彼女の思い出

 ウィンチェスターM1892ランダルカスタムのマガジンチューブを空にすると、一歩下がって錫乃介に向かって顎をしゃくる女戦士。フィルターなんてあるわけ無い紙巻のシケモクをプッと吹き捨て弾を込める。

 その間錫乃介が前に出て、迫り来るセキュリティロボにショットシェルを叩き込む。

 ここは地下8階層、いくつかの客室を確認しながら、中階層と呼べる所まで潜り込んできたが、機獣化したセキュリティロボの攻勢が増してきていた。



 「コイツら姿は変わってないけどレベル上がってね?」



 錫乃介が指摘する様に、人間サイズのガンタ○ク、という形状に大きな変化は無いが、手にしているのがハタキ状の電磁警棒から、リボルバー式のスタンガンになっていた。

 発射式のスタンガンというと、アメリカのテーザー社(現アクソン社)が開発した、有線の電極を射出するテーザーガンが有名だが、このセキュリティロボが持つスタンガンは電磁パルスを纏った弾丸を射出する無線式であり、ショックガンと呼ばれていた。

 有効射程はテーザーガンが10メートル程だったのに対し、ショックガンは100メートル以上と拳銃並みの射程距離を示した為、世界中の警察機構や警備会社で導入が進められ始めていた非致死性兵器である。

 錫乃介達にこのショックガンから放たれる、プラズマを放つ電磁パルス弾がビュンビュン飛んでくる。

 強化した動体視力なら視認して避けられるレベルで比較的低速とは言えるが、なんせ数が多い。しかも、地面に落ちた弾でもしばらくの間は感電力が残っているため無視できないのが厄介だ。


 

 「セキュリティレベルが上がってるね。レベル2だよ」


 「レベル2ってどんな相手が想定されてんの?」


 さぁね、とマリーは首を傾げ肩をすぼめる。



 “要人警護や公安の監視対象相手が主な任務のロボです”


 要人警護はいいとして、公安監視対象相手のロボがなんでこんな五つ星のリゾートホテルにいるのかなぁ。


 “そりゃ中国ですから。このロボ自体が中国国家安全部所属の兵器なんですよ”


 まいったね、のんびり民主化運動もできねえな。


 “中国でのんびり民主化運動するってどんなシチュエーションですか”


 

 今のところ冗談をナビと言う余裕はあるが、帰路を考えると残弾も心許ない。とりあえず、目の前まで迫るセキュリティロボをフルオートの散弾銃で一掃して片付けると、攻勢は落ち着いた。


 ひとまず手近な部屋に入ると、グレーな色調のモノトーンでシックに抑えられたデザインだった。

 ここまで来る間に様々なデザインの部屋に入った。中華風なデザインだったり、メルヘンチックだったり、ウッディだったり、総大理石の部屋だったり、和室まであった。いずれも五つ星ホテルの名に恥じない豪華な内装であったが、今入った部屋はそれらに比べれば少々地味と言えた。



 部屋の中央にある、古ぼけたクィーンサイズのベッドにどかりと座り紙巻を咥え火を付けるマリー。

 錫乃介は無言で一本催促のジェスチャーをする。貰った紙巻に火も付けてもらい、ドア側に立つと警戒に当たる。


 

 「ここいらが潮時だね。今まで確認した部屋にあった金目の物を中心に回収するよ。置物、時計、小形の電化製品、布類、持てそうな物は何でもだ。経路はこうで……こう行く……」

 

 マリーは電脳でオートマッピングしていたここまでの経路をタブレットに写し出し説明する。



 「成る程ね、そんでセキュリティロボを掻い潜って往復を重ねると……難儀な仕事だ」


 紙巻を咥えたまま、紫煙を鼻から出しタブレットを視認する錫乃介。



 「そうさ、回収屋はなかなか骨が折れるわりに危険が多い。1人じゃ効率悪くて尚更割りに合わないんだ。ハンターだけの方がまだマシかもね……いや、どっちもどっちで大して変わらないか」


 マリーもまた紙巻を咥えたまま鼻から煙を吹き出している。



 「元はパーティでも組んでたりして回収屋をやってたのか?」


 何の気無しに尋ねる。



 「ああ、そうだね……まだアタシも妙な二つ名が付く前だったがね」


 そこで言葉を切ると、マリーは立ち上がりテラス側にゆっくりと移動する。テラスと部屋を仕切る分厚いガラスドアはヒビはあるものの、まだ全体は残っている。


 

 「なんだ、自分以外全員死んだってところか?」


 錫乃介もまたテラス側に移動しマリーの隣に立つと、外を眺めながら懐から何かを取り出した。

 マリーは錫乃介を横目に見ながら、悲しそうな笑いをフッと浮かべる。



 「ああ、旦那と息子さ。勘のいい嫌な男だね……旦那みたいだ、ねっ!」


 足を振り上げハイキックでドアガラスを蹴り破ると、そのまま外に飛び出し空中にその身を預ける。

 

 錫乃介は取り出した何かを部屋にコロリと転がすと、マリーに追随してテラスからダイブする。と、一拍の間を置いて部屋は爆炎を上げる。キラキラとガラス片や細かい瓦礫が飛び散り、辺りに降り注ぐ。



 ホテルは地上2階地下14階構造であり、その地下11階部分の一部が円形状のテラスの様になっており、そこが迫り出していた。

 地下8階層から地下11階層へのダイブなので10数メートルはあるが、植込みと草花が乱雑に咲き乱れていたため、それに背嚢とワンショルダーバッグをクッションに錫乃介達は着地する。電脳による身体強化ももちろん同時だ。


 無事着地したマリーは上空から降り注ぐガラス片を気にも止めずに立ち上がる。


 

 「勘がいいじゃないか」


 ニヤリと笑うマリーはワンショルダーバッグを背負い、まだ火が付いている紙巻を指で摘んで口から煙を吐く。



 「俺の電脳は無駄に高性能でね。ロボが突入準備してるから、手榴弾転がして外に出ろってよ」


 錫乃介もまた紙巻を咥えたままニヤリと笑う。



 「さて、帰路のプランも無駄になったし、どうやって戻るかね」


 「その前にさ、とりあえず手貸して」


 

 錫乃介は着地に失敗して植込みに突っ込み衣服が絡め取られ動きがとれなくなっていた。



 「締まらない奴だね、息子みたいだ」



 ニヤニヤと、そして懐かしい思い出の残像をその目に写しながら錫乃介には聞こえない様に呟き、マリーは手を差し伸べるのであった。





 “アクション映画みたいなシチュエーションなのにどうして格好良く締められないんですか?”


 う~ん。どうも俺はハリソン・フォードより、ジャッキー・チェン側みたいだ。


 “ジャッキー・チェンを貶めないでください”


 俺だってノンスタントで身体張ってるのになぁ。


 

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