砂漠と餓鬼と塵芥23
「アクタ、どこ行ってたんだ?」
「うん、その部屋で衛士さんとお話してたの。それで、オドさんの方はどうだった?」
「身元引受も保釈金も諸事情により一切受け付けていない。それどころか誰が連行されたのかもその諸事情により教えられんと、探った情報そのままだったよ」
「ふぅん。たぶんその諸事情、もうすぐ変更されるよ」
「どういうことだ?」
「こういうこと。ヤーテさん」
「は、ここに」
「お願いね」
「お任せあれ」
呼びかけにアクタの影からニョキッと突然出現した衛士にギョッとするタコ坊主。ヤーテはそのまま受付カウンターにサササッと回り何事か耳打ちしている。受付担当の衛士は深くため息を付き、傍目からもやれやれといった心情がわかるジェスチャーを見せる。ヤーテは小走りでアクタの元に戻ってくると再び耳打ちをしてくる。
「このまま受付で身元引受をして下さって大丈夫でございます。それがしは留置場に回って根回しして来まする。しからば!」
「──うん、お願いね」
なんか、キャラ変わってない?
“アクタに追い詰められた極度のストレスによって精神に異常をきたしているのだろう”
そんなことしてないんだけどなぁ……
「いったい何をしてきたんだアクタ」
「うん、耳貸して」
顔を傾けるタコ坊主。しかし、そこには丸くツルンとした表面があるだけで耳らしきものはない。まあいいかと両手でそれらしき場所にあてゴニョゴニョと先程の一件を手短に伝える。
「レシドゥオス……か。なんとなくそうではないかと感じていたがここまでするとはな。しかし500チェップで買収されるとはどんだけ金に困っておるのだあの男は」
「五分で即決だったよ」
「別宅の情報までよく聞けたな。それはそれなりに金を積んだんじゃないか?」
「別宅の情報は100チェップだったよ」
「ガキの小遣いか!」
身元引受の手続きは数分ですんだ。タコ坊主の身元がしっかりしていたからなのか、それとも元々冤罪なのは前提だったせいなのか、はたまた数日前に来たばかりだったせいなのか、オジサンは保釈金もなしにあっさり解放されるのだった。
オジサン! と駆け寄り足に抱きつくアクタ。その薄い琥珀色のフワフワした髪を撫でてやりつつも、夜勝手に飲み行ったことに少々後ろめたい気持ちがあるのか、なんとも言えない微妙な表情をするオジサンであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空調も窓もなく、無機質なブロック壁には小さな換気口に打ちっぱなし塗装のモルタルの床にはネズミの通り道程度の排水溝。トイレ代わりの肥壺に水が出るのか疑わしいほど錆びた蛇口一つ。家具はおろか寝床になりそうなマットもブランケットもない殺風景な四畳半ほどの広さの部屋でリシュは寝ていた。
外界との唯一の出入り口を仕切る金属製の扉の外には爽やかな、だが下には黒い面を持った男が不機嫌そうな表情で扉の覗き口から睥睨していた。
いつまで寝てるのだこの女は──フェイウーの友人らしき人物だとかで利用価値があるかと連れてこさせたが、着いて早々床に手足を投げ出して寝たまま起きる気配もない。睡眠薬を飲ませたわけでもあるまいにこんな硬い床でよく熟睡できるものだ。
レシドゥオスはグースカ寝てる女を一瞥し、全く興味の欠片も示すことなくその場を後にする。
その様子を感じとったのか寝ていた女──リシュはよっこらせと身を起こした。
監視カメラはアソコとアレか。ボディチェックもしないまま連れて来させるなんてアホねあの男。
ストレートの長い黒髪を三つ編みに結き、濃紺のレディーススーツを脱ぐと、その内側には精密工具のキット他豆粒サイズの電脳やスティック状の電子機器がビッシリと縫い付けられていた。
えーと、まずはこれ付けてカメラにダミー流してっと、それからお手洗いすまして……こんな汚い肥壺でレディに用を足させるなんて、ホンット最悪の男ね──っと、それから扉の鍵は──あら馬鹿みたい、こんな旧式の電子ロックなんて、秒よ秒。
内ポケットから取り出した100円ライターのような機械のスイッチをカチリと押すと、扉の電子錠は作動音を立てて解錠した。
アナログの南京錠の方が余っ程わずらわしくて時間かかるっての。
なんの気概もみせることなく、リシュはものの数分で──用を足してる時間の方が余程長く──囚われていた部屋を脱出してしまう。
えーと、監禁部屋はっと、ねえウェイストどこだと思う?
“は、お嬢様。先程の男の足音や足の運びの振動からさっするに、この部屋の前に訪問した先がフェイウー様の監禁場所と推測します。この通路を右に数メートル、曲がって数メートルの右手の部屋であるかと”
さすがね。
“ありがたきお言葉”
ここやけに陰気臭い所だけど、こんな所にお目当ての女性監禁する普通?
“まあ、まともではないから監禁などするのでしょうが、牢獄のようなところに閉じ込め音を上げるのを待つつもりでしょうか”
救い難い愚物ね。元々鬱陶しい奴だったからどうしようかと思ってたけど決まりね、シメる。
“御意にございます”
レシドゥオスって確かラッフルズホテルかなんかに住んでたはずだけど、ここは違うっぽいね。
“別宅の地下でしょうな”
あ、ここね。なんだ同じタイプの鍵じゃん。覗いてみよ。あ、いたいた。監視カメラはハックできてる?
“はい、すでに”
それじゃ、ガチャリっと。
「はぁーい!」
「リ、リシュ! もう出てきたの!?」
「うん、目玉焼きより簡単なんだもん」
「あ、相変わらずね」
「さ、こんなとこ出よ出よ!」
「それなんだけど──ここにいることにする」
「は? なんかされたの!? 脅されたとか!?」
「まさか。それでリシュ、ちょっと手伝って。レシドゥオスが居るってことはこの場所にも通信網が通ってるはずなの。いつでも通報出来るようにね。その通信網を利用して──こうして──ね? できる?」
「そんなの肉じゃが作るよりよっぽど簡単よ」
「肉じゃがの方を簡単に作れるようになって欲しいんだけどね……」
「人には向き不向きがあるの!」
「それじゃ、お願いね」
「任せて──ママ」
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