お前は便所で夜を明かしたことがあるか? はい、何度もあります

 物心ついた時には既に指導者として教育を受けていた。

 だからこそなのか、周りの腐敗が余計に目がついた。

 住民を啓蒙し先導してこの街を管理するとか、ご高説をのたまう反面、武力で脅しては住民が生みだした食料を奪い、女を強姦し、気分で幼児に暴行をする。

 こんな奴らが幹部だという事実に、子供心に例えようのない憤りを感じた。それを見過ごすどころか、ただ笑い過ごす『ヌーヴェル・ルージュ』創設者子孫のメンバーには殺意すら覚えていた。そしてその子孫の一人であった自分自身にも。

 『ヌーヴェル・ルージュ』は本来弱肉強食で無秩序であり、化け物どもに怯えて暮らす新宿の住民が助け合い安寧の社会を協力してつくる為に創設されたはずだ。

 だがこの現状を見たら先祖はどんな顔を見せることやら。


 私は幼心に誓った、この社会を正す為にどんな犠牲も払うと。

 歳を重ねある程度の発言力を持つと、まずは邪魔になる政敵の暗殺をすることにした。

 人口管理の名目に女性を集め、麻薬を使ってハーレムを作り出し、政敵を誘い込む計画だ。

 実際人口管理は必要だったのだ。貧する家族は子供多く産む。そして限られた物資は足りなくなり、飢餓を生んでいた。だからといってそれを言い訳にするつもりは毛頭ないが。

 この暗殺計画は笑ってしまうくらい上手くいった。私自身を色欲に塗れた人間として道化になることで政敵は油断し面白い様にかかった。性行時にヘロインをやることで何倍もの何十倍もの快楽を得られると吹き込めば、こぞってヘロインを摂取し中毒症状で死んでいった。

 主だった政敵の暗殺後、実権を握る事に成功してからは住民を強制労働させ社会基盤の改善に努めた。



 高層ビル内のプランテーション化による食料増産計画

 地下に数多く有る貯水槽の浄水

 食料配給システム

 少年の戦闘教育

 女性の保護管理

 計画的分娩による人口管理

 治安維持

 化物からの防衛

 

 

 やるべき事はやった。住民が要らぬ暴力や化け物に怯える事なく、最低限の生活を維持し命を繋げる社会の構築が。

 後は最後の段階というところで外界から人間がやって来るとは皮肉なものだ。

 今まで外界からやって来たハンター達は何人かいたが、殆どが化け物どもにやられ、地下街にたどり着く者は利己的な性格ばかりで異分子として農奴になるか抹殺されるかで他の幹部共に処理された。

 幹部共にとっては己が自由を振る舞える理想郷が破壊されるかもしれない恐怖もあったのだろうな。

 私もここに至るまでずいぶんと殺したものだ。政敵だけではない、親、兄弟、妊婦、赤子、友と思っていた者。

 どれだけ恨まれているか、考えただけでも笑ってしまうな……

 故に私は悪で在らねばならなかった。悪だからこそ、非人道的な事をする自分に耐えられた。悪になることでこの新宿の世界を守り続けることができたのだ。



 部屋の外からより大勢の人間が向かってくる音がする。

 ノックもなく、切長の瞳の女性を筆頭にドカドカと武装したシェスクやアミン、その他の幹部達も私の部屋に入って来た。



 「何事かね?」


 要件なんてとうに知れている。私を指導者から排除したいのだろう。


 「サロットル同志、侵入者がこちらに向かっているのはご存知の通り。その侵入者達に対して何も手を打たないつもりか?」

 

 最初に答えたのはエヴァだった。


 「そうだ。抵抗するだけ犠牲者がでる。こちらに迎え入れ対話を試みるつもりだ」


 

 馬鹿な!

 組織が乗っ取られる!

 今ならまだ少年兵を使えば……

 正規軍に召集を……

 皆殺しにされるかもしれない!

 助かる保証はあるのか!



 私を取り囲むアチコチから野次が飛ぶ。主にいい歳こいたジジイからだ。全くどこまで生に執着するのか……醜いものだ。



 「ならばサロットル、幹部会は貴方を同志として資格無しと判断しヌーヴェル・ルージュの叛徒として拘束します。抵抗はしないでください」


 「おや意外だな。粛正ではないのかね?同志エヴァ」


 「もはや貴方は同志ではないので答える義務はありません。デリンジャーを捨て両手をこちらに」


 

 その後大人しく両手両足を鎖で拘束された私は、多目的トイレの中に閉じ込められた。当たり前だが日々清掃なんぞされておらず、そもそもトイレとしての機能すら疑わしいので使用すらされていないはずなのに、何故か臭いが染み付いている。

 こんな場所に放置されるくらいなら、まだ銃殺された方がマシだな。いや、そんな贅沢は言えぬか、私の今までした事を振り返れば。

 薄汚れた冷たい床に、気にする事なくゴロンと横になり、久しぶりの睡眠をとる事にした。

 トイレなのに高価なベッドで眠るより、ここ数年数十年で一番心安らかな睡眠だったかもしれない。





 

 USDビル地下2Fバリケード前


 「なぁシンディ、お前はコブラでイセタンと待ってろって」

 「ふざけるな。ここまで来ておいてその扱いは無いだろう」

 「いやいや、シンディちゃんは生身なんだから、生身の俺と一緒に待ってようよ。後はターミネーターと脳筋馬鹿軍団がやってくれるって」

 「お前は副長なんだから行くんだよ。ってか今あいつら脳筋軍団の間に馬鹿入れたな?可哀想だろ」

 「俺いつの間にか副長で、この面子で一番弱いんだし、それより脳筋軍団のネーミングはいいのかよ」

 「だからアタシを置いてくな!話にも置いてくな!」

 「寂しがり屋だなぁシンディちゃん可愛ぃゴポォッ!……やめて照れ隠しにワンインチ掌底腹に入れるの、ホントマジきついのそれ」

 「戯れあってんじゃねぇよ。戦いに来たんだぜ」

 「おっと山下さん嫉妬ですかぁ?ウボォアッ!やめて頭蓋掴まないで!そんなにしたら頭骨ヒビ入る!」

 

 

 錫乃介が山下とシンディにどつかれてるのを脳筋馬鹿軍団が笑いながら見物していると、キンコーンという電子音と共に、スピーカーより力強い女性の声が響き渡った。

 




 そしてその少し前、独裁者を排除した幹部会はサロットルの部屋で上を下への大騒ぎを起こし始めていた。

 誰がその後の音頭を取るかまで決めていなかったのだろう。否決められなかったのである。


 当然だ。


 もしこの戦いに負ければ、間違いなく糾弾され死刑は免れない。勝ち筋はまるで見えない。幹部達にはまともな戦の経験者がいないのだから。かと言って降伏は自らの地位を棄てる事になる為、それを言い出せる勇気のある者も居なかった。なにより、対話を試みた指導者を排除したばかりなのだから。


 

 「静まれ」


 力強く響き周りの喧騒を鎮める一喝。


「この場は私エヴァグリーン・エレストナが指導者代行として指揮をとる」


 エヴァは唖然とする幹部達をかき分け、放送用のマイクを起動させる。



 な、何を勝手に!


 何処からか非難する声が聞こえる。


 「同志達よ、貴様達はサロットルを排斥して終わりなのか?戦わぬのか?主らは。

 恐いのだろう?奴らが。

 恐いのだろう?失敗が。

 恐いのだろう?戦が。

 恐いのだろう?死ぬのが。

 私がその業を引き継いでやるというのだ。ありがたく思えよ老人ども」


 

 幹部連中に睨みを聞かせ萎縮させると、マイクを手にする。


 「正規兵に通達。USDビルに集まり侵入者達を排除しろ」



 そこで一旦言葉を切ると、再び息を大きく吸い込む。

 


 「一人でも討ち取った者はハーレムへの優先権一生分だ!急げよ男ども!!」



 それだけ言い切るとマイクのスイッチを切る。周りの男はただ唖然とエヴァを見るだけだった。





 うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 俺、山下討ち取る!!!!


 放送を聞いた錫乃介は叫んで奮い立った瞬間、シンディと山下に殴り飛ばされUSDビルのバリケードを打ち破り、先陣を切る一番槍となるのであった。



 “何してんのこの人?”

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