砂漠と餓鬼と塵芥33

「そう、あのオジサマとはそうやって──」


「そうなんだ! それでこの街に来ることになって──」



 皆の心配をさせまいとアクタをカウチソファーの隣に座らせ、優しく会話をしていた女主人フェイウーの脳内にはリシュの幼い頃の記憶が蘇っていた。



 あの娘もこのくらいの時があったわね…… それが今は大企業のCTO。それを辞めたいばかりに変なオジサマ捕まえようとしてるとは人生って面白いわね──

どうしてあんな変な子になっちゃったのかしら……



 作業を終えふぅと一呼吸してこちらに向かい、グラスに残っていたワインをあおる育ての娘に視線が自然と向く。



「リシュ、どうかしら皆の様子は?」


「一段落ついたみたい。パパがちょっと危うかったけど、あのレシドゥオスのやつがタイミングよく助けた。なんか複雑ね」


 まあ──と、少々驚くような素振りを見せ、油断でもしてたの? と問いかける。


「それもあるけど、未だに私があげたオンボロ電脳使ってるからよ。もう少しまともなの使ってればこんなことにはならなかったわね」


 あの人らしい──とクスクス笑う。


「新しいのあげたら?」


「とっくにあげてるわ。でも馬鹿みたいにずっとデシェ使ってるの──」


 ホント馬鹿ね──とそっぽを向いてはにかんだ表情を娘はする。

 そのやりとりに、そういえばこの三人は親子であって親子でないことを思い出し、少し気になっていたことをフェイウーにぶつける。



「ねぇ、なんでオドさんをふったの?」


「あら、聞きたい?」


「うん!」


「それはね、あの人がとっても輝いていたから」


「どういうこと?」


 率直なアクタの疑問に、そうね──と、昔を思い出し女主人は静かに語り始めた。



「まだ彼がタコになるずっと前。私もこんな姿じゃなくて、もっとずっとひどい格好をしてた頃。オドが貧乏でお金がなくても頑張ってて、お店をやっとの思いでだして、仕事が順調になって、会社になって、人も沢山雇って立派になった。その時かな、彼から結婚しよう、って言われたの」


「それなのにふったの?」


「そう。私じゃそんな立派な人支えてあげられないなって、臆病になっちゃった。私ってずっとこういう仕事してたから」


「お酒の仕事?」


「それだけじゃないの。ちょっとアクタちゃんには言えないようなこともね」


「好きじゃなかったの?」


「うんうん、大好きだった。今でも大好きだけど、そうね、もう少し彼のお店がちっちゃくて、まだお金がない時に言ってくれたら良かったのになって」


「なんで?」


「一緒に頑張りたかったの、彼とね。わかるかしら、そんな気持ち」


「わかる。だって僕もオジサンと一緒に戦いたかったもん」


 そうよね、本当にそうね──彼女が語るのは少しの恥ずかしさと照れと下らない意地、若さへの後悔、様々な感情が内包された独白にも近いもの──



 バッカじゃないの──ママも本っ当に馬鹿ね。



 傍らで黙って聞いていたリシュは口頭で激しくツッコミたかったが、そっぽを向いたまま呆れ返った表情でワインをグラスにそそぎ、一気にあおることでどうにかこうにか心の内に留めておくことが出来た。



 なーんかムカつくわね、いい大人がメロドラマみたいなロマンスしちゃって思い出にひたっちゃって。私なんかそんな相手すらいないっつーの! あーあ、誰がぶっ壊してくんないかなこの三文オペラ。



 その時モニターより聞き慣れないアラーム。リシュが出動させた城内のセキュリティロボがモニター内でならすけたたましい警報音であった。そのロボはすぐさま薙ぎ払われ飛んでいき湖の藻屑へと消えた。



「なに今度はまた何かでた? どうせまた雑魚械獣……」


 警報音が消えたモニターを眺めるリシュの目に飛び込んだのは──



 ◇    ◇    ◇    ◇    ◇



 トリケラトプスが倒されたのを目にしたオジサンは嫌な予感がしてタコ坊主の元に急行した。

“ティラノもトリケラも出ないことを祈るぜ” そんな台詞を吐いてフラグを立てたことを思い出したのだ。



 思い過ごしだよな──いくら俺でもそんなピンポイントフラグはないよな……



 現場はすぐに着いた。見慣れない──日本では比較的目にしていたが──黒光りするトヨタハイラックスがあり、タコ坊主が複雑な表情で牽引ロープを回収している光景が目に入った。嫌な予感、胸騒ぎも空振りだったかと安心する。バイクを降りて歩み寄り手を上げ声をかける。


「よう、無事終わったようだな」


 無事なものか──仏頂面で即答するタコ坊主。


「どうした?」


 こいつに助けられた──と、ハイラックスの運転席を触手で指し示す。中ではレシドゥオスがハンドルに足をかけて、なにやら満足気にこちらに視線を送る。


「なるほど、ぶっ飛ばそうとしてた奴に助けられるたあ、そりゃ最悪だな。もう、生きてるのも恥ずかしいくらいに」


「これならまだ恐竜に食われた方がマシだった」


 助けがいのないタコだ──話を聞いていたレシドゥオスが割って入る


「礼の一つでも言ったらどうだ」


「元はと言えば貴様のせいだろうが。これで全て丸く収まるなどと思うなよ」


「この事態は僕のせいじゃない。勝手にセキュリティが暴走してるだけだ。おかげでせっかくの別荘が台無しさ、僕は被害者なんだ」


 こういうところがこの男は──と思いながらやれやれとした表情を出すオジサンとタコ坊主。

 不完全燃焼ぎみなものの一段落ついたことで、とりあえずシュレッダー城へと戻ろうと三人が車のエンジンをかけようとしたその時、湖岸から尋常ではない爆発が起きる。──いや爆発ではない、湖内からとんでもなく巨大な何かが飛び出し、三人の前に立ち塞がるのだった。

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