れた情報教えてくれ。


 “そうでしたね。機獣の情報は沢山あるので、今後の道中教えるとして、ショーロンポンへの行き方ですね”


 そうそう、やっぱり定期船とかか?



 “いえ「船乗りっぽい奴捕まえて頼め」以上です”


 ……


 “以上です”


 そこ、2回言わんでいい。


 

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